第5話 ファルネーゼ家の剣
三兄弟の率いる軍勢に立ちはだかったのは、シモーネ。
百戦錬磨の名の知れた戦士であり、アレッサンドロと双璧を成す剣の使い手だ。
尋常ではない野心の持ち主であることから、前王フィリッポも生涯警戒していた。
両方の国にまたがる平原で、シモーネの軍と三兄弟の連合軍が向かい合う。
幼い頃、兄たちと駆けまわり遊んだ美しい平原。
それが戦場となり、炎により荒れ野になってしまうのか……。ジュリオは胸が締め付けられる思いがした。
しかし、これは平和のための戦。悪を滅ぼすための戦。そう自分に言い聞かせた。
アレッサンドロの力強い掛け声を合図に、戦争が開始された。
一斉に両軍の兵士が走り出し、平原の中で激突する。
剣の触れ合う音、馬の嘶きが戦場に飛び交う。
シモーネの軍勢は屈強な戦士たちばかりで、アレッサンドロたちはかなり苦戦を強いられるが、それでも臆することなくシモーネの本陣に向かって進んでいった。
王家の三兄弟の勇敢な姿に力を得た兵士たちは、獅子奮迅の戦いぶりでシモーネの軍勢を突き崩していく。
やがて、シモーネの軍勢を押し戻し、形勢は逆転した。
アレッサンドロは敵軍の将シモーネに狙いを定める。
「ミケーレ、もう勝負はついた。私はシモーネを追う。お前は戻って味方の負傷者を看病し、みんなの力になってやってくれ。敵から襲撃される可能性もある。お前にしか頼めない」
「心してかかります。マルコ、お前はどうする」
「私は叔父上と共に敵を討ち果たして参ります!」
マルコはミケーレと共に戻らず、アレッサンドロとジュリオと共に戦いを続ける。
アレッサンドロとシモーネ、馬に乗った二人の戦士が対峙する。
「アレッサンドロ……。何をしに戻ってきた、父を殺した身でありながら。王としてふさわしくない人間はここに戻ってくる資格などない!」
「王を殺したのは私ではない。お前のもとにいる者たちは分からんが、私を信じてついてきてくれた者たちは、真の敵が誰であるか、真に王であるべきは誰かを知っている!」
「皆の者! この者の言葉に騙されるな」
「私こそが真の王、フィリッポの後継者である。私に刃向かうというのなら、このアレッサンドロがお前を討ち果たす!」
「面白いことを言う。さあ、剣を抜け! 一騎討ちだ!」
アレッサンドロとシモーネは馬から降り、剣を抜いた。
そして一歩、また一歩と歩を進めていく。
「共に剣術を学んでいた頃が懐かしい、どれだけ腕を上げたか見ものだな」
「こちらも同じ思いよ」
剣と剣が触れ合うと、命をかけた戦闘が開始された。
まずはアレッサンドロが攻撃を仕掛けるもシモーネに見破られ、背後を取られる。
しかしアレッサンドロは身を翻し、そのまま背後へと剣を振った。
シモーネは少しばかり押され、身体が後ろへよろける。
アレッサンドロはさらに剣で押しかかる。
「その剣は、フィリッポのものか」
「そうだ、ファルネーゼ家代々に伝わる宝剣だ」
「ふん、そのようなガラクタ、私にとってはただの錆びついた古い剣にしか過ぎん」
「確かにこの剣は古い……しかし、お前もこの錆の一つとなり得るということを覚えておけ」
剣と剣が交わる音がする。
二人は歯を食いしばり、剣で語り合う。
「お前は父親が王であった故に、支配者になることができる。しかし、生まれが賤しい俺は、お前より強くなっても王になることはできない」
シモーネは剣に益々力を込める。
「そんな時、支配者となるまたとない機会が訪れた。家臣たちの心が王から離れていき、王は殺された。この機会を逃すわけにはいかない。お前を倒し、俺が支配者となる! 王家の歴史を、この剣で断ち切ってみせる」
シモーネはそう言うと、アレッサンドロに渾身の攻撃を仕掛ける。
しかし、その攻撃がアレッサンドロに傷を負わせることは無かった。
「お前は優秀な戦士だ。できることなら味方となりたかった。だが、王を、我が父を殺した罪は重い。この戦いはお前の死をもって終わらせる」
そう言って、アレッサンドロはシモーネの腕を斬りつけた。
「さらば、シモーネ」
アレッサンドロはシモーネの構えが甘くなった隙を見、シモーネの胴を斬り払った。
シモーネは息絶え、アレッサンドロはその首をはねた。
赤い血飛沫が側にいたマルコの頬まで飛び散る。
「マルコ……怖いか」
アレッサンドロはそう言いながら眼を細めた。
「こ………怖くない、と言ったら嘘になります。でも、王であるのならば、兼ね備えねばならぬ強さだと存じます」
「いい答えだ。さあ、俺とお前で、城にいる残党を一人残らず始末しよう」
「はい!」
アレッサンドロ、ジュリオ、マルコ達は城へと向かって行った。
アレッサンドロの持つ王の剣からは、まだ血が滴っていた。
ジュリオはこの時、残虐だと言われても仕方がない行為をした兄が恐ろしく思えた。
だが、同時に胸に湧き上がる想いもある。
それはファルネーゼ家としての誇り。
「アレッサンドロ兄様、王の剣を血で染めることは……」
「何か言ったか? ジュリオ」
「いえ、何でもありません!」
この強い人と同じ家の、家族の血が流れているのだ。
そう思うととても心強かった。