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番外編 それぞれの恋祭り2


 少女の名はエマというらしい。

 王都の繁華街にある肉屋の娘とのことで、今日はお菓子作りに使うオレンジを買いに行ったとのこと。

 若い娘がわざわざ恋祭り当日に菓子作りなどせずとも、と思わず呟くと、ブリーズの背に負われているエマはからからと笑った。


「いいんですよう。男はもうこりごりです」


 非常にコメントに困るその返事に、ブリーズは次の言葉につまる。

 まだ随分と若いのに、どんな男と一体何があったというのか。

 そういえば、今日は皆が花を身に付けているのに、エマは見たところ花を飾っていない。

 白い花は良き縁を探す者、赤い花は縁を結んだ相手がいる者。

 何も身に付けていないのは、「伴侶は必要ない」と表明しているも同然である。

 だが、花を身に付けていないのに、彼女からは不思議と甘い花のような香りがした。

 香水とは違って好ましい香りだ、と思い、慌ててそんな思考に蓋をする。

 今は仕事中だ。妙なことを考えてはいけない。


「………まだ若いのだから、諦めるのは早かろう」

「うーん、諦めたというよりは、必要性を感じないんですよねえ」

「………」


 ただでさえ女性と話すのは不得手だと最近自覚したのだ。エマにはこれまでの女性のような嫌悪を感じないが、だから気安く話せるかというとまた別の話である。

 しかも話題がよりにもよって男女間のことだ。

 話題を振った形となったのはブリーズなのだが、自分の気の利かなさには辟易とする。

 妙な沈黙を保ちながら、いや、背負われているエマは賑やかな町の様子をきょろきょろと見ながら鼻歌を口ずさんでいるので気まずいのはブリーズだけなのだが、ともかく彼にとっては長く感じる道程を経て、ようやく肉屋に到着した。




「ただいまー」

「遅かったなエマ、って何だどうした、誰だ!?」


 肉屋のカウンターにいた男が、エマを背負ったブリーズに驚いたように声を上げた。

 四十代くらいと思われる男はエマと同じ黒髪を短く刈り、その額には手拭いを巻いている。

 その体つきは逞しく、手に持つ血の付いた肉切り包丁がその迫力をさらに増す。

 賤民意識のあるブリーズだが、さすがに仕事中なので本人なりに丁寧な対応を心がける。


「転んで足を痛めたようだ。冷やしてやるといい」


 その言葉遣いと口調は、端から聞くと丁寧というより横柄だが、カウンターの横にある木の椅子に下ろされたエマは、ブリーズに笑顔を向けた。


「本当にありがとうございますー。お礼と言っては何ですが、オレンジいくつか持っていって下さいな」

「いや、結構ー…」

「父さーん。そこにある麻袋取ってくれるー? オレンジと、そうねえお肉もいかが? 良い霜降りがあるんですよー」

「お、おうそうだな! 騎士様ありがとうな! 今包むからちょっと待っててくれよ」

「いや私は」


 ブリーズの言葉は全くといっていいほど届かない。

 背中の籠を下ろしたエマは、ブリーズに渡すオレンジを吟味しているし、彼女の父親らしき肉屋はいそいそと肉の塊を包んでいる。

 そんなことはいいから足を冷やせと言ってみたが、聞き流された。

 ご令嬢たちとは別の意味で言葉が通じない。

 途方に暮れたところで、肉屋に誰かが入ってきた。


「ただいまー。って何で騎士がここにいんの!?」


 ブリーズに驚いたように足を止め、大声を出したのは少年だった。

 エマに良く似た顔立ちで、エマと同じ黒髪緑目の少年は、十歳くらいに見える。

 彼女の弟だろうか。


「あらあらお帰りクイン。転んで足を挫いたのをここまで運んでくださったのよー。だからこうしてお礼のオレンジを」

「はあ!? だったら先に足冷やせよ! てかその大量のオレンジは何だ!? オレンジのマフィンどんだけ作る気だよ!」

「余ったら絞ってジュースにも出来るじゃない?」

「だとしても多すぎるわ! そんなもん背負ってるからすっ転ぶんだよ!」


 そんなことを言いながらも、エマの父親を押し退けてカウンターに入っていき、水の入った桶に手拭いを浸して絞っている。

 ブリーズの言いたかったことを全て言ってくれた少年はかなりのしっかり者のようだ。

 こんなほわほわした姉を持てばしっかりもするのだろう。

 ブリーズは家族と思われる三人の様子に、もはや口すら挟めない。

 クインと呼ばれた少年は、エマのスカートを持ち上げて足首に冷やした手拭いを当てながら、ブリーズの方を見る。

 突然露になった足に思わずさっと顔を逸らしたブリーズだったが、強い視線を感じてクインにゆっくり視線を戻した。

 睨まれている。彼女の足首の白さに耳が赤くなったことを気づかれてしまっただろうか。


「迷惑かけて悪かったな。あとはこっちでやるから」

「まあクイン、騎士様に失礼よ」

「そうだぞ! 騎士様これ、オレンジとうちの霜降りです。娘が世話になって」

「いや、仕事だからな。せっかくの気遣いだが不要だ」

「まあまあそう言わず」

「そうそう遠慮しないで下さいな」


 大変明るく穏やかに、麻袋を押し付けられる。大変断りづらい。


「兄さん、諦めて受け取ったほうがいいぞ。その二人絶対引かないから」

「………では頂こう」


 押し売り怖い。いや売られた訳ではないのだが。

 自警団にでもやろう。

 お大事に、とエマに声をかけると、ほわりとした笑顔で丁寧に頭を下げられる。本当に穏やかな娘だ。不思議と胸が温かくなる。


 店を出たところで、「騎士の兄さん!」後ろから追いかけてきたクインに呼び止められた。

 クインは強い視線でブリーズを見つめている。


「助けてくれたのは礼を言うが、母さんに惚れるんじゃねえぞ!」

「は…?」


 どこにクインの母がいたのか。

 クインの母とはあの店主らしきエマの父親の妻のことだろうか。

 クインの言葉が理解できず困惑するブリーズに、クインは鼻息荒く腕を組んで言い放った。


「母さんはあの通りほわほわしてるし優しいし可愛いし胸でかいしめっちゃモテるけどな、そう簡単に再婚なんてさせないからな!」

「は? え、え? ちょっと待て母さんて、姉じゃなくて?」

「どこからどう見ても親子だろうが!」

「えええええ!!??」


 ここ最近で一番の声が出た。

 まだ少女だと思っていた、ちょっとだけ気になった彼女は、まさかのバツイチ子持ちだった。

 ちなみに二十六歳らしい。


 年上だった。






 

ブリーズは二十一歳です。

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