第8話 ジュリオ、王位返上
ミケーレ達、ジュリアーノ家は自分達が統治する国でのんびりと過ごしていた。
善政を施し、この時代では珍しく、安心して子供達を遊びに行かせることも出来るほど治安も良好だ。
「あーあ、マルコ兄様。次はいつジュリオ叔父様に会えるのかしらー」
クラウディアがそう言いながら街をぶらついていた。
「またその話か。会おうと思えばいつでも会えるって言ってるだろう」
マルコはまたか、といった顔をしてクラウディアの横を歩く。
「私、どうせ生まれるならもっと違う国のお姫様がよかったなー」
「違う国のお姫様? 今だってお姫様だろう」
「そういうものじゃないのー! もう、マルコ兄様ってば。わかってる癖に」
「わからないよ。クラウディア、一体どうしたって言うのさ」
「……私、恋をしているのよ」
「あ、そう」
マルコはクラウディアの先を行ってしまう寸前で、クラウディアが立ち止まっていることに気づいた。
「……どうしたんだよ。クラウディア」
「マルコ兄様、なんで私、ミケーレお父様の子なのかしら。もし、ミケーレお父様の子じゃなければ、 私はジュリオ叔父様と結婚、出来ていたかもしれないのに。結婚は無理でも、恋人くらいには……」
「それは叶わぬ夢だよ。忘れてしまうんだ」
「でも……だって……っ」
クラウディアは泣き出した。
その肩をマルコはそっと抱き締める。
クラウディアの淡い気持ちは風に乗って空へと消えていった。
その日、ジュリオは家臣に国のことを任せてアレッサンドロの治める国にやって来ていた。
「アレッサンドロ兄様に、ジュリオが来たと取次ぎを」
「ジュリオ様、その必要はありません。お入り下さい」
門番はすぐにジュリオを中へ通す。
ジュリオは城の応接間でアレッサンドロを待った。
「おお、ジュリオ。どうした」
「アレッサンドロ兄様、少々お話が」
「何だ」
「私は国を治めるのには少々荷が重く、アレッサンドロ兄様に国を返上したく存じます」
「……何故だ、お前は立派に治めているし、そちらには優秀な家来もいるだろう? それなのに、どうして国を返上するというのだ」
「私は、父の王国を復興し、再び一つの国になることこそが平和への道だと思っております。私にも子供が幾人かおりますし、将来的にアレッサンドロ兄様やミケーレ兄様の座を狙うやもしれません。一族に三つの国家が存在していては、骨肉の争いの原因となりかねません。王族同士の争いなど、私は見たくありません」
「私も優秀な弟を持ったものだ。そのような英断、私には絶対に出来ぬことだ」
「いえ、自分の立場はわきまえておりますので、当然のことです。王の剣を受け継ぐ者こそ、真の支配者として統治すべきなのです」
「……では、お前の現在統治している国を、私が責任を持って統治することとする。お前の家系はこれから末代まで最高位の地位を保証されることになる」
「はい、ありがとうございます」
「住まいはどうする。こちらの城で再び生活するか?望みがあれば何でも言ってくれ」
「いえ、住まいは今のままで問題ありません。お気遣いありがとうございます」
「お母様には報告しているのか」
「いえ、まだです。お母様には事が決してからお伝えするつもりでしたので」
「そうか、私もお母様にお会いしたいのだが、このところ忙しい。付いていけずに申し訳ない。よろしく伝えてくれ」
「はい、お伝えしておきます」
ジュリオはその足で母シモーナのもとへと向かった。
「お母様」
「どうかしたの?」
「お伝えすべきことがありまして。実は、アレッサンドロ兄様に領地を返上したのです。私の手では余ってしまいますので」
「あら、そうだったの。でも、あなたが決めた事なのだから、十分に考え抜いてのことなのでしょう。わかったわ。報告ありがとう。そうだわ。私からも一つ、聞いて欲しい事があるの」
「はい、それはどのようなことでしょう」
「ミケーレも西の領土をアレッサンドロに返上して、息子のマルコにジュリアーノ家の当主の座を譲ろうとしているわ。ミケーレが直接伝えに来たのよ」
「それは本当ですか」
「本当よ」
「しかし、早くないですか。そのための準備などは既に始まっているのでしょうか」
「もうミケーレは準備を進めているようね。アレッサンドロもそれを近々知るはずよ。それで、マルコが即位した時、あなたが側で助けてあげてほしいの」
「そうでしたか……。お母様の願いならば、喜んで致します。私にとってもマルコの成長は見ていたいものですし」
「ありがとう、ジュリオ。マルコの側にあなたが居ればきっと上手くいくと思う」
そう言われながら、ジュリオはシモーナに肩を豪快に叩かれた。
「お母様、肩を脱臼しますので、おやめください……」
お母様らしいなと、ジュリオは思った。
兄が早期に王位を息子に譲ることについて、もしや兄上……と不安な感情が頭をよぎったが、そこから先は母親に尋ねることはできなかった。
その頃、執務室でアレッサンドロとミケーレが話し合っていた。
ミケーレはアレッサンドロに、西側の領土の返上と、ジュリアーノ家の当主の座を息子のマルコに譲るつもりでいる事を打ち明けた。
「王位を……。まだ若くはないか?」
「兄上だけにお伝えします……。私の身体は病に侵されています。そう長くはないでしょう。私が一番よく分かります」
「おいおい、ちょっと待て。そうか分かった、で済む話では無いだろう。どこが悪いんだ」
「もちろん息子のためにできることはこれからもする予定でいます。兄上も、同盟国の相手として接する事はもちろんですが、 時々家族としても接してやってほしいのです」
「ミケーレ、まずはお前の身体のことが先だ。国の問題など後まわしだ。医者なら私の国にも優秀なものが大勢いる。すぐに手配しよう」
「その必要は……ないかと」
「ミケーレ!馬鹿な事を言うな!」
「ご安心ください。実は、お母様を通して、ジュリオにマルコの当面の執権としてついてもらう話を進めています。ジュリオがマルコの強い味方になってくれるでしょう」
こうして三国は統合し、フィリッポの時代のような巨大な帝国が再興された。
ファルネーゼ家は家族の強い絆により、再びその栄光を取り戻したのだ。
ジュリオはアレッサンドロに返上した領地から、今の王であるマルコのいる城に住まいを変えた。
平和のバトンは、ジュリオから甥のマルコへと受け継がれていく。