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番外編 それぞれの恋祭り3

この番外編は恋祭り当日の出来事ですので、ブリーズの話は前回で一旦完結です。

今後本編に絡めたいと考え中です。


「お? セーラ、まだ起きてたのか?」


 騎士団寮の食堂に入ったバーナードは瞠目する。

 『花の祭礼』最終日の恋祭り。

 町の巡回や取り締まり業務に目処が付いたのは、深夜だった。

 毎年のことなのでバーナードには徹夜も慣れているが、まさかこんな時間にセーラが起きているとは思っていなかった。

 食堂のテーブル、端の席に座っていたセーラは、いつも通りの無表情で立ち上がる。


「お帰りなさいませ、団長。何か召し上がりますか? 夕食の残りでよろしければすぐご用意できますが」

「ああ…、じゃあお願いしようかな。悪いな」

「いいえ」


 セーラは厨房へ向かい、大鍋のスープを温め始め、保冷庫から野菜を出してパンを切る。

 すぐに良い香りが漂い始めた。

 いつもならバーナード自身で適当に果物や薫製肉を齧るのが常だが、温かい食事にありつけるとはありがたい。


 上着を脱いで首元を緩めながら、バーナードはカウンターのすぐ近くにあるテーブルに付いた。


「それにしてもこんな時間まで、どうしたんだ?」


 セーラの手が一瞬止まり、すぐ動き出す。

 相変わらず抑揚のない声で、バーナードの問いに答えた。


「花を、今日中に渡したい方がいるので」

「えっ」


 思わず素の声が出た。

 間もなく日付が変わるが、まだ今日は恋祭りだ。

 そんな日に花を渡すと言ったら意味はひとつである。

 セーラに、慕う相手がいるということだ。


「…うちの団員か?」

「はい」

「はー。そうかそうか。そりゃ頑張らんとなぁ。いいなあ青春だな」

「団長は随分と他人事ですね」

「そらこんなオッサンにそんな話はもう来ねえからなぁ」

「誰からももらってないのですか」

「ないない! それにしてもセーラがねぇ。美人だし飯うまいし、きっと上手く行くさ。頑張れよ!」

「ありがとうございます」


 いやぁ若いっていいなあ、たくさんのカップルを見せつけられて血の涙を流していたうちの連中の誰かに春が来るなんて、めでたいなー。何てことを考えていたら、セーラが食事の乗ったトレイを持って来てくれた。


「どうぞ」

「お、わりぃな、上手そうだ。…ん、んん?」


 トレイの上には、野菜とベーコンがたっぷり入ったスープに、こんがり焼いたパンにたくさんの具材が挟まったサンドイッチ、そして赤い花と白い花が一輪ずつ。


「……………」

「……………」


 食堂に妙な沈黙が降りる。

 バーナードは久方ぶりに、もう数年振りくらいに混乱の極みにあった。

 恋祭りは、意中の相手に自分の白い花と、想いを示す赤い花を送る。受け取ってもらったらカップル成立。

 そしてセーラが用意してくれたトレイには、白い花と赤い花。


「いや、いやいやいや。ちょいとセーラちゃん」

「はい」

「オッサンをからかっちゃいけねえよ。俺が悪いオッサンだったらどうすんだ」

「団長は良いオッサンかと存じますが」

「おお…、無表情でその返し、怖いわ。最近の若い子怖いわ。オッサンをどうしたいの」

「どうしたいかと言われれば、結婚を前提にお付き合いしていただけたらと思っておりますが」

「へええええええ!?」


 変な声が出た。

 そりゃ変な声も出る。

 予想外だった。心の底から想定外だ。


「…セーラ。そこ座んなさい」

「はい」


 セーラは素直にバーナードの向かいに座る。

 その表情は、ちょっとどうかと思うくらい平常運転の無表情だ。


「あのなぁセーラ。お前さんまだ十六だろ。お前さんの二倍以上生きてるオッサンじゃなくて、もっと若くていいのいるだろうが」

「男性の好みは人それぞれかと」

「…うーんそうだな。そりゃそうだ」


 正論で返された。


「団長は先程、私の事を美人で料理が美味しいからきっと上手く行くとおっしゃいましたね」

「……オッシャイマシタ」

「団長自身は誰からも花を貰っていないとも」

「……ソウデスネ」

「じゃあ私で良くないですか?」

「いやいや待て待て。畳み掛けるな意外と押しが強くてびっくりしてるわ!」

「痛み入ります」

「誉めてねえからな!?」


 思わず怒鳴り返すと、初めてセーラの表情が動いた。

 怖がっているというよりは、しょんぼりといった風情の下がり眉。

 うっという声を絞り出す。そんな顔されても。

 これまでセーラをそういう対象として見たことは一度もなかったのだ。どちらかというと、リルやキティたちと同じように、父性を動員する対象だったのに、いきなり結婚を前提にと言われても困惑するばかりだ。


 バーナードは低い唸り声を絞り出すと、ややあってセーラに尋ねる。


「何で俺なんだ」


 セーラは数回の瞬きのあと、ぽつぽつと答える。


「一目惚れです。筋肉の」

「ぶれねぇな!」


 確かにセーラが筋肉好きだとは聞いた。

 だがそこから結婚まで飛躍するのはどういうわけだ。


「きっかけは筋肉ですが、その身体つきが団長の人柄を表しています。たゆまぬ努力、強さを求めるストイックさ、他者を受け入れる包容力。近くで見ていても、それは間違っていないと思います。ずっとお側でそのお姿を見せられて、好きにならない訳がありません」


 セーラってものすごい長文も喋るんだ、と最初に思い、ややあってその内容が浸透するにつれ、顔に熱が集まるのを感じた。

 部下が見たらドン引きするであろうくらい、赤くなっている気がする。思わず右手で顔を覆った。


「いつ他の女性が団長の魅力に気づくかと思うと気が気ではありません。よそに取られるくらいなら今晩既成事実を作ることもやぶさかではありません」

「ちょ、もう、止めなさい何だこれ居たたまれない! ていうか作らんぞ既成事実なんぞ!」

「そうですか残念です。その上腕二頭筋で腕枕をされるのが私の目標ですのに」

「そう言うことは心の中で思うだけにしときなさい!」

「わかりました」

「そこは素直だな!」


 バーナードは顔を天井に向け、大きな大きなため息をついた。

 うううん、と唸り声を上げ、やがてゆっくりともう一度セーラに向き直った。


「保留で」

「……保留」

「そんな目で見るなしょんぼりするな! さすがにこれまでそういう風に見たことないから、すぐに答えを出すわけにはいかんだろ!」

「そういう風に見たことないですか」

「そんな捨てられた子犬みたいな顔をするなよもう!」


 バーナードは短く刈った茶髪をがしがしとかき回すと、慎重に言葉を紡ぐ。


「ちゃんと考える。時間をくれ」

「どのくらいですか」

「そうせっつくなよ! んん、具体的にいつとは言えんが、少なくともセーラの婚期を逃すことがないよう、なるべく早めに、な」

「…それは、振られる可能性もあるということですね」

「もうホントお願いしますその顔止めて……」


 セーラは視線をしばらく自分の膝に向ける。ため息をつくと、小さく頷いた。


「分かりました。振られないよう、積極的にアプローチしようと思います」

「嘘だろ」

「ついでに味方を増やして外堀を埋めていきます」

「ちょ」

「とりあえず明日の食事から、団長の胃袋を掴めるようさらに気合いを入れることにします」

「だから何で全部言っちゃうんだよお前さんはぁ!!」



 ちなみにセーラの準備した夜食は冷めても美味しかった。

 胃袋は既に掴まれているのかもしれない。



 恋祭りの夜はこうして更けていく。


 



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