嵐の予兆
「どうした!その程度か!」
「ぐっ…!」
ある日の春との立ち会い。
春は普段と戦っている間で少し人が変わる。
日常は年相応の女の子と言った感じなのだが、戦っているときは急激に口調も雰囲気も大人びる。
本人曰く「世界に入っている」のだそうだ。
俺と戦っているときも人が変わっているのを見ると、全力とまではいかないものの、ある程度本気では相手してくれているのだろう。
「このまま押しつぶしてもいいんだぞ?」
鍔迫り合い。とても女とは思えない力でこちらに圧力をかけてくる。
思わず押されて体が反る。このままでは。
だが--
「負けるわけには、行かないんでなっ!」
「なっ!?」
俺は力を振り絞って押し返し体勢を取り戻すと、そのまま春の剣を跳ね上げる。
「そこっ!」
「甘い!」
完全に入ったと思った胴薙ぎの一閃。
しかしそれは光の速さで振り下ろされた剣によって防がれる。
あっ、ヤバい。そう思った矢先--
「ぐべっ!」
空いた胴に春の一閃がたたき込まれる。
俺は情けない声と共にその場にうずくまる。
「さぁ、まだやるの?」
「げほっ…げほっ…無理に決まってるでしょう…」
「そう。最後の一瞬は男らしかったのに、残念ね。」
珍しく春が褒めてくれた。
その事実に胸が跳ね上がる。
少しはかっこいい所を見せられたのだろうか。
「はぁ。このままだと五十年掛かっても私に勝てないわよ?」
「それまで待っててくれるのか?」
「私に勝てる男と出会うまではね。」
それは実質待っててくれるってことになるのでは?
世界二位だし。
まぁ、本人はそれを知る由もないが。
そんなことを話していると、険しい面で父上がこちらに歩いてくる。
「姫。殿が呼んでおられます。今すぐ屋敷にお越しください。」
「あら、父上が?どうかしたのかしら。」
「父上、表情が優れませんがいかが致しましたか?」
「…まぁ、孝介にも関係のあることだ。一緒に来い。」
父上に誘われ私は屋敷へと共に向かう。
思えばこれが嵐の始まりだった。
◆ ◇ ◆ ◇
「父上、お呼びですか?」
「殿、私、野島孝介が参りました。」
「ああ、春。来てくれたか。孝介もちょうど良い。」
城ではなく城下にある主君の屋敷。
戦禍にないときには主君はその屋敷を住まいとして利用している。
その一番奥に殿・海山晴孝はそこにいた。
「実は先ほど、川上家から春に婚姻の申し入れがあってな。春にどうしたいか意向を聞こうと思ってのう。」
川上家。隣にある海山家より少しだけ大きいくらいの家だ。
小家同士いがみ合うというよりは支え合う側面が多く、関係は悪くない。
最近当主が亡くなり、息子が継いだそうだ。
「相手は今代の川上家当主。歳もさほど遠くなく、結婚相手としてはふさわしい。どうだ、春。」
背筋が凍る。
春が、結婚?
春のことだ、何と答えるか解っていたとしても春の返事を聞くまでが落ち着かない。
「私は私より強い相手としか結婚しません。結婚したくば私と戦えとおっしゃっておいてください。」
「まぁ、そう言うだろうのう。」
殿は苦笑する。
心の底からホッとしている自分がいた。
「なぁ、春。もうしばらくはそういうお前をワシが守ってやれる。だがのう、いずれワシでは守ってやれん相手から話が来ることもあるだろう。」
「はい。」
「ならば素直にさっさと孝介と結婚せい。お前もそれを望んでいるのだろう?」
「ぶっ!」
思いがけない殿の言葉に思わず吹き出す。
何を言い出すんだ。
「ち、父上!な、何を訳の分からないことを言うんですかっ!」
「訳の分からないことでもあるまい。ワシも孝介なら婿として歓迎したいと思っておる。」
「で、ですから、私より強い相手としか結婚しないって言ってるじゃないですか…何でこいつと…」
「意地を張るのも良いが、今日した話はちゃんと頭に入れておくのだぞ。とりあえず、川上家には断っておいてやるから。」
「だーかーら、戦って勝ったら結婚するって言ってるじゃないですか!!断るとは言ってません!!」
「孝介。お前はそれでいいのか?春が結婚するとなっても?」
「…嫌です。」
「だったらお前も全力で春を口説き落とせ。良いな?」
「父上っ!」
結局その日は怒った春が暴れてなぁなぁになった。
だが、殿の言ったことが現実になる瞬間はすぐそこまで来ていたのだ。