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彼女のはじめての…3


 その知らせは突然もたらされた。


 朝から乱闘騒ぎで一時騒然としたが、大きな事件になることもなく集結し、今日の勤務先である屯所で夜勤からの引き継ぎを終えて簡単な書類作業をしている頃。


「あ、弁当忘れた」

「おや、珍しいね。朝の騒ぎのせいかい?」

「ええ。出掛けが慌ただしかったのですっかり忘れてました」


 今日のペアは、編み込み騒動でお世話になったケイン先輩だ。

 寮ではなく家族と一戸建てに住んでいるケインは、もちろん愛妻弁当を持ってきている。


「うちの弁当分けようか?」

「それじゃ先輩が満腹にならないでしょう。大丈夫ですよ。鶏亭で簡単に済ませます」


 向かいは宿屋だが、食堂は宿泊客でなくとも利用できる。

 ペアで交代に取るのが常なので、ケインが済ませたあとに行かせてもらうことにする。

 そんな話をしている時だった。


「失礼します! 急ぎの伝令に参りました!」


 突然屯所に飛び込んできたのは、今日が非番の騎士だ。

 非番の騎士が普段着のままでこういった伝令を行う場合は大抵、厄介な事案が発生するのが騎士たちの共通認識である。

 大方捕物や何か大きな事件が発生したのだと思い、カイルとケインはすぐ立ち上がった。


「伝令内容は」


 いつもの柔らかな声音とは違う低い声に、伝令の騎士は姿勢を正し、真剣な表情で内容を伝えた。


「は! メアリさんの指令により、これよりリル・アズーロ嬢がはじめてのおつかいに挑戦されるため、非番の騎士がサポートを行います!」

「……んっ?」


 ケインはちょっと理解できず、思わず鈍い反応を返してしまった。

 そしてカイルは、……驚きのあまり固まっていた。


「え、ちょっと待て。リルが? はじめてのおつかい? なん、何で今日、俺がいない時に」


 カイルとしては、いつかリルがおつかいデビューをする時には、万全の体制を整えるつもりであったのだ。

 そんな困惑に、伝令はどこか生暖かい視線で応える。


「カイル先輩がお弁当を忘れたとの事で、リルちゃんのスイッチが入ってしまいまして。メアリさんは良い機会だからとお弁当を託すことにされました」

「あ、ああー…。そうか弁当か…」


 ケインは拍子抜けしながらも、確かに良い機会だと思い直す。

 伊達に四人の娘の父親を長年していない。


「カイルくん、確かに良い機会だと思うよ。おつかいの成功には本人のやる気が必要不可欠だ。大人がお膳立てするほど子どものやる気が伴わないものだからね」

「そういうものですか…」


 尚も不安そうなカイルに苦笑しつつ、ケインはその下がった肩をぽんぽんと叩く。

 伝令の騎士も、力強く頷く。


「既に大通りの皆様には協力要請を行っております。また等間隔に非番の騎士を配置済み。リルちゃんのミッションはお弁当の運搬と、途中のケーキ屋でいちごのケーキを2つ買うことです」

「しれっとミッション増えてるね」

「はっ、メアリさんの指示であります!」


 

 しかして、父親の心の準備が伴わないままに、子どものやる気が伴ったからという理由で強制的にはじめてのおつかいが始まってしまったのである。




 そこからのカイルは気もそぞろであった。

 大人の足で十五分ほどの距離、小さなリルの足ではもっとかかるだろう。

 カイルの気持ちがよく分かるケインは、書類仕事を全て請け負い、屯所前での待機を命じてくれた。


 そして、非常にこまめに届く伝令。


「無事大通りに出ました!」

「顔なじみの大人たちに声をかけられるたびに丁寧におつかいであることを説明しております!」

「上機嫌にスキップしていたところ、転んで半泣きでしたが肉屋のクインが簡単に手当をし、何とかおつかいを再開いたしました!」

「今ケーキ屋に入店!」

「無事にいちごのケーキを購入! ちゃんとお釣りも受け取りました!」

「ケーキが崩れないよう、ものすごくゆっくり歩いています!」


 もう気が気じゃない。

 特に、転んだというくだりでたまらず迎えに行こうとしたところを伝令とケインに止められて、救急箱を屯所入口に配置するということで妥協した。


 大通り沿いには、商店の大人たちが通りに出たり、窓から覗いたりしている。

 パレードでもあるのかな、というような状況で、観光客などはどこか不思議そうにしている。

 

 はらはらしながらも、祈るような気持ちで通りを見つめていたカイルの目に、ようやく待ち望んだ少女が姿を現した。


 転んだためか、少し汚れたワンピースに擦りむいて赤くなった鼻。

 膝にはクインのものと思われるハンカチが巻かれている。

 おつかいが始まったばかりの頃の笑顔は見られず、どこか鬼気迫るような緊張感を漂わせて両手でしっかりケーキの紙箱を持って、ゆっくりと歩いている。


「リル!」


 たまらず叫んだカイルに、リルははっと顔を上げた。

 そして、大好きな父親の姿が目に入った途端にその瞳が潤み始めた。


「お、おとうさぁん!」


 リルも叫んだが、走り出したりはしない。

 転んだことが相当ショックだったのか、あくまで慎重な足取りで、ぼろぼろ涙を溢しながら屯所に近づいて来る。

 大通り沿いの面々が息を呑んで見守る中、ようやく父と娘が朝ぶりに再会を果たした。


「ひぐ…っ、おとうさん、おべんとと、ケーキおとどけに、き、きました…!」

「リル…っ、うう、頑張ったな、お父さんお腹空いてたんだ。ありがとな…!」

「おとうさぁん!!」


 二人がひしっと抱き合った瞬間に、大通りから歓声が上がる。

 キョロキョロしていた観光客達はびくっとして、何が起こったのか分からず挙動不審となっている。


「よかった…。よかったなぁリルちゃん!」

「立派だわ! 一つ大人になって!」

「くそっ、目から水が止まらねえ…!」


 非番の騎士たちはほっとしたように笑顔で目配せをしあっている。が、今度は帰り道のサポートのため、伝令が寮にいるメアリの元へ走って行った。

 ケインは、自分の娘達のはじめてのおつかいを思い出し、懐かしい思いに囚われながらも二人に声をかけた。


「二人とも、中へお入り。お昼にしよう」

「「はい…!」」


 泣きながらもケインに返事をする父娘が愛おしく、ケインは思わず笑み崩れた。




 因みに、背中に負っていたお弁当は転んだ時の衝撃でぐちゃぐちゃになっていたが、カイルは嬉しそうにうまいうまいと言いながら食べ、顔と膝を手当してもらったリルは、誇らしげに頬を赤くしながらいちごのケーキを頬張った。




 後日、カイルの非番の日に改めて「肉屋のクインのもとにお礼をしに行くおつかい」が実施されたとか。




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