彼女とメガネのおにいさん5
燃えるような赤髪を一つに束ねた騎士らしき青年は、勢いのままにヘリオスの胸ぐらを掴んだ。
「騎士団寮の前で誘拐とはいい度胸だな! 叩き切ってやる!」
「待て、違う誤解だ!! 君、誤解を解いてくれ!」
思わずと言ったように元凶である少女に視線をやると、リルは大きな瞳を更に見開いてヘリオスを見つめていた。
「おにいさん、ゆうかいはんなの…?」
「何でそうなる!?」
胸ぐらを掴む騎士の手がミシリ、と嫌な音を立ててヘリオスの首を締めにかかる。
ヘリオスは必死の形相でその騎士の怒れる茜色の瞳を見返した。
「私はここで道を尋ねようとしただけだ! そうしたらそこの少女が連れて行くと言い出したから、さすがにまずいと引き止めていた所で、断じて誘拐など!」
「道を…? それを証明できるのか?」
「その子にちゃんと聞いてくれ!」
騎士は尚も手を緩めないまま、リルの方を見た。
「リルちゃん? この人に道聞かれたの?」
「そうだよ! だからリル、つれていってあげるっていったけど、おにいさんはだめっていったの!」
元気よくそう返事をした後、リルははっとした表情をした。
「あっ、じゃあおにいさん、ゆうかいはんじゃないね!」
「もっと早く気づいてくれ!」
ヘリオスはげんなりとした。
「いやぁ、失礼しました」
赤髪の騎士はアルフォンス・レザンと名乗った。
騎士団寮の応接室に通されたヘリオスは、硬めのソファに掛け、乱れた襟元を整えながら「いいえ」と返した。
「何せリルちゃん、可愛いですから! おかしなことを考える輩がいないとも限りませんし。それに今日は父親が仕事なもんで、尚更自分が守らなきゃと気負ってしまって。ほら、何しろ可愛いですから!」
本当に謝る気があるのかと思うくらいリルを自慢してくるが、不思議と嫌な感じはない。アルフォンスが持つ親しみやすい雰囲気がそうさせるのだろうか。
「いえ、私もまずは騎士のどなたかを呼んで頂けるよう彼女に頼むべきでした。失礼しました」
そう言うと、アルフォンスは意外そうに瞬き、そしてにこりと笑った。
「あなた、良い方ですねぇ。ご貴族様とお見受けしますが、自分は平民出身ですので、下手したら不敬罪かと」
「…確かに貴族ですが、さすがにこの程度のことで謝意を示している方を更に責めることはしませんよ」
「そうですか。ありがとうございます。…座っても?」
ヘリオスが首肯すると、アルフォンスはヘリオスの向かい側に腰を下ろした。
「ところで、どなたかを訪ねた帰りですか? この辺りは住宅街ですし、ご貴族様が馬車ではなく徒歩で迷われているのも、あまりないことですが。何なら馬車を用意しますよ?」
アルフォンスの言葉に、思わず詰まる。
彼の表情からして、ヘリオスを疑い探る様子はなく、純粋に疑問に感じ、気にかけてくれたのだろう。
ここに来た本当の理由を今伝えれば、アルフォンスは力を貸してくれるだろうか。
彼はリルと良い関係を築いているようだから、恐らくはカイル・アズーロとも親しいのだろう。
リルを伯爵家に迎え入れるべきだというヘリオスの気持ちは、変わらないのだから。
「…まだ名乗っておりませんでしたね。ヘリオス・ロベインと申します。現在は宰相閣下の元で勉強をさせて頂いています」
突然の名乗りに、アルフォンスは瞠目し、そして思案するように顎に左手を添えた。
「ロベイン様…、辺境の領地を治めておられる伯爵家のご親類でしょうか?」
「ええ、伯爵の長男です。小さな領地ですが、よくご存知ですね」
「平民出身とはいえ騎士ですからね。貴人の護衛に就くこともありますから、一通りは記憶していますよ」
ヘリオスが伯爵子息と分かっても気負わず会話をしてくれる様子に、僅かに安堵する。
「その、実は…。道に迷ったというのは嘘なのです」
「え?」
「本当は、この騎士団寮に用があり参りました。カイル・アズーロ殿にお会いしたくて」
アルフォンスの眉が上がる。意外な名を言われたといった雰囲気だ。
「面会希望も出さずに突然お訪ねするのはマナー違反でしたね。お留守のようですので、改めて然るべき手順で参ります」
「え、あの、ちなみにどういったご要件で、ってのは聞いてもいいんでしょうかね?」
困惑したようなアルフォンスに、無理もないと首肯する。
真実は、さすがにこの場では言えないが。
「花の祭礼の折、義父がアズーロ殿の娘御に世話になったようで、改めてお礼を申し上げたく」
「あ、ああー! もしかして、花屋でカフスを落とされた?」
「ええ。アズーロ殿を通すべきかと思いまして」
「そうでしたか! では俺からもカイル…、アズーロには伝えておきますよ。面会日についてはいくつか候補を頂ければ、本人に確認して後日、宰相補佐室に日程をお伝えしましょう」
「そうですか、助かります」
ヘリオスはひとまずの約束を取り付けられたことに安心し、頬を緩ませた。
そのままお暇することとなり、アルフォンスに案内されて玄関まで行くと、リルが立っていた。
「おにいちゃん、きをつけてね!」
どうやら見送りに来てくれたらしい。
「ああ、君の親切に感謝する」
迷子だと思って助けようとしてくれたことに礼を述べると、リルは満面の笑顔を返してくれた。
寮を後にし、ヘリオスは大きなため息をついた。
「さて、宰相閣下にする謝罪と言い訳を考えねば」
了承も得ずに飛び出したのだから、下手をしたらクビである。
ロベイン伯爵家に泥を塗るような事態だけは避けねばならないと、ヘリオスは気を引き締めた。
ヘリオスが去った後。
リルと手を繋いで廊下を歩いていたアルフォンスは、そこでふと気づいた。
「あれ? カイルに会いに来たのなら、何で道に迷ったなんて嘘ついたんだ…?」




