第4話 アレッサンドロの帰還
アレッサンドロは国のことは一時的にジュリオに任せ、追放先にて秘密裏で勢力を作り上げていく。
あの家臣団と戦うために。
兵力はまだ少なく弱いものの、着実に集まりつつあった。
王族を何よりも大事にしている騎士達の中には、アレッサンドロ自ら「仲間になってほしい」と頭を下げる姿を見て心を動かされる者もいた。
「頼む。ファルネーゼ家、いや、国家の一大事だ。国のために、私と共に戦ってはくれないだろうか?」
本来なら王であるはずの人物が、自らに手を差し伸べてくるのだ。
しかし、中には拒否する者もいた。
「今と同じ生活が出来るのなら、私はどちらでも構わないのです」
自分の決定により、今ある幸せも失いたくないという考えだ。
それならば仕方がないと、アレッサンドロは潔く手を引く。
アレッサンドロらしい実直な性格だ。
城ではフィリッポの実妹、ルイーザが一族の女性達をまとめ、女中に「城の中で何か不審なことがあったらすぐに報告するように」と申しつけていた。
そのようにして、城の中では女中達による監視の網が張り巡らされていた。
家臣団が長い時間まとまっている時は女中達が「あら、皆様お揃いで。少々こちらお掃除させていただきますね」などと言って、その部屋に居座り、話し合いが出来ないようにすることもあった。
あまりやり過ぎると勘繰られるので、女中たちは、王ジュリオに直接相談する方法を取った。
ジュリオは女中たちの報告を受け、家臣団だけでの会議を一切禁止にした。
その結果、家臣団達は集まることが出来ず、各々の判断で動かざるを得なくなった。
手紙のやりとりを介して動くということが最初はなされていたが、懐疑的な彼らは、使いの者も信用できぬ故、圧倒的に回数は減ってしまった。
お互い自分の領土以外は手を出さないということ、いつしか王族を象徴だけにして、実際の政などは家臣がするように取り決めること。
そしてその先には、王とは別の支配者の座を作り出す意図もあった。
その盟約のもと、家臣たちは対等に協力する関係を維持していた。
クリスティアーノはジュリオをどうにか王座のお飾りにしようと、あれやこれやと吹き込もうとするが、ジュリオは王として着実に成長しており、それを決して鵜呑みにしない。
「ジュリオ様、この政策を実行するのは如何と存じます。民からも必ず批判があるでしょう」
「果たしてそうだろうか。王である私が、率先して取り組めば、私の思いを感じ取った民がきっとついてきてくれる」
「そうですか……」
クリスティアーノの言葉に影響されず、毅然とした態度で政策を進める。
その度に、クリスティアーノは顔を顰めて家臣らしく後ろに戻って行く。
最初はあんなにも王に相応しくないと思ったファルネーゼ家の三男坊が、今では立派に王の役目を担っている。
だが、とき経つうちに、状況は悪化していく。
国は三つに分裂している状況で、行政、司法は各地の支配者が権利を有していたため、住んでいる場所や意見の食い違いが原因で、小競り合いなど起こるようになってしまった。
戦のために食糧を蓄えているという噂が広がると、その国に強奪がはびこり、その報復として無残な殺し合いが起こる……。ジュリオの尽力も虚しく、王国はだんだんと荒んでいった。
アレッサンドロの追放から五年が経過した頃、アレッサンドロからの便りがジュリオへ届けられた。
良質な紙に書かれた手紙を受け取った瞬間、ジュリオは震えた。
「明朝、家臣団を倒すために挙兵する」
それだけが書かれていた。
その手紙を受け取ったジュリオはすぐにミケーレに使いを出した。
「兄上がついに戻ってこられる! これこそ待ち望んでいた時だ!」
そう叫んだのも束の間、ミケーレの頭に浮かんだのは、愛する家族のことだった。
兄の帰還は誰よりも待ち望んできた。願わくば、王位に復帰して頂きたい。しかし……。
いくら大義名分があるとは言え、戦をするのは決して良いことではない。
戻ってくれば、ジュリオが兄を公式に許し王国に迎え入れ、幾らでも再起の道はある。
兄のためなら、この王位を投げ出して差し出しても良いくらいだ。
悩むミケーレに、息子のマルコが寄り添い、後押しした。
「私は父上の息子であり、フィリッポ大王の血を引く者です! 叔父上にお味方し、王国の栄光を再び取り戻したいと思います!」
まだ年若いマルコだが、王国の支配者となるための自覚と責任感をすでに持ち合わせているようだ。
息子の成長を誇らしく思いつつ、ミケーレは軍勢を率いて兄アレッサンドロに合流した。
これが、記念すべき、マルコの初陣となる。
「皆様どうぞご無事で……!」
クラウディアが城の窓から身を伸ばし、一行を見送った。
朝早くに摘んだ花を、窓から思い切り風に乗せて地面に散らばらせた。
ジュリオも自らの親衛隊を招集し、城の防御を固めた。
「クリスティアーノ、すぐにシモーナとルーカの国に手紙を送るように。我が兄、アレッサンドロが挙兵した。私の父が守ってきた領地を荒らし、私欲の限りを尽くす家臣たちを討伐するためだ! 宣戦布告である! 私も兄上にお味方する。真の王がついに帰還される!」
クリスティアーノは焦りを隠せなかった。家臣団の企みと、己の心の内までジュリオに知られてしまったことで、額から汗が滴り落ちた。
「……急ぎ使いを出します」
「念のために言っておくが、無駄な小細工は無用だぞ」
ジュリオにさらに釘を刺されたが、クリスティアーノはこの機会を、王国を完全に滅ぼし手中に収めるチャンスだと判断し、すぐに王から離反。
家臣団のもとに合流した。
「見なさい! 王が帰ってこられた! ミケーレ王も一緒だ!」
城の中庭でジュリオの軍勢が、アレッサンドロとミケーレの軍勢を出迎える。
久々に王家の三兄弟が揃い、それぞれが立派になった姿を見て、兵士たちは皆喜びの涙を抑えることができなかった。
「我々の手で、反逆者達を討ち滅ぼそうではないか!」
ジュリオが軍勢を鼓舞する。