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幼馴染みにパーティーから追放されるお話

幼馴染みをパーティーから追放したあたしは幼馴染みの手料理が食べたい

作者: 斎樹

続き物なので前作(https://ncode.syosetu.com/n2452gh/)をお読みになった上でお楽しみください。

 鋭い爪牙が迫る度、あたしはヒリつく緊張感を呑み下し、湧き上がる昂揚を抑え、冷静に、的確に、回避と反撃を選択する。

 あたし達を取り囲んでいるのは狼型のモンスター『レッサーフェンリル』が……合計で、十四匹。

 さっきまでは二十匹を超える群れだったんだけど、先制とばかりにプレシアがぶっ放した火球とマーグの弓撃でさくっと減らしてやった。


 伝説の魔狼フェンリルとは関係ない単なるあやかり名とは言え、レッサーフェンリルが厄介なモンスターであるのには違いはない。単体でもそこそこ強い上に、多い時は三十匹を超える群れで行動するためBランクパーティーでも不覚を取りかねない奴らだ。


 一応あたし達はAランクでも上位の実力派パーティーだし、二十数匹のレッサーフェンリル如きいつも通りの力を十全と発揮出来れば特に問題はない。

 そう、十全なら。


 今日のあたし達は十全とはとても言えない。

 だから油断せず、四人ともいつも以上に一手一手慎重に攻め立てた。


(やっぱり、レオンがいないと調子狂うなぁ)


 とある理由によりあたし達が大切な仲間である幼馴染みのレオン・アストラルをパーティーから追放したのは三日前のこと。

 下位職の適性しか持たなかったとは言え、複数のジョブをマスターしていたレオンは戦闘においてもバフ、デバフ、回復魔法であたし達をサポートしてくれていた。また、敵の種別に応じて効果のある各種アイテムの適切な使用や簡易トラップの設置、後衛のプレシアとマーグに敵の手が及ばないよう囮役をこなすなど、まさに八面六臂というやつだ。


 もっとも、レオン本来の主たる役目は戦闘以外。

 特に新発見のダンジョンや遺跡調査における彼の地図作成と罠の解除法発見は冒険者ギルドからも非常に重宝され、その報酬はあたし達パーティーの貴重な収入源でもあったから、そちらに集中して貰うために『レオンに頼らない戦闘』も全員きちんと習熟している。


 たまにC、Dランクあたりのパーティーで『ソリの合わない仲間を一人追放したら途端に何もかもが上手くいかなくなりパーティーが瓦解してしまった』みたいな話を耳にするけど、そもそも『一人足りなくなっただけでまともに戦えなくなる』ってそんなの日頃からの備えが足りてないだけだと思うのよね。


 冒険者なんてやってると不測の事態なんて日常茶飯事だし、仲間の一人が行動不能に陥ってしまうというのも、生死に関わらず当然あるものとして普段から備えておく必要がある。

 だからあたし達は『レオンを除く四人での戦闘』以外にも『メンバーの誰かが行動不能に陥ってしまった際、残りの人数でどう対処するか』も定期的に訓練してる。近場でのクエストなら兎も角、遠征だと数日間を不足したメンバーで戦わなければならない可能性だってあるわけだし。

 転ばぬ先の杖、備えあれば憂い無し、ってやつよ。


 なので調子が狂うっていうのは、まぁ……その、メンタル的に?

 いつも見守ってくれてた視線が感じられないとどうにも力が入らないというか、深刻なレオン分不足によりあたしのメイン動力炉たるレオンハートを動かすためのレオニウムが活性化しないというか……

 その辺はプレシアもニケ姉も一緒みたいで、特にニケ姉なんかさっきからレッサーフェンリルの頭蓋を肘打ちでブチ砕き、土手っ腹を足刀で蹴り千切りながら重苦しく溜息を吐き続けてる。


 ……多分ね、アレなのよ。

 別にバフ系の魔法なんて唱えてなくてもね、レオンが後ろにいるだけであたし達ってステータスに補正がかかるんだと思う。具体的に、クリティカル率二〇%アップくらい。


「……はぁ」


 あ、いけない。

 ニケ姉の溜息がうつっちゃった。


 躍りかかるレッサーフェンリルの首を斬り飛ばしながら、あたしはレオンが今頃どうしているか考えて鬱屈とするのだった。




   ■■■




「……レオンの作ってくれたご飯が食べたい」


 レッサーフェンリルの群れを撃退し、追加で出現したグレイミノタウロスとリザードワームを討伐したあたし達は見晴らしの良い場所に陣取り休息をとることにした。


 レオンがいればいつでもどこでも料理スキルで温かいご飯を用意してくれるんだけど、いないものは仕方がない。今日のお昼ご飯はギルドの食堂で販売されてるお弁当だ。


 あたしは焼き肉弁当。

 ニケ姉はから揚げ弁当。

 マーグは言うまでもなく奥さんの愛妻弁当。

 そしてプレシアはレオンの手作り弁当……


「そぉおおーーーーーーいっ!!」

「あぁ!? なにするんですかクルッツ姉さん!」


 決まってるじゃない。

 レオン特製のふんわり甘々卵焼きを一切れ奪い取ってやったのさ! 《剣爛争覇》の超スピードでね!


「モグモグ……ン♪ ……なにをするってこっちの台詞よプレシア。ギルドでお弁当買ってなかったからどうしたのかなーと思ったら、レオンにお弁当作ってもらってたなんてこの裏切り者! 獅子身中の虫め!」

「う~……別にいいじゃないですか。私と義兄さんは家族なんだし、お弁当作ってもらうくらい普通ですよ、普通。パーティー追放したからって家族の縁を切ったわけじゃないんですから」

「モグモグ。でも、この前ちょっと小耳に挟んだんだけど、なんか義理のお兄さんをパーティーから追放する時に義妹ちゃんが『あなたなんてもう家族でもなんでもありません』とか言って縁切った~なんて話が西都のギルドであったみたいよ?」


 いつの間にかプレシアのお弁当からミートボールを一つ掠め取って美味しそうにモグモグしていたニケ姉がなにやら興味深い話を振ってきた。


「なになに? どゆことニケ姉?」

「それがねぇ、そのパーティーは元々お義兄さんと義妹さん、あと幼馴染みの女の子二人っていううちと同じ構成で」

「え? ちょっと待ってオレハブられてない?」


 寂しそうなマーグの苦情は無視してニケ姉が続ける。


「幼馴染みのうちの一人はお義兄さんとは結婚の約束までしてて、他の二人も彼のことが好きだったらしいんだけど、そこに一人の《勇者》が加入してきてね、全員寝取られちゃったそうなの。それでその《勇者》の気を引くために? 元々好きだったお義兄さんのことをボロクソにけなしてパーティーから追放したんだって。私もルーメさんに聞いただけでこれ以上は知らないんだけどね」


 ギルドの事務員であるルーメさんなら他ギルドであったそういったゴタゴタの話もよく入ってくるんだろう。

 それにしても……


「意味不明ですね……他に好きな人が出来たからって大好きだったお義兄さんをけなすのもワケがわからないですけど、家族の縁を切るって。もしかして元々お義兄さん以外との家族仲がよくなかったとか? でないとそんなことしたらよっぽどツラの皮が厚くない限りもう二度と家に帰れないじゃないですか……」


 プレシアの言う通りだ。いったい両親にどう説明する気だったんだか。

 義理の兄妹。

 父親と母親との血の繋がりとか家族構成がわからないと何とも言えないけど、惚れた男のために好きだったはずの義兄をけなして縁まで切るというのだから大した話だ。


 あたしだってレオンのことは、その……好き、だけど。

 レオンの歓心を買うために親しい人をけなすなんて、出来そうもない。

 だいたい、そんな酷いコトする女の子をレオンは絶対に好きになったりしないだろうし。


「結婚の約束までしてた幼馴染みの子も、どうしてそんな急転直下な心変わりしちゃったのかしらね。一人と婚約してたってことは、ハーレム企むでもなくそのお義兄さんは誠実な人だったんでしょ? 他に不満があったのかなぁ。あたしにはわかんないなぁ」


 少なくとも、レオンへの不満なんて細かいところを除けば優柔不断なところくらいだ。酔った勢いでのハーレム宣言にはそりゃあもう腹が立ったけど、あいつ根は真面目だし責任感も強いからきっと近いうちに一人選んでくれるだろうと信じている。


 ……怖いけどね。

 自分が選ばれなかったら、って思うと。

 もし選ばれても、プレシアやニケ姉の方が本当は好きなんじゃないか、なんて不安がずーっとつきまとったり。


 もしかすると、件の婚約してた幼馴染みちゃんもそういうところにつけ込まれたのかも知れない。

 まったくもって恋ってやつは怖ろしい。


「うーあー……レオンに逢いたいよぉ~」

「もう少し我慢してください。ほら、義兄さん作のほうれん草のゴマ和えあげますから」


 むぅ、プレシアめ。

 ほうれん草が苦手だからってあたしに押しつける気でおるな?

 後でレオンに言いつけておいてやろう。

 ングング。

 美味しい。

 レオンの味がすゆ……


 ちょっとだけ、あたしの中でレオニウムが活性化した。




   ■■■




「……はい。依頼達成、確認しました。今回もお疲れ様でした」


 ルーメさんから労いの言葉をもらい、あたしはいーえいーえと会釈した。

 レオンがいない分ちょっとだけ依頼の難易度も落としてたしむしろギルドには申し訳ないというか。あはは……


「で、レオンさんはまだ戻ってないんですか?」

「いやっ、だって……まだ三日しか経ってませんし?」


 痛いところを突かれてあたしは視線を泳がせた。

 一応、ギルドにはレオンのことは“一時的に”パーティーから抜けていると報告してあるんだけど、長年あたし達を担当してくれてるルーメさんには詳細を伝えておいた。


 ……案の定、爆笑された。


 でもでも!

 だってわかるでしょ? 同じ女なら、わかってくれるでしょ?


「まぁ、今回の件はレオンさんが悪いですけどね。でもなるべく早い復帰をお願いしますよ? クルッツさん達にはケンドロス地方で新しく発見されたダンジョンの探索もお願いしたいので」

「あー……すいません」


 モンスターの討伐依頼程度ならレオンがいなくても難易度次第でどうとでもなるけど、新しいダンジョンの探索や調査なんかは全然無理無理。

 ルーメさんはあたし達のパーティーを『戦闘力だけでも一流』って評価してくれると同時に『でもレオンさんがいないなら討伐以外の依頼は今は回さない方がいいですね』ってしっかり釘も刺してくれる。


 冒険者って切った張っただけしてればいいってものじゃない。そのあたり、伸び悩んでる低~中ランクのパーティーが陥りやすい罠なのだそうで。兎に角『戦闘に強くさえなれば上のランクに上がれる』って勘違いしちゃうんだって。そもそも戦闘で食べていくつもりなら傭兵にでもなった方が早いのにね。

 あたし達は戦いたいのではなく、冒険がしたいから冒険者をやってるのだ。


「それにしても、三日前にクルッツさんがレオンさんを追放したって報告に来た時は驚きましたよ。うちでは今のところ大した事件は起こってないですけど、近頃他所の支部で『パーティーメンバー追放によるゴタゴタ』が大分増えてるみたいで。ギルド全体としても問題になっているところでしたから」


 ……あれ?

 それってもしかして。


「西都であったとかいう、《勇者》がパーティーの女の子達を寝取って~とかいう話だったりします?」

「あー……そう言えばこの前ニケさんにちょこっと話したんだっけ。ええ、まぁ、他にも何件か報告はきてますけど一番『あちゃ~』ってのはそれですね」


 普段ならこういう話、あたしはそこまで気にならないんだけど、パーティーの構成がうちに似すぎていて詳しい話を訊いてみたくなった。

 ルーメさんも察してくれたんだろう。『あまり大っぴらにはしないでくださいね?』と前置きして、事件の概要を語り始めた。


 そもそものパーティーの構成や関係、そこに《勇者》が新しく加入して~、というのはニケ姉から既に聞いてた通り。

 お義兄さんに関しては、彼が悪いなんてことはこれっぽっちもなく、当人は文武両道で人格も問題なし。常に笑顔を忘れず正義感に溢れ、弱い者、困っている者には迷わず手を差し伸べる――


「いやそっちが《勇者》じゃないですか。お義兄さんものすごーく《勇者》じゃないですか」

「ええ、まったくその通りなんです。一方で件の《勇者》はと言えば、ガチのドクズです。《勇者》としての使命は最低限果たしつつ、その裏で自分以外の人間は全て劣等種だとか豪語して、女と見れば他人の恋人だろうと奥さんだろうと手当たり次第に喰い散らかし、犯罪行為も何のその。そんなゴミクズでも国家公認の《勇者》だったせいでなかなか手が出せず、ギルドとしても困り果てていました」

「……なんでそのパーティーの女性陣はそんなゴミに惚れちゃったんですか? 魅了とか洗脳ですか?」

「腕っ節だけは《勇者》らしく常軌を逸してまして。ついでに国家公認なため富と名声もたっぷりと。クズ部分も、戦闘中の鬼神じみた強さを目の当たりにしているうちに『英雄であるが故の粗暴さ。傲岸不遜な豪傑。猛々しいところも男らしさの表れ』なんて色々と勘違いしちゃったみたいですね」


 ……思わず顔顰めて「うわぁ~~~」とか言っちゃった。

 信じられないわぁ……


「かくしてクズに惚れてしまった彼女達は、どうにかしてクズの寵愛を得ようとお義兄さんのことを罵倒するようになりました。クズはクズで、いつまでもクズに屈せず女性陣の目を何とか覚まさせようとするお義兄さんのことが鬱陶しかったみたいで、夜になるとわざわざ女性陣とのアレやソレやの声を聞かせたり直接見せつけたりまでしてたらしいですね」

「変態じゃないですか」

「確かに変態の所業ですけど、制圧した敵方の心を折るために相手の恋人や配偶者を目の前で陵辱するといったやり口は有効ではあるんです。有名どころだとオークですね。あいつらの常套手段です」

「つまり《勇者》ってオークなんですか?」

「ほぼほぼオークです」


 知らなかった……

《勇者》ってオークだったんだ……

 英雄譚に憧れてる全国の少年少女に焼き土下座で謝って欲しい。


「そこからはお義兄さんにとってはまさに地獄だったようで。愛し愛されていたはずの女性陣から罵倒のみならずついにはクズに命じられるまま直接暴力まで振るわれるようになり、最終的には重傷を負わされてパーティーから無理矢理追放されてしまいました」

「いっそ清々しいまでに畜生ですね……」

「まさにですよ。支配を盤石とするために『生き延びたくばこいつらを殺せ』と仲間や肉親を本人の手で殺させる、なんてゴブリンがよく使う手ですし」

「つまり《勇者》ってゴブリンなんですか?」

「ほぼほぼゴブリンです」


 まさか一日にして《勇者》の正体がほぼほぼオークやほぼほぼゴブリンなんだと気付かされるなんて思ってもみなかったわ。

 あたし達もレオンのいない隙を狙って《勇者》がパーティーに加入を希望してきたりしないか厳重注意しておかないと。


「ちょっとでも冷静になればお義兄さんの方が五〇〇倍くらい優良物件だってすぐに思い出せそうなものなのに……恋は盲目って怖いですね……」

「むしろ冷静な部分が僅かに残っていたからな気もします。クルッツさんの言う通り、冷静に、理性的に考えたらお義兄さんの方が五〇〇〇倍は優良物件ですし、クズには腕っ節と富と名声はあったかも知れませんがそんなものでは補いきれないくらいドクズなんです。でも、惚れてしまった。好きになってしまった相手がフッてしまった相手よりも下だったなんて、彼女達は頭で理解していても認めたくはなかったんですよ。だから無理矢理にお義兄さんを貶めて、クズの方が男として上なんだと必死に思い込もうとしたんじゃないでしょうか」


 なんとなくわかるような、わからないような。

 詐欺に引っかかった人が頑なに詐欺だと認めたがらない事例が結構あるって以前に聞いたことがあったけど、きっとそういうことなんだろうな。

 本物だと信じて買った宝石が実は偽物のゴミだったなんて、受け入れにくいものね。


「その後は結局どうなったんですか?」

「重傷を負ったお義兄さんは偶然出会った女性冒険者に手当てされて、彼女と新しいパーティーを組みました。それから仲間も増え、厳しい修行と冒険の果てにクズを上回る実力を身につけてやがて決闘を挑んで勝利し、ついに復讐を果たしました。さらにお義兄さんはクズが犯罪に関わっていたという数々の証拠も集めてまして。そのおかげでクズは捕まり、拷問の果てに処刑。元婚約者や義妹は犯罪には直接関与していなかったみたいですけど結果的にクズに協力していたとみなされ今では檻の中です。自分達の過ちに気付いて泣いて謝っても後の祭り、三〇年は出てこられないそうです。一方、お義兄さんは恩人である女性冒険者と結ばれて今はとても幸せだとか」


 そこまで聞いて、もしあたし達も同じような目に遭ったら……と想像したところで背筋が凍り付いた。

 胃がムカムカして吐き気がする。

 嫌だ、冗談でも考えたくもない。

 クズに惚れてしまうのも最悪だけど、それ以上に最低だったのは『レオンを傷つける』自分を一瞬でも想像してしまったことだった。

 アイツと一緒に冒険するために、アイツのために必死に磨いたこの剣がアイツを傷つけるだなんて……


 件の義妹や元婚約者は、本当に平気だったんだろうか。

 愛していたはずの人をズタズタに傷つけて、もし本当に平気だったのだとしたら、そんなの歪んでいる。狂ってる。

 クズのせいで狂ってしまった?

 そこまで出来るのは元々の性根が歪んでいたんじゃないの?


 わかんない。

 わかんないけど気分が悪い。


「……お義兄さん、好きだった人達から、信じてた人達から酷い目に遭わされて、辛かったろうなぁ。悲しかったろうなぁ、悔しかったろうなぁ。……レ、レオンも、あたし達に追放されて……もし、同じような気持ち、だったら……」


 途端に怖くなってきた。

 眼が熱い。鼻の奥がツンとする。

 うぅ、なんかダメだ。変なことばっかり頭に浮かんできちゃう。


「ちょっ!? だ、大丈夫ですよクルッツさん! 今回のクルッツさん達の場合はあきらかにレオンさんに非がありましたし、本人も深く反省して戻ってくるつもりでいるんでしょう? 根本から話が違いますから!」

「……グスッ。そ、そうかなぁ……? 大丈夫かなぁ? で、でも、レオンも辛くて、苦しんでるところを、通りすがりの美人な冒険者に慰められたりしたら……あたし達よりもそっちにコロッと……それであたし達は、レオンを裏切って捨てた女扱いされて、ボロクソに叩かれて……」

「いやいやいや、なんで悪いコトしてないのにそんな『ざまぁ』された人みたいに凹んじゃってるんですか。感受性強すぎですよ……もう、めんどくさいけど可愛いなこの人!」


 ルーメさんに慰められながら、あたしはただただレオンのことばかり考えていた。

 レオンのことは信じてる。

 大丈夫だって思いたい。

 なのに、不安が完全には消えてくれない。


 ああ、情けないなぁ。《剣爛争覇》とか偉そうに呼ばれてても、あたしなんて所詮はこんなものだ。


 レオンの作ってくれた温かいご飯が食べたい。

 食べたいなぁ……




   ■■■




 とぼとぼと、力無く肩を落として帰路に就く。

 憂鬱だ。

 あんな話、興味本位で聞くんじゃなかった。


 ルーメさんの言った通り、例のパーティーとあたし達じゃまるっきり状況が違う。でも最近追放によるトラブルが頻発しているのは事実らしく、気が気でない。


「悪いのは酔っ払ってハーレムなんて言い出したレオンのはずなのに……」


 それでも追放はやり過ぎだったろうか。

 酔っ払いの戯言として笑って済ませればよかったんだろうか。

 だけど頭にきたのは本当だ。

 好きな人に選ばれないのは、フラレてしまうのは怖くてたまらない。でも、それでも、ただ一人の相手として選んで欲しいって、女なら当たり前に抱く願望だと思う。


「……お腹、空いたなぁ」


 く~、っと恥ずかしい音がお腹から響いてきた。

 家に帰ればお母さんが当たり前に夕飯を用意してくれてるだろうけど、申し訳ないことに今のあたしはレオンのご飯がどうしようもなく恋しい。ごめんね、お母さん。


 次の角を曲がればそこはもう我が家だ。

 こうなったらさっさとご飯食べて、お風呂入って、寝よう。

 レオンのことばかり考えすぎていても不健全だ。うん。ひとまず、今晩だけでもレオン断ちをしよう。そうして頭を冷やして、明日からはいつも通りのあたしに……




「――ようっ」




 ……と決意を固めようとしたのに、なんでかあたしの家の前にお鍋を持ったレオンが立っていた。


「なっ、あっ、なんでここに!?」

「そりゃお前の家の前であると同時に俺の家の前でもあるからな」


 はい。

 そうですよね。幼馴染みですもん。家もすぐ隣です。ええ。


 うぅ。

 どうしよう。あんなにもレオンに逢いたかったはずなのに、少しだけ、怖い。

 正面から彼を見るのが。

 正面から彼に見られるのが。

 とんだ臆病者。

 このまま適当に会話を切り上げて、さっさと家に入ってしまおうか。


 よし。《剣爛争覇》の超高速でこの場は……逃げる! 戦略的撤退!

 そう決めた情けないあたしに、


「ほれ」


 レオンはお鍋を差し出してきた。


 ……んあ。


 温かそうな湯気。すっごい、イイ匂いする。

 間違いない。これ、絶対美味しいやつだ。


「ロールキャベツ。……なんか、お前が俺の飯食べたがってたってプレシアが言ってたから。おじさんとおばさんの分も入ってる。夕飯のおかずに一品追加してやってくれ」


 やめて。

 ぶっきらぼうにそんなコト言わないで。

 いやいやいやいやいや、もうッッ!!

 惚れてまうやろ!?

 とっくの昔に好きですけど! ずっと大好きですけど惚れてまうやろ!?


 ……ぐぬぬぬぬ。

 衝動に任せて抱きつきたい。それどころかこのまま部屋までお持ち帰りしてしまいたい。既成事実作って全てに決着をつけてしまいたい~~~あ~~~。


 でも、プレシアとニケ姉と結んだ淑女協定がある。出し抜き、先駆けは厳禁。勝負は正々堂々。なので二人を裏切れない。はうぅ……


 決して!

 あたしが!

 ヘタレなわけではなく!

 二人を裏切れない!

 だけだからッッ!!


 湧き上がる恋情の衝動と、大切な幼馴染みにして親友である二人との友情の板挟みにあたしの思考回路はショート寸前だった。


 ええい、ままよ!


「――――ッ!!」


 限界まで精神を集中。

 レオンのまばたきに合わせるように。

 研ぎ澄まし、研ぎ澄まし、研ぎ澄まして。強大な魔物の懐に飛び込み居合いを見舞う呼吸よりもさらに速く。瞬速を超え、神速を超え、光そのものな自分をイメージして、あたしは自分が出せる最大速度でレオンに近づくと、




 ちゅっ、と。




 頬に、口づけた。

 そしてお鍋を引ったくり、また元の位置へと戻る。

 目にも止まらぬ速度だったはずだ。事実、レオンは渡そうとしていた鍋がいつの間にかあたしの手にあるのを見てポカンとしている。


「あ、あああ、ありがと! お鍋、洗って返すから!」

「お、おう。じゃあ、またな」

「うんっ!」


 挙動不審気味なのは勘弁して欲しい。

 これ以上レオンに不審がられるわけにもいかず、あたしは今度こそ自宅の扉を開けて、




「クルッツ! ……その、ちゃんと答えは出すから。だから、もうちょっとだけ待っててくれ」




 レオンの言葉に背を向けたままコクンと頷き、後ろ手で扉を閉めた。

 ゆっくりと、ひとまずお鍋を床に置いてから、へなへなとへたり込む。

 ……ダメだわ。

 足にも腰にも力が入らない。顔中熱いし、しばらくこのままね……

 まったく、なんてざま。


 淑女協定に基づき、もしレオンとの間に何かしら進展があったら隠さず他二人に白状しなければいけないんだけど……あたし、大丈夫かしら?

 けど、二人のお怒りが不安な反面、ニヤニヤが止まらない。


「う、ふふ、へへ、えへへへへ……」


 その後。

 いったい何事かとお母さんが居間から出てくるまで、あたしは締まりのない顔でひたすら笑い続けるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 頑張れ、主人公。彼は貴方を選ぶよ(多分)。 しかし、西都のギルドでの屑勇者の顛末寧ろ、詳しく別で起こして欲しいですわ。
[良い点] マジで面白い!!嫌味とかじゃなくて!! オークとゴブリンに熱い風評被害!!笑笑笑笑笑 なんか胸がすっきりした!最近の流行でいろいろあるけど勇者馬鹿にすんなよ!!勇者は勇者なんだぞ!!って1…
[良い点] オークとゴブリンに熱い風評被害がwww
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