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平行異世界の案内人  作者: 高原牛乳
序章 
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序章-1 記憶の欠片


 私はなぜ大学に入学したのか、思い出せない。

 入学式中の私、みのりは、そんなことをずっと考えていた。

 私には大きな夢があったはずだ。しかも、その夢は誰かと約束した、大切な夢であったはずなのに。思い出せないのだ。

 むしろ今は周りの人間に合わせて生きようなんて考えが浮かんでくる。多くの日本人が考えるような、普通の人生を、その安定したレールの上を法定速度で走り、死という終着駅まで計画通りに運航するだけという話だ。新卒で大手企業に入社する。30手前あたりで異性のパートナーと家庭を築く。若いうちから老後のために貯金する。そんなありふれたごく平凡な考えが、私の脳内に押し寄せる。

 今の私は、私であって、私ではない。

 そんな気がしたと思っていたら、もう壇上では終わりの言葉が述べられていた。


 入学式を終えた大勢の新入生とともに、桜並木を歩く。さわやかな風が吹くとともに、ひらひらと舞い落ちる花びらが私たちを祝ってくれる。

 少し歩くと、サークル勧誘の先輩たちがまるでお祭り騒ぎのように新入生を囲ってきた。高校でも同じようなことがあったけど、大学は規模が段違い。人の密度が高すぎるあまり、もはやなんのサークルかも分からない。

 その喧騒を通り抜けて正門前まで来ると、今度は親御さんたちで埋め尽くされていた。大学生だというのに、両親が来ている家庭も少なくない。皆、合流した家族とともに未来の話に花を咲かせている。

 そんな中私は一人だ。母は仕事の休みが取れなかったらしい。こればかりは仕方ないだろう。むしろシングルマザーの家庭で、子供を大学に行かせてもらえるなんて夢のような話である。母には感謝してもしきれない。

 しかも私には妹たちがいる。彼女たちも近いうちに高校を卒業する年頃がやってくる。大学にも進学したいと意思表示をしていた。お金のことは心配しなくていい、みのりは大学の勉強にしっかり励んでねと言ってくれたことを思い出す。母は、私たち子供には一度も不安な顔を見せたことが無い。本当に優しくて芯が強い。私たちが立派に育っているのは母の妙妙たる功績だ。

 さて、母からたくさんの愛情を受けて育ったその可愛い妹たちはもう始業式から帰っているだろう。そんなことを考える帰路は、大学でもらった大量の資料の重ささえも忘れさせてくれた。


 自宅に帰ると、そこには我が家には不釣り合いな豪華絢爛な食卓が構えていた。我が家の経済状況から言えば、最後の晩餐である。私の大学入学を祝い、特に奮発してしまったみたいだ。これは明日からしばらくの間もやし生活かな……

 そんな煌びやかな夕食を横目に、この食事会、何かが足りないと思ってしまう。妹たちも、この食卓に何かが足りないということに阿吽の呼吸で気づいたようだ。母も、お皿の枚数を不思議そうに数えている。

 やはり私だけではない。この家族には、まるで昨日まではあったような大事な何かが足りない。しかし、どんなに考えても思い当たることすらない。

 私たちはよく分からない何かを抱えたまま、晩餐を終えてしまった。


 自室と寝床は妹たちと一緒の部屋になっている。2階建てとはいえ部屋数も限られているし仕方のないことだ。この構造のおかげで私たち姉妹はこんなに仲が良くなったのだろう。

 私たち姉妹は一緒に部屋に戻った。ところが、その扉を開けた瞬間微妙な違和感が私たちを襲う。部屋はまるで間違い探しのように、ほとんど変わっていないのにも関わらず、まるで別の知らない部屋に入ってしまったような感じがするのだ。

 さらに、部屋にある私の学習机には、見覚えのない1枚の紙切れが落ちていた。その4つ折りの紙を開くと、地形とバツ印が、まるで子供の落書きのように描かれていた。紙は日焼けして、ちょっと引っ張るだけで切れ目から破けそうなほど脆くなっている。雰囲気まで宝の地図である。

 この地図、はるか昔に誰かと一緒に見ながら話したような、微かな記憶が私の脳裏を彷徨う。しかし、どんなに思い出そうにも手がかりすら掴めない。結局よくわからなくなってしまった私は、その紙切れを机の中にしまい込んで、妹たちと布団を並べるのであった。



 日常というのはこんなにも残酷なのか。我が家に違和感を覚えた入学式から4ヶ月が経った。もう、私たち姉妹の日常は今までもこれからも不変なのだと思っている。そんな平和な生活とともに、私の夏休みが始まる。

 大学生の夏休み、春休みというのは、最初のほうは永遠とも感じるほど長い。それゆえ、十人十色の夏休み生活が送られる。昔みたいに宿題もなければ、受験勉強に追われることも無い。大学生は良くも悪くも大人の一員、とにかく自由だ。そんな夏休み生活、私は1人での帰省を計画する。

 帰省先は母の実家で、ここ東京からだと新幹線と船で半日ほどかかる。私が中学生くらいのころまでは頻繁に帰省していた。ところが、空き家状態になってからはもう数年帰省できていない。とはいえ、一応電気とガスは通っており、別荘として使えるように母の兄弟が管理しているようだ。

 そんな実家に向かう計画を立てるのだが、なんと手段はいくつもある。

 大学の友人によると、学生が新幹線や飛行機で私的な旅行をすることは時折、貴族と呼ばれるそうだ。移動距離に対して、コスパが悪すぎるから、という理由らしい。東京から北海道や沖縄のようにある程度距離があって便数も多いメジャーな路線は安いことが多いが、そうでない限り、夜行バスや、いわゆる青春18きっぷを使うべきだと力説された。確かに、私が目指すべき地点まで、新幹線を使うよりもそちらの方が圧倒的に安い。

 こんな助言を受けたので、とりあえず朝早く出発して、青春18きっぷで向かうことにした。

 その切符は5日間のセット販売だったから、夏休み中にどこか旅してみようかな。アルバイトで貯めたなけなしのお小遣いは、残り三日の旅費に充てるとしよう。

 まずは明日、始発に乗って実家に向かうと決めた私は、立つ鳥跡を濁さず、前期の講義でたまりにたまった資料を整理して一区切りつけ、旅立つ準備を始めた。必要なプリントだけを残してクリアファイルにまとめていると、机の奥からクシャクシャになった特徴的な紙きれが出てきた。

 入学式の日、突然現れた謎の紙は、それから日の目を見ることなく机の奥に追いやられてしまったようだ。

 強い夕日が部屋を紅く染める中、改めてその地図を凝視する。この地図、よく見ると日焼けしてうっすらとしか見えないカラーの文字が書かれている。どうやら、この無造作に書かれたと思われる図線は、建物と、雑木林、畑の位置を示していたようだ。それに気づいてしまった私には、この位置関係が示す場所がはっきりと眼前にあらわれる。

 これは、明日帰省する実家の庭に他ならない。


 

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