番外編 それぞれの恋祭り1
カイルの(自称)ライバル、ブリーズのお話です。
黒狼国第一騎士団員、ブリーズ・クィブラーは諦めつつあった。
婚活を。
ライバルである(と勝手に思っている)第三騎士団のカイル・アズーロに勝つためという、不純なのか良くわからない理由で始めた婚活だったが、これまでに紹介で出会ったご令嬢とは尽く破談となった。
女心など察しようともしないブリーズにとって、プライドの高い貴族令嬢は理解しがたい生き物である。
厚化粧に鼻が曲がりそうな香水、機動性の全く無いドレスを着てペラペラと欲しいアクセサリーや好きな芝居の話を甲高い声で垂れ流す。
一般的な貴族令嬢としては特に何の問題もない言動であるが、ブリーズにはどうしても受け入れがたかった。
もちろん本人も貴族なので、そういった振る舞いを否定するつもりはないのだが、いざ共に過ごすとなると大変なストレスを感じることに、婚活をして初めて気づいてしまったのである。
スムーズに行けば、今回の恋祭りでプロポーズをしてとっとと結婚しようと考えていたブリーズだったが、『花の祭礼』半ばに差し掛かっても尚、プロポーズの相手すら見つからない。
ブリーズはすっかり諦めの境地になり、最終日である恋祭りに出していた休日申請を取り下げ、王都警備に当たることとなった。
ブリーズは意識していなかったが、どうやら相当元気がなかったらしく、騎士仲間たちは慰めるように肩を叩いたり、「そのうちいい出会いがあるって」と何の保証もない励ましをくれたり、「独身同士、恋祭りではしゃいで羽目外すカップル取り締まろうぜ!」と良くない方向に拗らせたお誘いを受けたがお断りしたり、割と騒がしかったので多少気は紛れた。
そういうわけで『花の祭礼』最終日、ブリーズはもう一人の同僚と組み、王都の繁華街へと繰り出していた。
ちなみに、カイル・アズーロは別地区の巡回と聞いているのではち会う可能性は少ない。
安心だ。
やはりというか、カップルが多い。告白に成功し、互いに赤い花を飾った男女が楽しげに行き交う。
一方で振られた者たちは大体酒に走るため、酔っ払いが増えて絡んだり喧嘩に発展したりしやすいのだ。
案の定、酔っ払い同士の喧嘩が発生し、同僚と仲裁に入り、それでも暴れる若者は物理的に黙らせて一旦自警団に預けに行く。
今日は騎士だけでなく、住民たちで結成されている自警団も出払っている。普段集会に使用している建物を屯所として解放しているので、酔っ払いはそこに放り込んで酔いを覚ましてもらうことになっている。
屯所に入ると、自警団の中年男性がブリーズたちを見て慌てたように走り寄ってきた。
「ああ、騎士様! ちょうどいいところに!」
「どうした?」
ブリーズの同僚が返事を返すと、中年男性は途方に暮れたように事情を話してくれる。
「同室に放り込んでいた酔っ払いが喧嘩を始めたんだが、腕っぷしの強い奴で。他の自警団員の出払ってて俺一人じゃ何とも…」
眉をハの字にした男性の言葉に、ブリーズは同僚と顔を見合わせる。
どうやら力ずくで行くしかないようだ。
「しょうがない。連れてきた奴らは頼んでいいか? 一人は気絶させてあるからそこらに転がしといてくれていい」
「は、はい!」
ちなみに気絶させた酔っ払いの喧嘩相手は、一撃で大柄な男を昏倒させた騎士を見て酔いが覚めたらしく、めちゃめちゃ謝ってきたので厳重注意して解放した。
同僚と奥へ向かおうとしたその時。
「!」
外から聞こえてきたのは、悲鳴。
「外へ行く。ここは頼めるか」
「ああ」
同僚の返事を受けて、ブリーズは外へ飛び出し、悲鳴のした方へ足を向ける。
軽い人集りになっている場所へ飛び込んだ。
「大丈夫か! ……ん?」
「ああー、来ちゃダメですー! 踏まないでー!」
そこには大量のオレンジがぶちまけられ、それを拾っているのは小柄な少女。
大きな背負い籠を地面に置き、よいしょよいしょと拾い集めているが、そのペースは非常にのんびりである。
ちなみに少女の着ているベージュのワンピースは前面が土に汚れ、愛らしい顔には額と鼻に擦り傷がある。
おそらく、というか確実に、思いきり転んで持っていたオレンジを道にぶちまけたのだろう。
周囲の野次馬たちも、「おいおい大丈夫か」「あ、あんなところまで転がってるよー」などと言いながら、オレンジ拾いを手伝い始めた。
事件かと思って駆けつけたブリーズは呆気に取られるが、しぶしぶ近くにあったオレンジを拾って持って行く。
「あ、ありがとうございますー」
オレンジを籠に入れてもらう度にお礼を言うため、自分ではほとんど拾えていない少女は、ブリーズにも律儀にお礼を伝えてきた。
その時初めて目が合う。
「……っ」
くりくりとした大きな緑の瞳が自分を見つめている、と認識した瞬間、心臓が妙な音を立てる。
背中で三つ編みにした長い黒髪、幼げな丸顔に、紅潮した頬。擦り傷を作った小振りな鼻。
おそらく十五、六歳ほどと思われる少女は、目を引くような美貌でも皆が振り向くような見た目でもないのに、不思議と心惹かれる。強いて言えば、愛嬌か。
少なくとも、これまでブリーズがお見合いをしてきた令嬢にこのようなタイプはいなかった。
「その、大丈夫か?」
「はい?」
「顔、擦りむいている。他に怪我は?」
ブリーズの言葉にきょとんとした少女は、ややあって腕を動かし、自分の胸や腹をぺたぺたと触り、立ち上がろうとした。
「あいた」
が、うまく立てずによろけたところを慌ててブリーズが支える。
「どうした!?」
「うーん、足首やっちゃいましたねー」
全く危機感のない喋り方だが、ワンピースの裾から覗く左足に目をやると、僅かに腫れている。
「おーいお嬢ちゃん、オレンジはこれで全部だからな」
「あー、助かりますー。ありがとうございます」
オレンジ拾い隊は気がつくと既に解散している。
最後の一個を籠に入れた壮年の男は、立てそうにない少女の様子に顔をしかめた。
「あちゃー、怪我しちまったのか。でも騎士様がいてよかったなー! 騎士様、この子家までおぶって行ってやってよ」
「えっ」
「じゃあなお嬢ちゃん、よい恋祭りを」
男は言いたいことだけ言って去って行く。
ブリーズは少女を見て躊躇する。
ブリーズは騎士だが、はっきり言って今回のような巡回では取り締まりしかしたことがない。
普段の職務も警護が主で、このように困っている平民を直接助けるようなことは初めてなのである。
以前よりましになったとはいえ、貴族らしい賤民思想も要因のひとつであろう。
そんな自分が、この少女を背負って町を歩く?
少女は大きな瞳でブリーズを見上げている。
少女を捨て置くと言う選択肢はもちろんないが、どう話せばよいものか分からず頭の中でぐるぐると考える。
「その」
「はい?」
「オレンジの籠を背負ってくれ。私が君をおぶるから」
「まあまあ、いいんですか? 助かりますけど、私重いですよ?」
おっとりとした答えに思わず少女の体つきを見てしまうが、それほどふっくらしているわけではない。
…邪な目で見たわけでは決してない。
「大丈夫だ、鍛えているから」
「ごめんなさいね、お言葉に甘えますー」
何だろう。少女と話していると、毒気も力も抜ける。
だが不思議と、嫌ではなかった。




