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彼女のはじめての…2


 住宅街の中にある第三騎士団寮から、大通りまでは一本道だ。

 そして大通りに出てすぐ右に曲がり、ずっとまっすぐ行くと今日カイルがいる屯所だ。

 幸いにもそれほど難しい道ではなく、リルもこちらに来てから幾度となく大人たちと歩いている場所である。


 リルは迷いのない足取りで寮を出発し、程なく大通りに出た。

 ちなみに大通りには、リルが十歩歩くごとに約一名の騎士が何食わぬ顔でお使いを見守っている。

 まさに鉄壁である。

 そして騎士たちの迅速な情報伝達により、大通りに店を構える顔なじみの人々ほぼ全員が、既に今回のおつかいミッションを認識しており、どこかそわそわとした雰囲気が漂っていた。


 リルは、大通りに出たところで一度立ち止まり、「えっと」と呟いて首を右・左・右と振って右方向へと進みだした。

 第一関門クリアである。


「あらーリルちゃん、今日は一人?」

「うん! リルね、おとうさんのところにおつかいにいくの」

「まあぁ、えらいねえ!」

「お、お嬢ちゃん、おつかいかい?」

「そうなの! おとうさんのところにおべんとうもっていくのよ!」

「そりゃあいい! 頑張んな!」


 そしてわざとらしい程に、リルに声をかける顔なじみたち。

 リルの足がしょっちゅう止まる。

 毎回誇らしそうに背中のバスケットを見せて、胸を張るリルは大変に可愛らしいが、これいつ到着するんだろうと騎士たちは不安になる。

 そんな様子を見た先行部隊の騎士たちは、大通りの顔なじみの皆さんに「リルちゃんの気が散るので声掛けほどほどにお願いします!」と頭を下げに行く羽目になった。

 大通りの皆さんにとっても、今回のおつかいミッションは一大イベントのようである。

 浮足立ち加減が半端ない。


 リルの足取りに不安は見られない。

 元々しっかりしているし、人見知りをしないリルは大通りの大人たちとも親しくしていることもあって、はじめての一人歩きとは思えないほど迷いがない。

 騎士たちとしても安心して見ていられる。

 不測の事態などがなければ、このおつかいは難なく成功することだろう。

 そう、不測の事態がなければ。


 ご機嫌で歩いていたリルは、鼻歌交じりに、時々スキップをしながら歩いている。

 そうなると、自然と緊張感は薄れて注意力散漫となるものである。


「あっ」


 そんな声とともに、スキップの途中で小石を踏んづけたリルは思い切りつんのめり、ズシャッという音と共に転んだ。

 バレないよう距離を保っていた騎士たちも、ほどほどにと釘を刺された顔なじみたちも、助けに行くには微妙に距離があった。


「「「…………」」」


 周囲の大人たちの空気が固まる。

 リルは地面にうつ伏せに突っ伏し、動かない。

 え、助ける? これ手を出していいのか? というアイコンタクトが高速で交わされるが、全員が動けない。

 大人たちが息を飲み見守る中、やがてリルがもぞりと動いた。


「うぅ、ころんだ、いた、いたいぃ」


 絞り出すような声が震えているので、泣きそうなのだろう。

 何とか一人で起き上がり、しゃくり上げながらリルは自分の膝小僧を見る。

 そこは擦りむき、少し血が出ていた。


「ふっ、ふぇ」


 目が潤むが唇を震わせて必死で堪えている。

 泣くのを我慢するように袖で目を拭い、ワンピースについた土をぱんぱんと払っている。

 大人たちは動かない。

 偉いぞ頑張れ、と何とも言えない気迫でリルを見つめている。

 だが、そんな空気を破る声があった。


「あれ、リルじゃん。どしたんだ一人で」


 それは、店が大通り沿いから少し外れているために、このおつかいミッションの情報を知らされていない、肉屋の息子クインであった。


「クインおにいちゃん…」

「迷子、ってことはないよな。あれ、膝擦りむいてるじゃん。あー顔もちょっと赤くなってる」

「ふっ、こ、ころんだの。でもだいじょうぶ、リルおつかいできるもん」

「おつかい?」


 そこでクインはようやく周囲のどこか緊張感のある空気に気づき、状況を察した。

 この大通りでは定期的に行われるイベント、はじめてのおつかいだな、と。

 このリルの危機的状況を、本人自身が打破できるかをハラハラしながら見守っているのだろう。

 かつてクインも、この大通りでおつかいをした一人である。


「そうか、偉いな」

「うっ、うん」


 必死で泣くのを我慢しているリルに、クインはちょっと待ってなと言ってポケットからハンカチを出した。

 心配そうに見守っている近くの店の親父に頼んでハンカチを濡らしてもらい、リルのところに戻って顔と膝の傷を優しく拭ってやる。


「どこまで行くんだ?」

「にわとりていのおむかいのとんしょ」

「ん。そんな遠くないな。一番血が出てる右膝だけハンカチ巻いててやるから、あとは屯所で手当してもらえよ」

「ん」

「…一人で行けるか?」

「ひとりでいける」


 まだ声は震えているが、決意を固めたようなその声音にクインは安心する。


「よし。頑張れ」

「うん。ありがと、クインおにいちゃん」


 クインに頭を撫でられたリルは、こっくりと頷き、今度はスキップせずに慎重に歩き出した。

 その後姿を、周囲の大人たちやクインは静かに、あるいは感極まったように涙を浮かべながら見送った。


「…いや何で泣いてんのおじさん…」

「うるせえやい! この歳になるとな、小ちゃい子が頑張ってる姿だけで目頭が熱くなるんでぃ!」


 八百屋の親父さんのそんな言葉に、同じように目頭を押さえている大人たちが「わかるー!」と共感した。

 クインはちょっと引いた。





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