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彼女のともだち1


「おとうさん、ごほんよんで!」


 朝食を終え、勤務に出る騎士たちを見送ったあと、リルは部屋に戻るなり一冊の絵本をカイルに差し出した。

 この絵本は、リルが一番気に入っているからと、救貧院の厚意で譲ってもらったものだ。あのバーナードに似ているというくまが登場する話で、この寮に戻ってくるまでの道中でも何度もせがまれたので、既にほとんど覚えている。


「いいよ。メアリさんのお孫さんが来るかもしれないから、下の談話室で読もうか」

「うん」


 日勤の騎士が出勤したのと交代で、夜勤の騎士がじきに帰ってくるので、彼らへの挨拶もした方が良いだろう。しかし食堂だと夜勤明けの朝食を取る騎士たちのためにメアリが今も忙しくしているので、邪魔にならないようにしたい。

 そういうわけで談話室を選んだ。

 談話室は騎士や管理人一家が寛げるよう、ソファーにローテーブル、部屋の隅には引退した騎士が寄贈したビリヤード台が置いてあるのだが、誰もやらないのでトランプやら盤上ゲームやらが乱雑に放置されている。

 その内リルの玩具やらぬいぐるみやらが増える予感がする。


 談話室のソファーに腰を下ろすと、リルは迷うことなくカイルの膝によじ登る。リルのお気に入りの場所だ。

 カイルはリルの前で絵本を広げ、ゆっくりとページを捲りながら読み始めた。


 タイトルは「ふゆのもりのだいぼうねんかい」。

 なぜ絵本で忘年会というおっさんくさいテーマを選んだのかは甚だ疑問だが、森の動物たちが冬眠前に馬鹿騒ぎをするというひたすら賑やかなこの話は、子どもには人気らしい。

 リルの話によると、春・夏・秋の話もあるシリーズものらしいのだが、救貧院には四作目しかなかったのだと。

 きっと読みたいのだろう、団長似のくまが出てくるかは知らないが、今度探してみようと思っている。


 何しろ登場人物が多いので、カイルなりに声音を変えたりして必死だ。そうするとリルの反応は良いのだが、正直あまり同僚に見せたくはない。

 夜勤組が帰ってくるまでに何とか読み終えると、リルは振り返ってにぱっと笑う。


「おもしろかった!」

「よかったな」


 リルはカイルから絵本を受け取り、ページを捲り始める。絵を見てるだけでも楽しいらしい。

 しばらくその様子を眺め、ふと気づく。


「リルはそのきつねが好きなのか?」


 そう、リルは森でプレイボーイのきつねのページばかり見ているのだ。

 父親としては、娘がきつねのようなキャラクターを気に入っているのはあまり好ましくない。


「えっとね、きつねさんはひあそびにはいいけどほんきになっちゃだめってファナおねえちゃんがいってたんだけどね」


 また出た、ファナ姉さんよ。

 5歳児に何を刷り込んでいる。


「リルはね、きつねさんがすきよ。おとうさんのかみのいろににてるから」

「え」


 思わず目を瞬いた。確かにきつねは金茶色だ。

 …なるほど、見た目か。

 きつねの性質はともかく、満更でもない。


「リルの髪の色とも同じだな」

「うん」


 リルは頬を染めて嬉しそうに笑う。

 めっちゃ可愛い。

 リルの笑顔につられて笑みを浮かべながらその柔らかい髪を撫でていると、寮の玄関が騒がしくなった。

 夜勤連中か、と思ったが、聞こえてきた高い声に待ち人の訪れを察する。


「リル、メアリさんのお孫さんが来たみたいだ」

「えっ、ほんとう!?」

 

 リルが頬を染めて立ち上がり、その場でぴょんぴょん跳ね出した。

 うん、可愛い。


「リルのあたらしいおともだち! おとうさん、はやくぅ!」

「はいはい」


 リルの小さな手に引っ張られ、玄関へと向かった。




「おやリル、来たね」

 

 玄関にいたメアリがカイルたちに気づき、すぐに手招きしてくれた。

 メアリのそばには二人の大人と、二人の子ども。

 大人はメアリの長男フィリップとその妻のカテリーナだ。フィリップだけでなく、メアリも騎士団で事務をしているので、二人とも仕事の日は子どもをメアリに預けに来るのだ。

 寮にいる団員たちはリルへの態度を見てもわかる通り、子ども好きが多い。

 むさくるしい生活に癒しを求めているとも言うのか、そういう状況なので、この第三騎士団員寮はちびっこ大歓迎だ。

 メアリがしっかり子どもたちの手綱を握ってくれているのも大きいとは思うが。


 カテリーナと手を繋ぎ、緑色の瞳をまんまるにしてリルを見つめるのはキティ。3歳になったばかりの二人の娘で、恥ずかしがりやの人見知りだ。少なくともカイルは一度もまともに話したことはない。肩で切り揃えたまっすぐの黒髪を揺らし、不安げに母とリルを交互に見ている。

 フィリップの腕に抱かれているのはセイン。二人の長男で、もうすぐ1歳になる。噂によると最近ようやくよちよちと歩き出したらしい。姉キティと違って好奇心旺盛で、姉と同じ緑の瞳をじっとカイルとリルに向けている。姉との違いは、そこに不安や怯えが一切ないことだ。


「おはよう、カイル君」

「おはようございます」


 カイルとも顔馴染みのフィリップは、実母であるメアリに似て遠慮というものがない。そして、フィリップと職場で出会って十日で結婚を決めたカテリーナも、類は友を呼ぶとはこういうことかと言わんばかりの似た者夫婦である。


「お義母さんから聞いてるよ。その子がリルちゃん? かーわいい!」


 気さくなカテリーナさんは軽い調子でリルを誉めた。キティは依然不安そうだが、そっちを何とかしてやってほしい。

 そんなことを考えながら、カイルはリルの背を押した。


「リル、メアリさんの息子さんでフィリップさんと、その奥さんのカテリーナさん。で、メアリさんのお孫さんのキティとセインだ」

「えっと、えっと、おとうさん、もっかいいって!」


 どうやら情報量が多すぎたようだ。すまん娘よ。


「…キティとセインだ。挨拶しておいで」


 一気に情報量を減らした。とりあえず両親は後回しにしよう。

 リルがにこにこしながらキティと距離を詰めると、キティは母親の後ろに隠れてしまうが、カテリーナは「なに恥ずかしがってんのよぅ」ぐいぐいキティの背を押す。強引だ。

 セインはフィリップに下ろしてもらうと、父親の足に掴まり立ちをして興味津々の様子でリルを見つめている。


 さあ、どうなるファーストコンタクト。




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