彼女とメガネのおにいさん6
めちゃめちゃ難産でした…
ついにカイル・アズーロとの面会日を迎えた。
ヘリオスは再び騎士団寮の前に立ち、心を落ち着かせるように大きく息を吐いた。
因みに、宰相閣下からはお許しを頂けた。
飛び出した時のヘリオスの顔色が尋常でなく悪かったようで、かなり心配をかけてしまったらしい。
ロベイン家の事情であるため、詳細を打ち明けるわけにもいかずどう言い訳したものかと考えていたのだが、閣下は貴族らしい聡さでヘリオスの葛藤を察してくれたようで、「次からはせめて行き先くらい言いなさい」という言葉に留めてくれた。
何とも懐の広い方だ。
前回と同じ騎士団寮の応接室に通され、緊張に体を強張らせながらソファに掛けて待つ。
カイル・アズーロの評判は良いが、実際に会うのは初めてだ。
敬愛する従姉が愛した男がどのような人物なのか、ヘリオスはまだ知らない。従姉の見る目がなく、娘のリルを利用し伯爵家を乗っ取ろうと考えるような人物であれば、別の対応を考えねばならない。
実際にはごく短い、だがヘリオスにはとんでもなく長く感じる時間が過ぎた頃、扉がノックされ、一人の騎士が入ってきた。
金茶色の短髪に青い瞳、端正な顔立ちのこの騎士が、カイル・アズーロだろう。リルと同じ髪色に血の繋がりを感じる。
カイル・アズーロもまた、ヘリオス同様緊張したような強張った表情をしており、ヘリオスがただ花の祭礼の礼に来たわけではないと、理解しているのだと分かった。
ロベインの名を聞いてこの反応なら、ヘリオスの推測はやはり間違っていなかったのだろう。従姉の面影を色濃く受け継ぐ娘の父親は、間違いなくこの男だ。
「お時間を頂きありがとうございます。ヘリオス・ロベインと申します」
ヘリオスが席を立ってそう名乗ると、騎士はきれいな所作で腰を折った。
「カイル・アズーロと申します」
緊張のためかいつも通りなのか、平坦な声でそう名乗られた。
ヘリオスが向かいのソフアを勧めると、カイル・アズーロは「失礼します」と言って腰掛けた。
まずは表向きの要件を済ませることとする。
「先日の花の祭礼の折、貴方の娘御に父が世話になりました。こちらはほんのお礼です」
「…恐れ入ります」
ヘリオスが差し出した菓子折りを、カイルは受け取りほんの僅かに口角を上げた。
「娘が好きな菓子です。きっと喜びます」
「そう、ですか。それはよかった」
面会理由に使ったお礼の品として用意したのは、黒狼国の伝統的な菓子で、庶民から貴族まで親しまれている。細かく刻まれたクルミやナッツがふんだんに使われた焼き菓子は、ヘリオスの従姉も大好物だった。
そのまましばし沈黙が落ちる。元来そこまで話好きではないヘリオスだ。
ましてや今回の要件は、ヘリオスの今後にも関わることだ。何を話すか何度も頭の中で繰り返したというのに、いざカイルを前にすると、言葉が出てこない。
そんなヘリオスの心の機微を感じ取ったのか、口火を切ったのはカイルだった。
「ご両親から、お聞きになったのですか?」
「え」
伏せていた視線を上げると、どこか覚悟を決めたような表情の騎士がヘリオスをまっすぐ見つめていた。
「ご存知なのでしょう。リルの母親が誰なのか」
「…両親は、何も話しませんでした。ですが二人の様子と、花の祭礼で父が会った少女の話を聞いて」
「そうでしたか…。まさか祭礼で伯爵様とリルが知り合ったなど、貴方様からの面会申請をお受けするまで知りませんでした」
カイルは困ったような笑みを微かに浮かべる。
確かに両親とカイル達との関係は難しいものだろう。だが、ヘリオスは義父が今もリーナとリルを慈しんでいることを知っている。
…カイル・アズーロへの思いは複雑だろうが。
「アズーロ殿。私が今日ここに来たのは、伯爵家の正当な血を引くリル嬢を、ロベイン家の後継にと考えているからです」
カイルの顔から表情が消えた。
騎士が持つ覇気というものだろうか、気配がビリビリとするのを感じた。
だが、怖気づく訳にはいかない。
正当な後継者はリルだ。たとえ彼女がロベイン家に入ったことでヘリオスの居場所がなくなっても、これが自分の考える「正しいこと」だ。
カイルはじっとヘリオスを見つめている。その真意を探るように。
「…私の一存でお答えできるものではありません。が、一つ確認したい。これは、伯爵様のご意思でしょうか」
「っ、名言は、されていませんが。リル嬢を気にかけていることは間違いありません」
「そうですか…。ですが、伯爵様は一度決めたことは貫き通すお方であるというのが私の印象です。私の立場で言えたことでもないかとは思いますが、リーナ、お嬢様と絶縁され、リルの引取りを拒否された時点で、ロベイン家に入れる事はないという意思表明と私は捉えております」
「ですが!」
「何より、リルを引き取るよう私に促されたのは伯爵夫人で、そうでなければいつか別の家の養女とするつもりだったと伺っています」
ヘリオスは瞠目した。
義母がカイルにそんな話をしたことがあるなど、想像もしていなかった。
それにカイルの言うことは正論だ。リルが正当な後継の血筋であることは事実だが、家長として決断したことを翻すような義父ではないこともまた事実だ。
しかし、それでもヘリオスはリルを諦められない。
リーナの娘なら、伯爵家で育てられるべきだという考えをどうしても捨てられない。それをリーナも望んでいるのではないかと思ってしまうから尚更だ。
いつもなら理詰めで相手を丸め込むのは自分なのに、思考が正常に回らない。
次の言葉が出てこず、唇が震えるのを感じた。
そして沈黙を破ったのは、またもカイルだった。
「ロベイン伯爵家については、ずっと気がかりでした。親戚筋から貴方様が養子に入ったと聞いて、安心したのです。これでリルを奪われる心配がなくなった、と」
虚を突かれたヘリオスは、目を瞬かせながらカイルを見つめた。
カイルは苦笑いを浮かべている。
「伯爵様のご意思を理由にしましたが、本当は私がリルと一緒にいたいだけなのですよ。まくし立てるようにして申し訳ありません」
「いいえ、…いいえ」
「そしてもう一つ、安心したことがありました。養子に入った伯爵家の後継者は優秀で、伯爵夫妻との関係も至極良好であると。お嬢様を奪ってしまった罪悪感が、少しだけ軽くなった気がしたのです」
そしてカイルは、本当に申し訳ないと頭を下げた。
カイル・アズーロの人間らしさを見た気がした。
こんなに正直に、自分の想いを語るこの騎士から感じるのは、リーナを失った罪悪感とリルへの愛情だ。
彼は間違いなく、リルを愛し、慈しんでいる。
ヘリオスはここに至り、自分がカイルの気持ちを一切慮っていなかったことに気づいた。
自分が正しいと信じ、周囲の人間の心の機微など無視して押し通そうとしたことが恥ずかしくなった。
カイル・アズーロは義両親から娘を奪った男であり、その思惑など察する必要もないと無意識に考えていたのかもしれない。
だがきっと、カイルにとってもリーナは大事な人だったのだ。だからリルを深く愛している。
「アズーロ殿。よく、分かりました」
ずっと靄がかっていた自分の気持ちが、晴れた気がした。
義両親に恥ずかしくない行いを、義両親が喜ぶことをと考えながら、カイルとリルを不幸にしようとしていたのだ。
リルは確かに血筋から言えば自分より現伯爵に近く、後継として相応しいかもしれない。
だが、それは自分が血縁以上に能力を示して覆せばいいだけの話だ。
カイルが「リルを奪われる」なんて心配をすることもないくらいに、立派な後継となれば良い。
だが、一つだけ。
「ですが、義父は絶縁したとしても、リル嬢を気にかけているのは本当ですよ。後継云々関係なく、いつか気兼ねなく会える関係となることを望みます。少なくとも私は」
「ええ…。そうですね、いつか」
カイルの表情が和らいだ。
ヘリオスもようやく肩の力を抜き、口元を緩ませた。
「その第一歩として、貴方とぜひ友人になりたいのだが、いかがだろうか?」
これ以降、ヘリオスとカイルの関係は長く続くこととなる。
ヘリオスが王都にいる間はよくリルを伴って街歩きに繰り出し、アルフォンスを始めとした他の騎士団員ともすっかり打ち解けた。
ヘリオスが伯爵位を継いだ後にカイルはリルとともに伯爵家を訪ねることを許され、リルは祖父母と良好な関係を築いた。




