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彼女は怒っている1

大変遅くなり、申し訳ありません…(;´д`)


「先生」

「何だねカイル君」

「指が足りません」

「うん、足りるよ普通は足りるんだよカイル君」

「でも俺、指十本しかないんですが」

「大抵の人はカイル君と同じ十本だからね?」


 ここは第一騎士団の訓練所だ。

 今日は二ヶ月に一度の合同訓練のため、町の警邏任務についている者以外の全ての騎士が、王城内にあるこの訓練所へ集っている。

 午前の打ち合いを終え、午後に備えて昼休憩を取っている最中、第三の騎士数人が隅に固まって、冒頭の会話を繰り広げていた。

 一人はケイン・デフスという、ベテランの騎士だ。物腰は騎士と思えないほど柔らかで、滅多に怒らないことで有名な人物である。実は四人の娘を持つ父親でもあり、第三騎士団内で最も女心が分かると言われている御仁である。

 二人目はアルフォンス・レザン。親友の娘に髪紐をもらってから、鮮やかな赤髪を伸ばし続けている彼は、現在その髪紐をほどき、肩を越えたくらいの長さのまま背中に流している。

 そして三人目はカイル・アズーロ。先日子持ちであることが判明してから、全騎士団で話題になった堅物である。が、なぜかその堅物は親友であるアルフォンスの髪を鋭い目付きで睨み付けながら三つ編みにしている。

 そう、三つ編みに。


「ちょ、カイル痛い痛い。そこ引っ張るなよ」

「うるさい動くな。先生、ここからどうすれば」

「うんとねカイル君。そもそも何で右手がそんな方向になったの。次の髪束取れないでしょ」

「そこを何とかするのが先生でしょう」

「無茶言わないでよ」


 お分かりいただけただろうか。

 カイルは今、親友の頭を借りて三つ編みの練習をしている。

 そもそも、普通の三つ編みは既に習得しているのだ。時々娘のリルに頼まれるので、その時もケインに助けてもらい習得した。

 そして今回の目標は、編み込みである。

 だが、手先が不器用なカイルにとって、編み込みは想像以上に複雑だった。


 しかし、カイルはやらねばならない。

 たとえ周囲の騎士達に奇異の目で見られようとも、編み込みを習得せねばならない。

 何故なら、娘が口を聞いてくれなくなったからだ。




 事の起こりは昨夕だった。


「おとうさん、まえがみきって」

「あー、大分伸びたもんな」


 前髪の一部をちょんと摘まんで上目使いに見上げてくる娘の頭を軽く撫で、カイルは考える。

 ハサミはある。

 自分の前髪を切ったこともある。

 が、自分はそれほど髪型に頓着しない質だ。適当に切ったところでそれほど困ったこともない。

 しかしリルは女の子だ。こんなセンスの欠片もない適当な男が、可愛いリルの前髪を切って良いものだろうか。

 うん、駄目だ。


「メアリさんに頼んでみようか」

「えー!? リル、おとうさんがいい!」

「えっ」


 口を尖らせてそんなおねだりをされて、断れるカイルではない。


「お父さんでいいのか?」

「うん!」


 その笑顔に絆され、不得意であるにも関わらず手を出したのが間違いだった。

 正直に下手だからと話して、リルを説得するべきだったのだ。

 今となっては後の祭り。



「びえええええええ! おとうさんのばかぁ!!!」

 

 結論として、失敗した。

 カイルの努力の結果、リルの前髪はきれいにまっすぐ整っている。だが問題は長さだ。

 額の半分が露出している。要は切りすぎである。

 それはそれで大変可愛いとカイルも様子を見守っていた他の同僚達も思っているのだが、本人にとっては大失敗である。

 リルの理想は、眉の辺りでふんわりと整える、だったのだから。


「ご、ごめんなリル。お父さんが下手だったな。でもその前髪も可愛いぞ」

「かわいくないもん! へんだもん! ばか!」

「ぐっ…! ほ、本当にごめん。お詫びにリルの好きなもの何でも買ってやるから!」

「まえがみかえせー! ばか!」

「ぐぅぅう…!」


 かつてここまで娘に罵倒された事の無いカイルにとっては、とんでもないダメージだ。

 そこからは何を言っても、どれだけ謝ってもリルの機嫌は直らず、とうとうカイルと口を聞かなくなってしまった。


 その様子を見かねて助け船を出したのがケインだった。


「リルちゃん、このくらいの長さなら、編み込みにすれば気にならないよ。どれ、おじさんがやってやろう」

「ひぐっ、ずびっ、あめこめ?」

「編み込み。こっちおいで」

 

 蒼白になって立ち尽くしているカイルの肩を元気付けるように叩き、リルの前に座ると、器用な手付きで前髪を漉き、あっという間にきれいな編み込みで横に流し、リルが気に入っているお花のヘアピンで固定した。

 手鏡でその様子を見ていたリルは、完全に泣き止んで目を輝かせた。


「ケインおじちゃんすごい! かわいい! ありがとう!」

「何の何の。よく娘達にせがまれたものだからね」

「ケインさんありがとうございます。リル良かったな!」


 ほっとしたカイルがリルに声をかけるが、リルははっと父親を見たあと、ぷいっと顔を背けてしまった。

 カイルが再びショックに立ち尽くす。


「リルちゃん、お父さん許してあげなよ」

「や!」

「どうしてもだめかい?」

「だめ!」


 カイルは膝から崩れ落ちる。

 このまま一生リルに無視されたら生きていけない。

 本気でそんなことを考えた。


 顎を撫で、ふむ、と声を漏らしたケインは、こんな提案をしてきた。


「じゃあこんなのはどうだろう? おじさんがお父さんにその可愛い前髪の作り方を教えるから、お父さんが上手に出来るようになったら許してあげて?」

「ケインさん!」


 カイルにとって、ケインが神様に見えた瞬間であった。

 その提案にリルは不承不承ながらも頷き、カイルは猛特訓を始めたのである。

 そこそこ髪の長さがある親友を犠牲にして。

 そして冒頭の会話である。



 第三騎士団員たちはその事情を知っているため、苦笑しながら見守っているが、他団の騎士達にとっては、さぞかし気味の悪い光景であろう。

 だがそれでもやらねばならないのだ。

 昨晩は風呂も一緒に入るのを嫌がられ、住み込みで働いているセーラの部屋に泊まるとまで言い出し、久しぶりの一人の夜に、大の男が不覚にも泣きそうだった。

  

 全ては娘の信頼を取り戻すために。

 必ず編み込みとやらを習得して見せる。


「先生! 指がつりました!」

「嘘でしょカイル君! その指の方向何!?」

「いだいいだいいだい! 抜ける! ちょ、カイル一回離して禿げる!」


 例えどんな犠牲を払ったとしても…!




冒頭の会話は、私が美容師免許を持っている同僚に両編み込みを教わったときの実際の会話ですww

その後「もう向いてへんからあきらめぇ」と言われたのも良い思い出です。

片編み込みは出来るのに、両編み込みになると指が足りないんですよねー。不思議。

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