彼女の新生活3
食堂の椅子はリルには低すぎるので、部屋から持ってきたクッションを重ねてその上に座らせ、親子は食事を始める。
リルには好き嫌いがほとんどない。少なくともカイルは知らない。
どんなものも、美味しそうに頬を緩ませて口いっぱいに頬張る姿は、小動物のようでかわいい。
これから少しずつ、リルの特に好きなものやそうでもないものを知っていければとカイルは思う。
リルの頬についたパンくずを取ってやっていると、日勤の騎士たちがどやどやと騒がしく下りてきて、既に食事を始めている親子を見つけると次々に大声で「おはよう!」と声をかけ、リルの頭を撫でていく。
リルが口をもごもごさせながら返事を返すと、騎士たちがやに下がった笑みを向けてくる。
ちょっと気持ち悪い。
引きぎみで次々カウンターのメアリから料理を受け取り席につく騎士たちを見ていると、向かいの席にアルフォンスが座ってきた。
リルを連れ帰った日に、リルを指差してカイルに注意され、リルへの自己紹介でカイルの親友を主張した男である。
今日は黒地に銀の刺繍が入った騎士服を身に付けている。ウェーブがかった赤髪に茜色の瞳を持つ、人懐こい好青年で、カイルと同じ平民出身だ。
昔は同い年のカイルを一方的にライバル視しており、カイルからすれば非常に面倒くさい男だったのだが、付き合いも長くなれば慣れる。アルフォンスの言う通り、親友と呼んでも差し支えないのだろう。
だが、実はアルフォンスにも伯爵令嬢リーナのことは話したことがなかったので、リルの登場は青天の霹靂だっただろう。
アルフォンスは笑顔でリルの顔を覗き込む。
リルはもぐもぐしていたものを、ごくんと飲み込んで、あっと声を上げる。
「アルおにいちゃんだ!」
「リルちゃん、覚えててくれたの?! アルおにいちゃんうれしいなー!」
カイルは親友のでれでれした顔を初めて見た。しかも正面から。
気持ち悪い。
しかも自分で自分のことをアルおにいちゃんと呼んでいる。
気持ち悪い。
いや、カイルもリルに話しかけるときは自分のことをお父さんと呼んでいるから、人のことは言えない気がする。
…もしかして、自分も気持ち悪いんだろうか、という考えに至り、地味にショックを受けた。
「おぼえてるよ! おとうさんのおともだちなんでしょ?」
「そうだよ! よろしくねリルちゃん! おにいちゃん今日仕事なんだけど、非番の日は一緒に遊ぼうな!」
「ヒバンってなに?」
「お休みの日のことだ」
カイルが口を挟むと、リルはふーんと声を漏らす。
「いいよ! いっしょにあそぼうね!」
「ぐはあ! かわいい! 嬉しい!」
親友が本当に気持ち悪い。
今まで程々に女性との付き合いもあったはずだが、もしかしてそっちの趣味があったのだろうか。
警戒したほうがいいかもしれない。
「お前…。リルに変な気起こしたら潰すぞ」
「え? …ええ! 違う違う! なんつーか、父性が目覚めるっていうか、癒されてるだけだから!」
顔色を蒼白にしたアルフォンスが必死で弁解すると、周りで食事を始めていた他の騎士も頷く。
「そうそう。超癒される」
「子どもほしくなる」
「まずは結婚しないと…」
「相手いねえよ…」
なぜか切ない声も聞こえてくるが、聞き流すことにする。
「ていうか、変な気起こす奴いたら俺が全力で潰すわ」
「俺も参戦しよう」
「もちろん私もだ」
「もうお前ら早く飯食えよ…」
カイルは脱力して、とりあえず食事を促した。
とりあえず娘は安全のようだ。この筋肉騎士団を敵に回してまでリルをどうこうしようという人間はそういないだろう。
無意識に子ども特有のフェロモンを撒き散らす当の本人は、オレンジジュースをごっきゅごっきゅと飲み、父の視線を感じて目を合わせ、にぱぁっと笑った。
「おとうさん、おいしいね!」
「そうだな」
うん、かわいい。
目の前のアルフォンスが悶えているのが気持ち悪いが、リルのかわいさには完全に同意だ。
仕事の時は仕方がないが、なるべくリルから目を離さないようにしようと、心に誓った。何故なら気持ちの悪い同居人が多いから。
そんなカイルの心の内を読み取ったのか、呆れたようにそのやり取りを見ていたメアリがとうとう口を開いた。
「心配しなくても、リルに何かしようって奴がいたら、あたしの肉切り包丁が黙っていないよ」
…どうやら、メアリが寮にいる限り、リルの安全は保証されたようだ。
そしてメアリの一言に正気を取り戻した騎士たちは、「うん、メアリさんがいれば俺らの出番ねえな」と頷きながら、食事を再開した。