勘当と襲撃と絶望と
あ……ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
「おれは 玄関から家の中へ入ろうとしていた と思ったら いつのまにかトランク鞄を一個持って門の外にいた」
な…… 何を言っているのか わからねーと思うが
おれも 何をされたのか わからなかった……
そういうわけで、サティは赤毛のアンや小公女セーラとギリギリもしかしたらタメを張れるくらいには絶望に陥っていた。
この世界の医療技術は前世と比べると大分お粗末である。ゲーム製作陣はあまり医療には力をいれなかったようだ。
それもそのはず。この世界には魔法がある。
大抵の貴族はお抱えの治癒師に病気や怪我を治してもらい、さらに優秀な者は高い給金で囲ってしまうため、あまり医療技術が発展しなかったのだ。製作陣は死ねばいいと思う。
つまり、雨のせいでびしょ濡れになった挙げ句、さらにまた雨に降られながら今晩の宿を探さなければならない。
よっぽどのド健康人間でなければ120%の確率で風邪を引くだろう。そして、気軽に治療を受けられない庶民は死ぬだろう。
サティはたった今、父親に勘当され晴れて庶民となったのだった。たったらー。
「この世界、全力で私を殺しにきている……!?」
相手が人間ならまだしも、世界を相手にして勝てるわけがない。だというのに、いっそのこと命を絶とうと思えるほどまでは何故か絶望していない。自分は元来図太いらしい。
「傘の一本くらい持たしてくれても良かったんじゃないの」
嫌みを言う元気もまだまだ残っている。そうだ、私は腐ってもヒロイン!このくらいの逆境、どうにかしてみせる!
ーーなんて粋がっていた時が自分にもありました。
「ダメだ。これ死ぬわ」
一向に止まない豪雨。宿を求めて下町を歩くも、どこもかしこも既に店じまいしており、宿屋のドアを叩いても無視されるだけだった。
せめて雨宿りができる場所……と思い教会へ向かうと、なんと私は入ることができないと門前払いされた。
どういうこっちゃ?迷える子羊を豪雨の中へ叩き返すとは、それでも神の信徒か?と頭を悩ませていると、神父だか司祭だかよくわからんが、身形がとても綺麗なことに気が付いた。
それはどこぞの貴族の援助でもなければ身に付けられないような代物で、あ、あ~~。ケイシーかな。ケイシーだよね。ケイシーに違いない。
なんて答えを出すのに時間はかからなかった。
残念ながら教会は諦める他にない。四大公爵家の一つベル家の圧力に勝てないとかそういうことではなくて、四大公爵家のベル家と国教会が手を結んだということだ。
つまり、教会側は絶対に何がなんでもサティに手を差し出してくれることはない。
神の信徒である者たちよ、ここまで腐り果てたか……!などと、無神論者のサティが嘆いたところで、それもまるで意味がない。
でも、彼らが手を結んだことについて他の公爵家はどう思ってるのかな?
他ならぬ王子の婚約者、将来の国母たるケイシー・フォン・ベルの生家だから誰も何も言わないのはわかるけど、貴族の力バランスの均衡ってえげつないしなぁ。
ん?いや、待てよ?他の公爵家はその子息が王子の側近だったり、側近の婚約者であるご令嬢の家だったな。
な~んだ、守りが固~い。ていうか、ケイシーの手腕すげー。
元々の頭の作りが違うんだな。きっと。サティは諸々と考えることを放棄した。
さて、何処にも行き場をなくした彼女は仕方なく街の外へ出ることにした。持ち物は鞄がひとつ。中には慌てて突っ込んだ着替えと、平民時代にコツコツ貯めたお金が少し。それから亡き母の遺品である一冊の古びた本。鍵が掛けてあり今は中を見ることはできないが、ゲームの中盤でこの本を開示するイベントが発生する。
そこで、サティの母は隣国の青き魔女の血を引いていることがわかるのだ。
青き魔女の一族は、国に繁栄と幸福をもたらす。そのため、厳重な守護と不自由のない生活を約束される。今はまだ自分がその子孫であることを証明できないが、いつかきっと……。
まだ生き残る道は残っている。サティはぎゅっと鞄を握り締め、街の外へ出るため検問所へ向かった。
街へ入るときは身分証の提示と交通費を支払う必要があるが、出るときは特に何も必要がない。それにこんな雨の中、わざわざ屋根の下から出てきて声を掛けられることもないだろう。そそくさと検問所を通りすぎるサティ。しかし、彼女の目論みは外れた。
「そ、外に出られた!」
やっとの思いで通り過ぎた検問所。これからどうやって生きていこうか。いや、まずはどこで雨をやり過ごそうか。とりあえず大きな木の下に身を寄せ、びしょびしょになった服の裾を思いっきり絞る。こんなことをしても無駄なのはわかりきっていたが、ずっしりと重たい洋服を少しでもどうにかしたかった。
一刻も早くこの街から、国から、出た方がいい。別に何もしていないのに、こんなことになるなんて思いもしなかった。なんのためにこれまでの悲惨な日々を耐えてきたのだろう。母が亡くなる前の方がまだマシだった。いくら貧しくても、母は心から愛してくれていたから。継母のように殴ったり蹴ったりせず、抱き締めてくれた。義妹のようにこき使ったり辱しめたりせず、頭を撫でてくれた。父のように離れの小屋に閉じ込めず、寝るときは一緒に寝てくれた。
「……私が、何をしたっていうのよ」
明るい未来が待っているからと、理不尽な日々にひたすら耐えてきた。それがヒロインとしての役目だと、鞭で何度も背中を叩かれ傷だらけになって気絶しても、庭の池に落とされて溺死する寸前まで見世物にされても、カビの生えたパンや萎びたクズ野菜を口に無理やり詰められても、それでも耐えてきたのは……なんのため?
「おい! いたぞ!」
「!?」
もうこれ以上落ちることはないと思ったのに。
「誰!? やめて! 何するの!?」
「お嬢さまの命令だ。大人しくするんだな、この国を貶める売女が!」
「貶める!? なんのこと! 私は何もしてない!!」
「ふん! お嬢さまは清廉で誠実なお人柄だ。今までみんなあの方に救われてきたんだ。お嬢さまの敵は我らの敵!!」
何もしていないのに、何もしていないのに、どうして私に罰を与えるの。
屈強な兵士から放たれた拳は目に止まることもなく、顔面に叩き込まれた。頭から吹っ飛ばされ、地面に叩き付けられる。脳が揺れて、視界がぼやけた。「そこで大人しくしていろ!」と、男が怒鳴ったのが聞こえるが殴られた方の耳がうまく音を拾えていない。鼓膜が破れたのだろうか。
「おい!あったか?」
「鞄の中だ!あったぞ!」
2人の男が鞄を無理やり開けて、中から布に包まれた何かを取り出した。それはーーお母さまの本。
「行くぞ!」
「こいつは?」
「勝手に死ぬだろ。殺せとまでは言われてない」
「そうだな」
男たちが視界から消えていく。それから世界が真っ暗になった。