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彼女のはじめての…1


「あーやっちまったねー」


 メアリのそんな言葉に、お気に入りの絵本をめくっていたリルは顔を上げた。

 視線の先には、困った表情のメアリ。


「どうしたの?」

「ああリル。実はね、カイルがお弁当を忘れていっちゃったみたいなんだよ」


 そんな言葉とともにメアリが見つめている先には、バスケットがある。



 第三騎士団寮では、希望者にお弁当を支給している。

 前日の昼までにメアリやユージーンなどの厨房勤めに伝えておけば、翌朝の出勤前には受け取れるという寸法である。

 普段からあまり勤務中の外食を好まないカイルは、高頻度で弁当を頼んでいた。

 今日もそうだったのだが。


「ほら朝に、ちょっとバタついただろ? それで忘れちまったみたいなんだよ」


 そう言われてリルは朝の出来事を思い返す。

 今朝は、朝ののんびりとした空気を裂くように街で乱闘騒ぎがあったと通報があり、その日日勤の騎士はいつもよりかなり早く、バタバタと寮を出て行ったのだ。

 それはカイルも例外ではなかった。


「そっかー。わすれたのはおとうさんだけ?」

「他の連中は外食組だったからね。まあないならないでカイルもどっかで食べるだろうけど…」

「メアリおばちゃん、リル、おとうさんのとこにもっていく!」


 リルはこれしかない! と思い立ち、右手をぴしっと上げて元気よく宣言した。

 メアリは驚いたようにリルを見下ろす。


「リルが?」

「うん! リルできるよ!」

「ええ…。でもねえ…」

「できるぅぅ! もう6さいだもん!」


 リルの大きな声は食堂に響き渡っており、遅い朝食を食べていた非番の騎士たちももちろん聞いていた。

 そうなるとリルが心配な騎士たちは居ても立っても居られない。


「リルちゃん、俺が行ってくるよ」

「いやいや僕が。ちょうど買い物もあったしね」

「いやいやいや、いっそリルちゃんおじさんと一緒に行こっか」


 続々と騎士たちが名乗り出るが、リルは頬をぷくっと膨らます。


「いいの! リルひとりでできるもん!」

「ええ…」


 リルは完全にやる気になっている。

 

「今日のカイルの勤務ってどこだっけ」

「あれだ、鶏亭の向かい」

「…大人で歩いて十五分か…」

「行けなくもない距離ってのがなぁ…」


 鼻息荒くおつかいの許可を待つリルの周りで、大人たちがひそひそと相談を始める。

 何しろ保護者不在なのだ。信頼して預けてくれているカイルを裏切るわけには行かない。

 騎士たちがどうするかと話し合っている中。


「…そうさね。リルにお願いしようか」


 メアリの発言に、騎士たちが瞠目し焦る。

 だがリルは目を輝かせた。


「ほんとう!?」

「ああ。その代わり、絶対に知らない人についていかないこと。怖いことがあったらどこでもいいから知っているお店に入って助けてって言うこと。守れるかい?」

「まもれる!」

「よし、ちょっと待ってな。お弁当持ちやすいように包むからね」

「はぁい!」

「ちょちょちょっとメアリさん!」


 そそくさとお弁当を包みに厨房内に入るメアリを追って、騎士たちが詰め寄る。

 が、メアリはその騎士たちの行動を読んでいたかのように彼らに目配せをし、自分の周りに集める。


「いいかいあんたたち。これから非番の連中で、リルのおつかいを見守るんだよ」

「えっ」

「くれぐれもリルには気づかれないように、あの子が一人で頑張れるように、さりげなく危険から守りつつカイルのところまで守ってやんな」

「ちょ」

「とりあえず誰か一人、カイルのところに使いをやりな。これは子どもの成長イベント、はじめてのおつかいだよ!」 

「はじめてのおつかい…!!!」


 騎士たちの目の色が変わった。

 かつて自分たちが子どもだった頃にも経験した、はじめてのおつかい。

 今考えると、隣近所の大人たちがそれとなく導き、手を貸してくれていたのだと思い返す。

 その大人の立場に、今自分たちが立っているとようやく認識した。


「おお俺、カイルさんとこ走ってきます!」

「任せた! 私は非番の連中を各所に配置する!」

「僕はおつかい経路の下見と周辺の店への協力要請を!」

「よし、任せたよあんたたち!」


 こういう時の騎士団の連携は見事である。

 メアリは、迅速な騎士たちの動きに満足そうに頷くと、包んだバスケットを背中に負えるよう紐をつけ、リルの元へ戻る。


「はいこれ背負って。カイルは今日、お宿の鶏亭の向かいの屯所にいるよ。分かるかい?」

「にわとりてい、わかる!」

「もし道が分からなくなったら、お店の人に聞くんだよ」

「はい!」

「それとこれ、ちょっとだけお金入れてるからね。途中にあるケーキ屋さんでいちごのケーキ2つ買いな。お父さんと食べておいで」

「え…、いいの? おばちゃんありがとう!」


 しれっとおつかいミッションを増やしたメアリだが、完全に仕事モードになった騎士たちの一人がケーキ屋さんに走るのを目の端に捉えて苦笑する。

 これだけの鉄壁の中なら、まずリルの安全は保障されるだろう。


 背中に父のお弁当、首から小さなお財布を提げたリルは、黒い瞳をきらきらさせた。


「それじゃあ、いってきまーす!!」



 かくして、リルと第三騎士団寮のおつかいミッションが幕を開けた。




 

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