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彼女とメガネのおにいさん4

遅くなり申し訳ありません…

 

 ヘリオス・ロベインは慎重かつ冷静な人物である。

 幼い頃から癇癪を起こすことも少なく、本能のままに行動するということは殆どなかった。

 何かに挑戦するときも、石橋を叩きまくって安全を確認してから実践するという徹底ぶりだ。

 それは大人になった今でもあまり変わっていない。

 そう、思っていた。今日までは。



 気がつくと、第三騎士団寮の前にいた。

 声を掛けていただいた宰相の元での仕事を放り出し、何も言わずに城を出て、何も考えずこんなところまで来てしまった。

 こんなことは初めてだった。

 間違いなく、宰相の信頼を損ない、伯爵家に泥を塗る行為だ。

 だが、正当な後継者であるリル・アズーロが伯爵家に入れば、自分はどうせ不要となる。どこか自虐的にそう考え、いっそ開き直った自分がいる。


 第三騎士団寮は城下とはいえ、大人が城から歩いていこうとすれば一時間はかかる道のりなので、通常は馬や馬車を使う貴族が多い。そんな道程をほぼ走って来たヘリオスは、銀縁の眼鏡を外して顔の汗を乱暴に袖で拭い、寮の正門を眺める。


(何の考えもなくこんなところまで来てしまったが、アズーロ親娘にどうやって接触したものか…)


 寮で暮らす騎士と面会をするには、事前に面会希望を出す必要がある。それをせず無理に押しかけることは、上位貴族の中にはいないこともないが、世間的には非常識と思われる行為だ。

 ヘリオスも、気は疾っているものの、そこまで礼を失した行為をするのは憚られる。

 無断で仕事を放棄した人間が言っても、説得力はないが。


 困ったように立ちすくみ、ようやく上がった息が整ってきた頃、突然正門の扉が開いた。

 そこからひょっこりと出てきた顔に、ヘリオスは己の呼吸が止まったかと思った。


「あれ? おきゃくさま?」


 ふたつに束ねられた、ふわふわの金茶色の髪。

 くりくりとした黒瞳は、少しの警戒心もなく、自分を見つめている。

 間違いない、とヘリオスは確信を抱いた。


「おにいさん、どうしたの? おこまりごとですか?」


 五歳とは思えないしっかりとした口調でそう問いかけてきた少女は、ヘリオスの敬愛した従姉に生き写しであった。


 何も答えない、否、言葉を失っているヘリオスに、少女は首を傾げる。


「だいじょうぶ? おかげんわるいの?」


 その気遣いの言葉にはっと我に返り、咄嗟に口から出た言葉は、「道を尋ねたい」という誤魔化しであった。


「おにいさん、まいごなのね! どこにいきたいの?」

「…大通りに出たいのだが」


 騎士団寮は、大通りから少し外れた住宅街の一角にある。

 ヘリオスは城から続く大通りを経由してここまで来たのだから、迷子な訳がなく、少女を伯爵家に入れるよう打診するために訪れたのだが、目的の少女の保護者に話しを通す前に、少女をいたずらに混乱させるような発言はさすがに慎むべきだ、といつもの慎重派の自分が戻ってきて囁いた。

 その結果が、迷子認定である。


 ここで少女、リル・アズーロに「君の父親に会いたい」と言ってしまえば早かったのに、なぜ言えなかったのか、自分でもわからなかった。

 実際に会ってしまって、気持ちが揺らいだのかもしれない。

 少女と話をしてみたい。だがその反面、早くこの場を離れて少女から遠ざかりたい。

 大通りへの方向を指し示してくれれば、あるいは案内の騎士を寮内から呼んでくれれば、この出会いはそのまま終われる。

 自分でも説明のつかない気持ちに落ち着かず、思わず視線を彷徨わせるが、突然その手を取られた。


「おにいさん、リル、おおどおりわかるよ! つれていってあげる!」

「えっ」


 リル・アズーロはその小さな手からは想像もつかないほど力強く、ヘリオスの手を引っ張り歩き始める。

 予想外の展開に、しばしなすがままに足を動かしていたが、はっと我に返ってリル・アズーロの手を引いて引き止めた。


「ま、待ちなさい!」

「? どうしたの? こっちだよ」

「そうではない。君はまだ子どもだろう。一人でここを離れていいのか」

「だいじょうぶだよ! すぐそこだもん」

「そっ…、いやいや大丈夫じゃないだろう。知らない人について行ってはいけないと教わらなかったのか」

「んん…? ついていってないよ。リルがつれていくんだよ」

「えぇぇぇ」


 ヘリオスは慎重かつ冷静な人物である。

 今日の行動こそ、本人も信じられないほど衝動的だが、本来は真面目で堅物、そして非常に慎重なのである。

 これはいけない。

 この子は危ない。色んな意味で。

 

 そして、ヘリオスにはもう一つ、この状況を打開できない弱点がある。

 基本的に理詰めで相手を負かすタイプのこの青年、その理論が全く通用しない子どもとの相性が、極めて悪いのである。


「とにかく、君、一度戻るぞ」

「なんで? リルちゃんとおおどおりわかるよ!」

「それはわかった。わかったから。だがこのまま一緒に行くのは」

「てめえリルちゃんをどこに連れて行く気だー!?」


 ……ヘリオスの必死の説得は、寮の正門から飛び出して来た赤髪の男によって中断することとなった。




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