第1話 家臣団の策略
炎が燃え盛る戦場。
一人の雑兵が意識朦朧となりながら歩いている。
激しい戦いにより体力を使い果たし、ついに地面に倒れ込んだ。
「皆喜べ! 戦は終わった、フィリッポ王の勝利だ!」
「……勝った」
味方の勝利を伝える声を聞くと、彼はそう小さく呟いた。
今にも力尽きようとするその時、多くの死体が横たわる中をのそのそと動く布の塊が彼の目に入る。
「これは……」
腹這いになって進み、その布を解くと、まだ産まれて間もない赤子が姿を表した。
「……赤子だ!」
雑兵は最後の力を振り絞って立ち上がると、赤子を抱きかかえ、荒廃した戦場を駆け抜けた……。
西洋の大国を支配する、ファルネーゼ家。
その当主である王フィリッポは、多くの戦を行った。
しかしそれも大詰め。並み居る列強諸国を撃破し、今や西洋最大にして最強の国家を作り上げようとしている。
この度の戦は、前哨戦を含めると七年という長きにわたるものだった。
勝利こそしたものの、この戦争で敵味方ともに多くの死者を出し、家臣団も皆疲弊していた。
長い戦の疲れを癒やす為、また国の益々の繁栄を祈念して、晩餐会が開かれることとなった。
晩餐会の前日、三人の家臣たちが密かに会合を持つ。
「私の軍は多くの兵を失った。このまま次なる戦争に突入するなら、悲惨な結果は免れん」
自陣の兵を多く失った軍師のルーカは苛立ちを隠せない。
「王は国を大きくすることに邁進されている。多くの犠牲が生じていることに気がついておられないようだ」
筆頭家臣クリスティアーノもフィリッポのやり方に疑問を持っていた。
「お二方の言う通りだ。誰かが食い止めなければ……」
軍団長シモーネも同意する。
「王を討つ、時が来た……」
クリスティアーノが俯きながら呟く。
「しかし、王を討ったところで、長男のアレッサンドロが王になる。あの者はフィリッポと同じ支配の仕方をするに違いない。そうなるとまた同じことの繰り返しだ。私は若い時からあの者を知っている。あいつはあくまで戦士だ。王になる器ではない」
シモーネがそう言うと、しばらく沈黙したのちルーカが口を開く。
「私に良い策がある。我々全てにとって良い方向にことが運ぶ策が……」
「どのような策だ」
「王の側近の一人、オッタビオを利用する。オッタビオは召抱えられて日が浅く、アレッサンドロとも面識のある人物だ。彼に王を殺させ、アレッサンドロがオッタビオと通じていたという噂を国中に流す」
「妙案だな。そうなれば、アレッサンドロは王ではいられなくなる」
「そして、アレッサンドロは追放。というわけか」
クリスティアーノとシモーネが頷く。
「問題はその後だ。いくら何でも、我々が王位を継ぐわけにはいかないだろう。正当な順番で言うと、三男のジュリオが王座に就くことになる」
ルーカが顎に手を当てて考える。
「私が側近としてジュリオに仕えることになる故、ご安心されよ。もうファルネーゼ家の好きなようにはさせない」
クリスティアーノのその提案に、他の二人も納得した。
「では、我々三人で、密に連絡を取り合い、協力関係を維持しよう」
三人の家臣は内密に同盟を結んだ。
「私は早速動こうと思う。噂が広まるのは早い。各々、準備を進められるように」
ルーカはその足で、オッタビオを調略しに出て行った。
オッタビオは巨額の報酬と、謀反後の高い立場を約束され、王暗殺を請け負った。
晩餐会当日。王の息子たちを筆頭に王家の人間が食卓に座している。
そこへ、王の家臣団が入ってくる。
「アレッサンドロ様、この度の戦でのお働き、見事でございました」
席に着くや否や、クリスティアーノがアレッサンドロを讃える。
父親と同じく勇敢な戦人であり、優れた剣士でもある王の長男アレッサンドロは、今や王の親衛隊長として活躍している。
「実に。ファルネーゼ家の未来は安泰ですな」
ルーカもそう言いながら席に座った。
「もったいないお言葉です。この度の勝利は、皆様のお力あってのこと」
アレッサンドロが家臣団を一瞥し礼を述べる。
「アレッサンドロ様が王になった暁には、西洋一の剣であなたをお支えします」
シモーネもアレッサンドロと双璧を成すと言われるほどの剣士である。
「シモーネ、何を言っている。まだまだ父上にはご活躍して頂かなければ」
シモーネも席に座り、王以外の出席者が揃った。
肝心の王自身が一向に現れない。
「王はまだ来られないのか」
家臣の一人が口を開く。
「準備に手間取っておられるのかも知れない。長く厳しい戦であった故、お疲れなのだろう」
しかし、その宴に王が来ることは無かった。
栄光の絶頂期に、王は暗殺されたのだ。
ファルネーゼ軍記。
これは王家の、そしてそれを取り巻く人々の戦いの記録である。
主人公はある意味で、「ファルネーゼ家」ということになるだろうが、その盛衰の歴史は、一人の青年の生涯を通して導かれる。
ジュリオ=ファルネーゼ。
王フィリッポの三男として生まれた彼は、王位継承予定もなく、親衛隊の弓兵として戦場を駆け回っていた。
しかし、父の死をきっかけに、彼の人生は大きく変わることになる。
彼の長い旅は、まだ始まったばかりだ。