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彼女の新生活2


「あんたがリルかい? おばちゃんはメアリ。ここで皆のご飯を作ってるのさ」

「メアリおばちゃん? リル・アズーロです! はじめまして!」


 早朝からそんな挨拶を交わしているのは恰幅の良い中年女性と幼い少女。

 

 カイルは割と早起きだ。

 平民時代は早朝から家畜の餌やりをしていた癖が今も抜けない。

 そしてリルも寝起きが良い方なので、日勤の騎士たちが起き出すのと同じ時間に、手をつないで食堂に降りていった。

 昨晩挨拶が出来なかったメアリに会うのが目的である。


 メアリは、この騎士団寮の寮母だ。

 若い頃からこの寮で住み込みで働いており、今では騎士たちの第二の母と言っても過言ではない。

 夫ともこの寮で出会い、その夫は既に現役騎士を退き、現在は見習い騎士の育成・指導に当たっている。

 メアリには二人の息子がいるが、長男は騎士団で経理を担当する職員で、職務の傍らこの寮の雑務も手伝ってくれている。そして次男はこの寮の料理人、メアリの部下でもある。

 いつもなら夕食時にも食堂で采配を振るっているメアリ親子だが、昨晩はメアリの姪の結婚式で不在だったため、作り置きしてくれていた料理を新人の団員が温めて提供する形を取っていた。そのため、リルの紹介が朝になったのだ。


「バーナードから聞いてるよ。カイルが仕事の日はうちの孫と一緒に預かればいいんだね?」

「助かります。俺の復帰は明日の日勤からなので、今日のうちに慣れるようにしてみます」

「はいよ。孫たちは今日も昼前に来るだろうからその時顔を合わせときな」

「はい」


 カイルはリルに視線をやる。


「リル。お父さん、明日からお仕事だから、今日は一緒にここで過ごそうな」

「おしごと?」

「昨日会ったおじさんたちと、一緒にお仕事してるんだ。リルは明日から、お父さんがいない間はメアリさんとお孫さんたちと過ごしな」

「おとうさん、いないの?」


 リルの瞳が潤み出した。

 カイルがうっと息を詰まらせる。

 ここでリルが泣き出したとしても、カイルが仕事を放り出す訳にはいかない。リルと生きていくためには、仕事をやめるわけにはいかないのだ。

 だが、リルの人懐こさにここまで助けられ、驚くほど順調に父娘の関係を築いて来てはいたが、まだ初めて会って一週間ほどだ。ここでリルの説得がうまく出来るほど、カイルの父親スキルは高くない。

 ここに助け船を出したのはメアリだった。


「リル。お父さんはここのおじさんたちと一緒に、町の人たちを助ける仕事をしてるのさ。お父さんの騎士服姿はカッコいいよー。それにね、お父さんの帰ってくるおうちはここなんだから、リルは心配しないでおばちゃんと待ってりゃいいのさ」

「ほんとう…? おとうさん、かえってくる?」

「もちろん。それに待ってる間、おばちゃんの孫と遊んでやっておくれよ。まだ3歳と1歳なんだけどね、リルが一緒に遊んでくれたら嬉しいねえ」


 その言葉に、泣くのを我慢していたリルが目を瞬かせる。


「ここにもこどもがいるの? リル、まえのおうちでちっちゃいこのめんどうみてたから、できるよ」

「そうかい! リルはすごいねえ。昼前にはここに来るから、その時挨拶してやっておくれ。それまでは、お父さんとのんびり過ごしな」

「うん!」


 リルにようやく笑顔が戻り、カイルは脱力する。

 自分より年下の子どもに囲まれて暮らしていたせいなのか、リル元来の性格なのかわからないが、リルは驚くほど聞き分けが良いし、ここまで癇癪を起こしたり泣きわめいたりということは一切なかった。

 ここに来て初めて泣き顔を見ることになり、かなり動揺したが、メアリがいて本当に良かった。

 自分も早く、メアリのように子どもを納得させる説得方法を身に付けなければ。


「メアリさん、助かりました…」

「…このくらいで動じてちゃ、先が思いやられるね。あとでフィリップにでも相談しなよ。それか職場復帰したら、子持ちの団員にでも話を聞く機会でも持つんだね」

「そうですね…。切実にそう思います」


 フィリップというのはメアリの長男で、このあとやって来る予定の3歳、1歳の父親である。

 そして子持ちの団員はこの寮には住まず、自ら家を借りているので、相談は職場ですることになるだろう。


「ただ、女の子なのでメアリさんにも色々お世話になると思います」

「もちろん構わないよ。とりあえず、朝ごはんでもお食べ」


 メアリは気の良い笑みを浮かべ、カウンターキッチン越しにパン、サラダ、ベーコン、炒り卵が盛り付けられたワンプレートを二つ、どんと置いた。

 そして野菜たっぷりのスープにジュースも二つずつ。

 二つのうち一つの量が少なめなのは、リル用にとの気遣いだろう。


「わああ! いいにおいね、おとうさん!」


 リルの満面の笑みに、カイルは肩の力が抜けていくのを感じ、自然と口許に笑みを浮かべていた。


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