第7話 策略と信じる心
最後の敵、ルーカとの闘いが始まる。
ルーカはフィリッポと同盟を結んで配下となり、持ち前の狡猾さを武器に軍師にまでなった男だ。
西側の領土は元々ルーカが前王と同盟を結ぶ前に支配していた領地でもあり、相当な思い入れもあることだろう。
アレッサンドロを陥れる噂話を流布したのもルーカであった。前王フィリッポの在位中も、各所に情報屋を雇い、国内外の情報を逐一自分に知らせていた。
三兄弟の軍勢は、ジュリオの居城でひと時の休息を取った。
ミケーレはこれ以上の戦を避けるため、皆が寝静まった後、ルーカを直接説得して和睦しようと単身、ルーカのいる城へと赴いた。
危険な行動だが、ミケーレにはそれだけの覚悟があったのだ。
「ルーカ様と直接会って話したい。中へ通してくれ」
西側の城壁の守衛は、ミケーレがたった一人でルーカのもとを尋ねてきた事に驚いた。
「通す訳にはいかん」
「ルーカに尋ねて欲しい。私が一人で来たと聞けば、きっと会ってくれる」
守衛はルーカのもとに向かい、ミケーレは入城を許可された。
ルーカの部屋にミケーレが入ってくる。
「ミケーレ王自ら、お一人でここまで来られるとは。その勇気、感服致します」
「夜分にすまない」
「ミケーレ様にこうしてお会いするのは何年振りでしょう。若い頃に婿養子として嫁がれていきましたからね」
「随分と白髪が増えたんじゃないのか。その美しい白髪に、お前の豊かな経験が透けて見えるようだ」
「……ここに来ても無駄だ、私はファルネーゼ家を滅ぼす決意でいる」
「何故だ、訳を聞かせてくれ」
ルーカはミケーレに背を向け、徐に語り出す。
「フィリッポは私が必死に作り上げた王国を横取りした。あいつは同盟を結ぶよう要求してきたが、あれは同盟などではない。私は奴の望みを一方的に飲まされ、不服なら戦を仕掛けると脅された。私は戦によって国が滅ぶよりもと、同盟を結ぶことにした」
ルーカはミケーレの胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「由緒正しき血筋の私こそが真に支配者としてふさわしい! 成り上がり者のフィリッポの配下に下り、国を奪われ、あの者から指示をされ、頭を下げ使えなければならない! お前に私の気持ちが分かるか?分かるのかお前に!」
「……正直、お前の気持ちは分からなくもない」
「何!」
「私はフィリッポの息子だが、フィリッポとは違う人間だ。平和を望んで国を治めていたお前の気持ちも、自分の国を奪われた悲しみも激しく同情する」
ミケーレはルーカをなだめる。
「私は戦いが大嫌いだ。それはお前も同じであろう。どうだろう、ここは一つ戦が嫌いな者同士、座って話し合いで解決してみないか」
「話し合い、だと?」
「ああ。父親とは違い、私は少し話がわかる男だ」
ミケーレとルーカは座って対面する。
「シモーネはアレッサンドロの兄により討ち果たされ、クリスティアーノも投降した。ルーカ、お前が我々の仲間になると今宣言してくれれば、無要な戦を避けることができる。お前がかつて支配者だった時から守ってきた民を救うことができるのだ。それに、私の兄は父によく似ており、勇猛果敢な性格である故、戦をせずして物事を動かせる者の力が必要なのだ。お前が必要なのだ。だから頼む」
ミケーレはルーカに心から懇願した。
「……ミケーレ殿、私はあなたの思いに心打たれた。あなたの願いならば、聞き入れましょう」
「良かった。本当にありがとう」
ルーカは、ミケーレに深く頭を下げた。召使いを呼び、すぐにミケーレに飲む物と食べ物を用意するように命じた。
ミケーレが出された飲み物を一気に飲み干す。
ルーカはミケーレを見つめる。
「……なぜだ、なぜ何も起こらない!」
ルーカは、初めから降伏する気などなく、紅茶とパンに猛毒を仕込んでいたのだ。
しかし、ミケーレの言葉に胸を打たれた召使いがそれを何も入っていない物と取り替え、ミケーレのもとに出したのだった。
「ありがとう、君のおかげで命が救われた」
召使いに感謝するミケーレ。
「貴様! 裏切ったな!」
「策略や罠では人の心を動かせん。人の心を動かすのは、信じる事、そして、愛だ」
「……」
「ルーカ、お前の策略に私の王国の者たちは屈せぬ」
ルーカは食器を投げ飛ばし、ミケーレに迫る。
「私は自らの手に王国を取り戻したいのだ。お前たちの配下になることはできん……う!」
ルーカが胸を押さえ、その場に倒れ込む。
心臓発作だった。
狡猾な軍師の突然の、そしてあまりに哀れな最期である。
ミケーレがいないことに気づき捜索していた家来たちが、ルーカの家に入ってくる。
「ミケーレ様、ご無事でしたか」
「心配をかけたな」
ミケーレと家来たちは、夜が明ける頃、自陣へと戻った。
ミケーレから、事の次第が家族の者たちに伝えられた。
「ルーカ配下の者たちは降伏を願い出ている。我々の勝利だ!!」
アレッサンドロが兵士たちに大声で知らせ、軍勢一同は歓喜する。
ルーカは戦の最中に病に倒れ、西側も三兄弟の前に降伏。三人の家臣団による王国は崩壊した。
分裂した三国は三兄弟で割り振り、治めることになった。
話し合いの結果、中央は引き続きジュリオが治め、シモーナの支配していた東をアレッサンドロ、ルーカが支配していた西をミケーレが治めることになった。
前王フィリッポの息子たちが治める三国は、分裂していた頃の悲惨な状態から急速に回復していき、フィリッポの時代を凌ぐほどに繁栄した。
かつてない平和が続く日々……。
そんな中、ジュリオはこう思った。
やはり王として支配するべきは兄アレッサンドロだと。
五年間、分割支配は続いた。その間、三兄弟は頻繁に集まって、それぞれの国の状況を伝え合い、知恵を出し合った。
住まいをそれぞれの統治する国にある城に変えていたため、三人集まるのはなかなか難しいところ だったが、出来る限り会うようにしていたのだった。
そんな中、農家の使用人として働き始めていた、かつての家臣クリスティアーノをジュリオが王室に呼び出す。
「お呼びでございましょうか」
「クリスティアーノ。領地をアレッサンドロ兄様に返上したいのだが、どう思う?」
「それを、なぜ私のような者に……」
「誰に相談しようかと考えていたら、お前の顔が浮かんでな」
「……もったいなきお言葉でございます。私のようなものに」
「私に知恵を貸してくれ、父を支えた頃のように、私の耳にささやいてくれ」
クリスティアーノは込み上げる涙をぐっと堪え、しばらく考えたのち口を開いた。
「ジュリオ様の政により、現在国は豊かに潤っております。アレッサンドロ様に譲り渡す必要はないかと思います」
「それは、そうかもしれないが……。だが、この国は私の手に余るものだ。私よりも兄上の手に、……次の王にふさわしい方の手にある方がいいと思う」
「私はジュリオ様に救われた身です。ジュリオ様にお考えがあるならば、そちらを優先してくださいませ」
「……ありがとう。クリスティアーノ」
ジュリオはクリスティアーノを自らの側近に召抱えた。
ジュリオの家臣たちの中にはそれをよく思わない者たちもいたが、クリスティアーノのひたむきさに、徐々に考えを改めていった。