彼女は怒っている2
目を覚ますと、いつもと違う部屋だった。
リルの体にかけられている上掛けのカバーも、部屋の壁紙も、窓辺に置かれている花瓶も、見覚えの無いものだ。
がばりと体を起こしてきょろきょろしていると、部屋のドアが開いた。
「リルさん、起きました?」
「セーラおねえちゃん…」
セーラの姿を見て思い出した。
リルは昨日、父親と喧嘩をしてセーラの部屋に泊まらせてもらったのだった。
ベッドへ近づいてきたセーラに思わず抱きつき、安心した反面慣れた温もりとは違うことにがっかりもした。
(おとうさんじゃない…)
「リルさん、朝ごはん食べに行きましょう」
セーラに優しく頭を撫でられて、リルは顔を上に向けた。
「…おとうさんもいっしょ?」
「リルさん、カイルさんはもうお仕事に行かれましたよ」
思わぬ一言に、リルは思わず目を潤ませた。
「リル、おねぼうしたの?」
「いいえ、いつもの時間ですよ」
「じゃあ、おとうさん、リルのこときらいになった?」
昨日、リルが父親に怒鳴ったり、無視したりしたから。
父が一生懸命切ってくれた前髪を撫でながら、顔をくしゃりと歪ませた。
それにセーラは少し慌てたように、首を横に振った。
「違いますよ。カイルさんたちは今日、いつもと違う場所でお仕事なんです。だからいつもより早く出たんです」
「ふえ、でもいつもなら、リルにおはようもいってきますもゆってくれるもん。うぅ、ぐすっ」
「リルさん、カイルさん今、一生懸命編み込み練習してますよ」
「ふうぅ、あめこめ…」
「上手に出来るようになったら、リルさんの前髪可愛くして、謝るんだって言ってました。だからリルさんは、カイルさんが帰ってくるのを待ってればいいんですよ」
「いらない、あめこめしなくていいから、おとうさんとあさごはんたべたい」
泣き出してしまったリルを、セーラは困ったように抱き締め続けていた。
その日のリルはずっとしょぼくれていた。
キティとセインが遊びに来てもどこか上の空で、不意にアンニュイなため息を付く。
昨日失敗した前髪は、セーラが編み込みをしようとしたが「このままでいい」とリルが触らせなかったので短いままだ。
「リルちゃん、だいじょぶ? キティのおやちゅあげゆ!」
「うー!」
「いいのよ、じぶんでたべて。でもありがと」
そんな様子を、メアリもセーラも心配そうに見つめていた。
夕方になって、王城へ行っていた騎士達が次々と帰ってくる中に、カイルもいた。
隣には、散々弄られて若干ウエーブがかった赤髪を摘まんでうんざりした様子のアルフォンスも。
あ、相当練習したんだなとメアリたちは察した。
果たして、合同訓練に身は入っていたのだろうか。
カイルはまっすぐメアリとセーラのところへ来た。
「メアリさん、セーラ。リルは?」
「談話室にいるよ。編み込みは出来るようになったのかい?」
「……何とか及第点は頂きました」
「散々変なねじり方されてぼさぼさなんだけど。もうやだ俺先に風呂入る」
「…すまん」
ぷんすこ怒って風呂場へと向かう親友に手を合わせて謝罪し、カイルは談話室へと向かう。
非常に緊張する。ケインは合格だと言ってくれたが、果たしてリルは許してくれるのだろうか。
リルは、談話室の隅にぽつんと座っていた。
壁の方を向いているので、カイルには気づいていない。その背中は寂しげだ。
カイルを追い掛けてきたメアリが、小さな声で教えてくれた。
「一日中元気がなかったんだよ。朝起きたときも、あんたがもう仕事に行ったって聞いて泣くし、朝ごはんもほとんど食べなかったし」
「えっ」
メアリは苦笑し、カイルの背中をばしっと叩いた。
「さっさと行っといで」
「リル」
切望していたその声に、リルは勢い良く振り向いた。
そこには、眉尻を下げた父親の姿。
リルの瞳から、ぶわりと涙が溢れた。それを見たカイルがぎょっとしたように瞠目し、思わずといったように手を伸ばすとリルは迷わずその腕の中に飛び込んだ。
「う、ふうぅ、うわああぁん、おとうさぁん!」
腕の中でわんわんと泣き出した我が子に、驚いたカイルはとりあえずさすさすとリルの後頭部を撫でながら、座り込んで膝の上に抱き上げた。そうすると、リルはますます強くカイルを抱き締め返す。
「ふええぇ、おとうさん、ずびっ、ごべんねぇ」
「んん? 何でリルが謝るんだ」
「ううっ、むしして、ごべんなざい。あめこめ、じなくでいいがら、ひぐっ、いっじょがいいよぅ」
目に入れても痛くないほど溺愛している娘に、そんなことを言われてはどんな父親もたまらないだろう。
「リル…! お父さんこそごめんな。編み込み練習したから、これからいつでもリルの好きな髪型してやるからな」
「おどうさぁぁん」
顔から出るもの全てを垂れ流して号泣する娘の頬に躊躇いなくキスをし、ぎゅうぎゅうと抱き締め返した。
その後二人は、仲良く夕食を食べ、いつも以上にべったりいちゃいちゃし、風呂上がりのアルフォンスに冷やかされた。
何はともあれ一件落着である。
後日、他の騎士団内にて「第三のカイル・アズーロとアルフォンス・レザンは恋人同士だ」という噂が広まり、それを小耳に挟んだ第三騎士団長バーナードが笑いすぎて引きつけを起こしかけたという。




