第3話 ジュリオの統治
ジュリオは平和を愛する男だった。
どうすれば人のため、世のため、国のためになるかを考えていた。
「本当に、どうすればいいのか……」
その時だった。
「ジュリオは居るか!」
城に入ってきたのは次男のミケーレ。
「ミケーレ兄様!」
ジュリオはすぐにミケーレの前まで走り寄った。
「これは一体どういうことだ! 父上が亡くなったと聞いた。兄上も追放されたと言うではないか!」
「ミケーレ兄様、どうか落ち着いてください。私もあまりに急なことで上手く頭の中を整理できていないのです。とにかく、落ち着いて話したいので、応接間へおいで下さい」
応接間に行くと、何やらがやがやと声が聞こえる。
「ジュリオなら……」
「我々も……、でも……」
「ならば」
ジュリオが扉に手をかける。
「誰だ!」
ドアを開けたのはクリスティアーノだ。
「ジュリオ様でしたか。何も聞き耳を立てずとも良いものを。これはこれは、ミケーレ様。いらっしゃったのですね、ご無沙汰しております。侍女達に紅茶を持って来るように言いましょう」
家臣達は応接間から出て行った。
ミケーレとジュリオ、そしてマルコとクラウディアは応接間のソファーに座った。
「私も、少し落ち着かなければならないな……。ジュリオ、兄上が父上を殺した罪で追放されたとは、一体全体どういうことなんだ?」
「オッタビオを覚えていますか? 家臣の中で年少で、父上の側近になった……」
「ああ、あの者か。王が特に目をかけておられたとは伝え聞いている。オッタビオがどうした」
「オッタビオが父上を暗殺したということで、処刑されました」
「真か……。暗殺の実行者、と言う訳だな」
「はい。それで、そのオッタビオと、アレッサンドロ兄様が密かに通じていたと言うのです」
「策略だ、兄を追い落とすための罠に違いない!」
「はい、私もそう思っています。そしてもう一つ、重大なお話が……」
「何だ」
「家臣団により、勝手に領地が分けられ、それぞれ家臣がその地を治めています」
「王はお前ではないのか? ……その王冠、王の尺は国を治める王の象徴ではないのか!」
「それは父上の時代の話です。私はと言うと……ただの家臣たちに操られる人形同然、情けないです」
「ということは、実質王族は傀儡としかなっておらず、中身がないもの……ということだな」
「……そうなります」
「何故そのようなことが許されているんだ、お前は何をしていた!」
「私は、ただ平和に家が存続すればいいと思っており、そのように努めてまいりました」
「何と無力な……。すまない、今のは撤回する。私も家族を愛しているし、争い事は大嫌いだ。お前の気持ちは理解できる。心底辛かったろうな」
「ミケーレ兄様、どうかお力を貸してください。この家が、国が平和になるように……。このままでは国の中で戦争が起きかねません。家臣の三名が、息の合う者達ではないのは、ミケーレ兄様もわかっておられるはずです」
「そうだな……。しばらく、私はここに滞在しよう。マルコ、クラウディア、話は聞いていたな。共に居てくれるか、それとも家に帰るか」
「いえ、僕はお父様と共に居ます! それに、フィリッポお祖父様が治められたこの国に留まりたく思います。お祖父様は僕の憧れなんです」
「私も、お父様と一緒に居たいです。私達が居れば家臣の方々も下手なことは出来ないと思いますの」
「二人とも、ありがとう。ジュリオ、全員でここに滞在する。部屋は昔の私の部屋と、それから客室を二部屋貸してほしい」
「ありがとうございます、ミケーレ兄様。ご滞在いただけて嬉しいです。すぐに部屋を準備します。ですが、国に残された義姉さまは大丈夫でしょうか」
「案ずるな、家臣は全て信頼のおけるものたちばかりだ。それに、妻は私より強いかも知れない」
「そうですか、安心致しました」
「ジュリオ、辛い戦いになるだろう。だが、兄上もやられたまま黙って過ごすような方ではない。王の剣を高々と掲げ戻ってくる日も遠くはない。その日が来れば……」
前王フィリッポの葬式が盛大に執り行われ、民は喪に服した。
王の死により、ファルネーゼ家は急速に衰えたように見えたが、一家の絆は強く、王家としての誇りも捨てていなかった。
そんな中、長男であるアレッサンドロから手紙が届く。
「今、城から少し離れたところにある王国の親衛隊のある騎士の家に匿ってもらっている。何かあったらこの住所まで手紙をくれ。宛名は何でもいい」
アレッサンドロの無事を知った家族は胸を撫で下ろした。
新しい王として祭り上げられたジュリオだったが、実際のところ、家臣団達はジュリオを甘く見ていた。
三男の優男は何も出来ないと。
実際、ジュリオは幼少の頃から家臣団に大変世話になってもいた。
しかしジュリオは決して無能な男ではなかった。
冷静に、自らの知恵と知識を振り絞って国のためにと政をしている。
それに加え、兄であり隣国の王であるミケーレが常に目を光らせていた為、家臣団も安易に口を出せる状況ではなくなった。
そのことに、筆頭家臣であるクリスティアーノが危機感を覚える。
クリスティアーノは度々、家臣団を呼び集めた。
「ジュリオ、あのような抜け目のない男とは。長年王の側近だった私でも知らなかったぞ。どうしたらよいのだ……」
「知恵を貸して欲しいときは遠慮なく言ってくれ」
そう言ったのはルーカ。
頭脳戦を繰り広げ相手を打ち負かすことに長けている彼は、早速策略を巡らせ始めた。
ジュリオの王としての支配が軌道に乗り始めると、ミケーレは自国へと帰っていった。
このままでは完全に領土を支配出来ないと感じた家臣団は、ジュリオをどうにか出来ないかと頭を悩ませ、失脚させる機会を虎視眈々と伺っていた。
一方のジュリオは、そんな家臣達をうまくまとめながら、国民のために政をすることを最優先にしていく。
自らの命が危険にさらされていることは重々承知の上だった。
ジュリオは国内外の対立し合うところからやって来る沢山の意見書に、どちらを通すかでよく悩んでいた。しかし、いつかは決めなければならないこと。
兄ミケーレはそんな弟の様子を見聞きし、幾度も励ましの手紙を送った。
「ジュリオ、どちらが国民にとって一番か、それを考えて最善を尽くすのが我々王族の役目だ」
「兄上……」
ジュリオは王として責任を持って物事を推し進めていった。
国民達は始めこそ心配していたものの、むしろ徐々に良くなっていく国に対し、王ジュリオに信頼を寄せるようになってきていた。
また、長男アレッサンドロの耳にもその噂は届いていた。