第6話 クリスティアーノの後悔
シモーネを倒すと一行は、敵方の城へ入っていく。
するとすぐに兵士の一団から取り囲まれた。
見知った顔がちらほらと目に入ってくる。
戦の始まりとともにジュリオから離反したクリスティアーノがそこにはいた。
「これはこれは、お久しぶりでございます。アレッサンドロ様」
「その者達は、皆もともと我が王国の者達だな。何で買収した。金か? 権力か?それとも欲しいものを全てやるとでも言ったのか」
アレッサンドロがそう言うと、クリスティアーノは笑った。
「まさか。私に勝手に付いてきてくれたのですよ。有能な王がいない国は時を待たずして崩れるので、あなたが支配者になってほしいと言われてね」
「私の留守中はジュリオが王として支配していたのではないのか」
アレッサンドロは語気を強める。
「兄上、私はしっかりと政をしておりました。至らぬ点も多々あったとは思いますが、それでも、王としての義務を果たしてきたつもりです」
弁解するジュリオをクリスティアーノは嘲笑する。
「義務を果たしてきた? だとしたらジュリオ様、何故こちら側に兵がいるのかご説明いただけますかな? 王なのでしょう、あなた様は」
「……」ジュリオは答えることができない。
「必死にやってきた弟達を、王家の後継者を愚弄するのは、いくら前王の筆頭家臣と言えど、許すことはできぬ」
そう言うとアレッサンドロは剣を抜き、クリスティアーノに向かっていく。
「この者たちを殺せ!」
クリスティアーノが号令をかけると、側に居た兵士達がアレッサンドロに立ち向かってくる。
西洋一の剣士としても名の通っているアレッサンドロは、配下の兵士と共に多数の敵兵たちを次々と討ち倒し、クリスティアーノに迫る。
マルコはアレッサンドロの後に従い、敵兵に勇敢に立ち向かっていく。
ジュリオも無心に剣を振るった。兄アレッサンドロを、勇猛果敢な戦士であった父の姿と重ね合わせ、共に戦っている喜びを噛みしめながら……。
アレッサンドロのあまりの強さに恐れをなしたクリスティアーノは兵士数人をアレッサンドロに差し向け、自らはジュリオに狙いを定める。
しかし、もともと剣術に関しては不得手であったクリスティアーノは、あっけなくジュリオに追い詰められ、なすすべもなくよろめき倒れた。
しかし、ジュリオはクリスティアーノにとどめを刺すのを躊躇った。
「ジュリオ! 何をやっている、殺せ!」
アレッサンドロがそう言うが、ジュリオは剣を振り下ろさない。
「クリスティアーノ、覚悟!」
かわりにと言わんばかりに、マルコが剣を振りかざす。
「手出しは無用!」
ジュリオが声を上げ、止める。
アレッサンドロは呆れたように溜め息を吐いて、クリスティアーノに近付くと、目の前まで剣を突きつけた。
そしてクリスティアーノは空を仰ぐ。
「ここで仕舞いか……。ならば」
そう言って自身の持っている剣で自害しようとするも、ジュリオが剣を蹴飛ばして阻止し、二人の間に割って入った。
「ジュリオ……。何をしている。私の言うことを聞け。そこを退くんだ!」
「嫌です! アレッサンドロ兄様に言われても、聞けません!」
クリスティアーノは人生最後の瞬間、ジュリオに救われた。
クリスティアーノはその時見た背中を一生忘れないだろう。
これほどの勇気を持って、自分の前に出て来たそのジュリオの背中を。
「ジュリオ!」
再度アレッサンドロは叫んだ。
しかしジュリオは首を横に振って動かない。
「アレッサンドロ兄様、聞いてください! この戦で、剣を無我夢中で振るいながら思いました。私が望むのは、この国の平和です。いざこざは人同士でも国同士でも同じです。何か原因があって、それが障害となり、争いが繰り返されるのです。その原因さえなくなれば、それ以上人を殺す必要もありません」
ジュリオは真っ直ぐアレッサンドロを見ていた。
「ジュリオ、そこをどけ」
「それはできません」
ジュリオは兄を信じていた。
「クリスティアーノ、捨てるはずの命なら、私に拾わせてほしい」
その時のジュリオを、クリスティアーノは前王フィリッポのように感じた。
瞬間、クリスティアーノはこれまでの自らの行いを思い出し、心から悔いた。
戦に猛進するフィリッポを止め、自らのやり方で政を推し進めたい……。
当初は良い動機であったかも知れない。
しかし実の所、己の権力や支配権に固執し、王家を滅ぼし去ろうとまでしているではないか。気がついた時にはもう遅かったのだ。
そんな自分に、ジュリオは助けを差し伸べてくれている。
もう一度、生きることが許されるなら、この人物に賭けてみたいと思った。
前王フィリッポに強い憧れを持ち、家来になろうと決めた、まだ純粋な心を持っていたあの時のように……。
「ジュリオ様。もし、よろしければ、あなた様の家来にさせてはいただけないでしょうか。最も卑しい仕事でも構いません。心を入れ替え、力を尽くしていきたいと思っています。叶わぬなら、ここで私は死にます」
アレッサンドロも訳がわからないといった様子で、一旦剣を仕舞った。
周りの兵士達も戦いをやめ、事の成り行きを見守る。
「クリスティアーノ、その言葉が真実であるならば、私は受け入れよう。死ぬことは容易い。生きて、生き恥を晒し、死ぬ気で努力して、もう一度這い上がってきて欲しい!」
「あなた様のご命令であるならば……」
アレッサンドロはジュリオに跪いたクリスティアーノを見て、心を動かされた。
事の次第を見届けた兵士たちは、皆剣を鞘に収め、ふっと息を吐いた。
若いマルコは、叔父二人の姿を間近で見、多くのことを学びとった。