第2話 担がれた神輿
王位を誰が継ぐのか、王家の男子と有力家臣団で構成される会議が開かれた。
「アレッサンドロ兄様が適任だ」
そう言ったのは王の三男、ジュリオ。
「私も同感だ」家臣たちも賛同していく。
「王が誰よりも愛していたし、兄上は支配者が持つべき特質である勇敢さと力強さを兼ね備えているじゃないか」
ジュリオのその一言が最後の一押しとなって、アレッサンドロが当主の座につくこととなった。
あのアレッサンドロならば問題なく国を治めてくれるだろう。
誰もがそう期待していた。
しかし、早晩、長男のアレッサンドロは家臣達の策略によって追放への道を歩み出す。
ジュリオと王の家臣団のもとに、使いが走って来た。
「急ぎの連絡です! ジュリオ様は居られますか?」
「私ならここに居る。何があった?」
「オッタビオ=マリーノの身柄をフィリッポ様を暗殺したかどで拘束致しました! 即処刑をという声が寄せられていますが、いかが致しましょう」
「オッタビオ……。信じられん。王直々に側近にまで取り立ててもらっておいて、王を殺害するなど、何という恩知らずだ」
それに対してクリスティアーノも大きく頷いた。
「全くでございます。暗殺などを企てる輩だったとは、思いませんでした……」
「しかし、何故このようなことに」
ジュリオは全く腑に落ちない。
「そんなことはどうでもよい。ジュリオ様、まずは処刑をせねば民衆の気が済みますまい」
戸惑うジュリオに対し、シモーネは即刻の刑執行を勧めた。
「しかし……。何か考えがあってのことだろう。話す機会を与えてみるのはどうだろううか」
「その必要はないかと」
ルーカもジュリオをオッタビオに会わせようとしない。
ジュリオは気が進まないものの、オッタビオを処刑することに決め、外出から帰参したアレッサンドロにその意思を伝えた。
新たに即位し王となったアレッサンドロに加え、ジュリオ、全ての家臣たちの立ち会いの下、処刑は行われた。
「何か言い残すことは?」
刑執行担当兵の問いかけに、オッタビオは虚しく答えた。
「俺だけじゃない……」
こうして、刑は執行された。
アレッサンドロが即位して数日も経たぬうち、アレッサンドロ自身がオッタビオと結託し、父親暗殺を行ったという噂が既に広がりを見せていた。じきに民衆へも広がるだろうと思ったジュリオは、どうにか出来ないかと母であるシモーナを頼った。
元々隣国との盟約の証としてフィリッポに嫁いできたシモーナは、その類稀なる勇気と大胆さで、この混沌とした戦乱の世を生き抜いてきた。
政略結婚ではあったものの、彼女の夫や家族に対する愛は本物であった。
「母上、アレッサンドロ兄様が暗殺に関わっているという噂が広まっております。どうすればよいでしょうか」
「噂はもう広まっているのね……。一度広まった噂を回収することは不可能。私には、何も出来ることがないわ……。とても歯痒いけれど」
二人のもとへ急ぎ足で女性がやってくる。
彼女は王の実妹ルイーザ。家の女性たちのまとめ役である。
「大変よ! アレッサンドロを追放することが会議で決まってしまったわ!」
「なんですって! そんなこと、通るわけが無いじゃない!家臣たちが勝手に決めたことでしょう?」
シモーナは驚きと憤りから声を上げる。
「兄フィリッポの暗殺を画策した罪で訴えが挙がったの。家臣たちはそれについて裁判を開いて、アレッサンドロ追放を決めてしまったの」
「そんな! 兄上が!」
ジュリオはルイーザの言葉を聞くとすぐに、兄アレッサンドロのもとへ向かった。
ファルネーゼの城。
王座に座しているアレッサンドロの前に、家臣団が跪く。
「王座から降りていただきたい」
家臣たちはそう口を揃え、アレッサンドロを王座から引きずり下ろさんとする。
アレッサンドロは見るからに厳しそうな顔をして、眉間に皺を寄せた。
「我々は満場一致でアレッサンドロ様を追放することと決定致しました。さあ、王座から降りて、ここから出て行っていただきたい!」
シモーネが恫喝する。
アレッサンドロはシモーネを睨み据えた後、王座から立ち上がりマントを翻すと、家臣団の真ん中を割くようにして通り抜け、そのまま王の間を出て行った。
王室を後にしたアレッサンドロのもとへ弟ジュリオが走り寄る。
「アレッサンドロ兄様! 何も出て行かれなくとも……。ここに留まられて下さい! 私が家臣団を説得してみせます!」
ジュリオがそう言うとアレッサンドロはふと微笑んだ。
「大丈夫だ、ジュリオ。私はこれしきのことでは負けぬ。必ず帰って来る。約束する」
「兄上!」
「弟よ、これを見よ」
アレッサンドロが布に包まれた長物を取り出す。
「これは……」
「父より受け継いだ王の剣だ。王家に代々伝わる剣……。真の支配者だけが持つことの許される宝剣だ。私は王家の誇りを片時も忘れることはない」
そうしてアレッサンドロは僅かな手勢と共に、遠い地へ旅立って行った。
その後、家臣団は自分たちで領地を分け合い、前王の領土を支配するようになった。
ジュリオはそんな中、いつアレッサンドロが戻って来ても良いようにと、暗躍する。
次兄であるミケーレに便りを送り、父親の死と兄の追放を知らせ、可能な限り早くに来てほしいとの旨を伝えた。
ミケーレは三兄弟で一際穏やかで優しさに溢れている人物だ。
彼はジュリオと同様、当主を継承する予定ではなかったため、成人する前から同盟関係にあるジュリアーノ家に養子として出されていた。現在はジュリアーノ家の当主であり、自らの領土を平和に治めている。
ジュリアーノ家の屋敷。
ミケーレが、ジュリオから届けられた手紙を読んでいる。
「そんな……、父上が、殺された。なぜ、兄上が……」
ミケーレは手紙を読むとすぐ、ジュリオのもとに出かける用意をする。
「父上、どうされたのですか?」
ミケーレの長男マルコが父の動揺を感じ取り、声をかける。
長女クラウディアも父のもとに駆け寄る。
ミケーレは、フィリッポの死と兄アレッサンドロの追放の件を説明した。
「一刻も早く弟のもとへ行かなければならない。お前たちは残れ」
マルコとクラウディアは、父ミケーレの支えになりたいと思い、一緒に行きたいと言った。
ミケーレは、子どもたちの思いやりの気持ちが嬉しかった。
「いいだろう。お前達も来るといい」
ミケーレは共に行くことを許した。
「はい!」
元気に返事をするマルコ。
花のような笑みを浮かべるクラウディア。
ミケーレは妻に留守の間しばらく家を頼んだと伝え、ジュリオが待つファルネーゼ家へと急いだ。
現在、家臣たちの推挙により、王座には三男ジュリオが座している。
しかし形だけのものだった。傀儡、担がれた神輿同然である。
事実上は家臣団がそれぞれ領地を決めて、その領地を思うがままに支配しているのだ。
筆頭家臣クリスティアーノはジュリオ達の拠点である国の中央を支配し、軍団長シモーネは東側を、そして家臣団最年長の策謀家ルーカは西側を支配した。
仮とは言え、ジュリオが現在の王である。