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彼女と紳士1


「あらやだ、さっきのお客さんの落とし物だわ」


 店内に響いた声に、リルは顔を上げた。

 ここは町の中にある花屋だ。リルはつい先日、父と一緒に来たばかりで、今日は寮で働いているセーラと共に買い物に来ていた。

 この日は「花の祭礼」最終日だ。

 夜には「恋祭り」が開催され、多くのカップルが生まれる。

 そして城では未婚の貴族令嬢令息が集まるパーティーが開かれるのだ。

 そんなわけで、町は大変な賑わいを見せており、平民だけでなく多くの旅行者やお忍びと思われる貴族たちも楽しそうに町歩きを満喫している。


「おばちゃん、どうしたの?」


 セーラが真剣な表情で花を選んでいる間、リルは「私から離れないでくださいね」という約束を忠実に守り、セーラのすぐ近くで白い小さな花をツンツンしていたのだが、花屋の店主の声が気になって、セーラをちらちら気にしつつ店主に近づいた。


「あらリルちゃん。それがねぇ、さっきお花を買ってくれた貴族様が落としたみたいなのよ」


 そう言って店主が見せてくれた手のひらには、きれいな赤い石のカフスボタンだ。


「困ったねえ。高そうなものだし、気づいて戻ってきて下さればいいんだけども、追いかけようにも、店には私一人だし」


 この店は夫婦で切り盛りしているのだが、夫は主に配達を担当しており、今も店にはいない。


「戻って来なかったら、騎士様にでも預かってもらおうかねぇ…」

「リルがもっていってあげる!」

「え?」


 リルは目を輝かせ、店主の手のひらからカフスボタンを取った。


「あかいおはなをかっていった、くろいぼうしのおじさんでしょう? あおいふくのおにいさんといっしょにきたひと?」

「ええ、そうだけど…、でもリルちゃんそれは」

「だいじょうぶ! リルできるよ!」


 リルの父は人助けをする仕事だと聞いた。そしてリルも人を助けられる子になろうな、とバーナードに言われたのだ。


「ちょっと待ってリルちゃん、気持ちは嬉しいけど」

「すぐもどってくるね!」

「えっリルちゃん!? うそでしょ足速い! ちょ、セーラちゃーん!」


 そしてリルは、セーラとした約束をすっかり忘れて、鉄砲玉のように人でごった返している町中へと飛び出していったのだった。





 一方その頃。


「すごい人だな。そろそろ戻るぞ」


 大きくため息をついた紳士は、赤い花束を抱え直してそう呟く。

 毎年この時期は、妻の希望で領地からこの王都にあるタウンハウスへ滞在する。特に今年は、数年前に後継者として養子に取った十七歳の息子が、城の「恋祭り」へ参加するため、一緒に連れてきているのだ。

 もっとも息子は今夜の準備のためタウンハウスにおり、妻は息子の嫁探しのために、少しでも息子の見映えがよくなるようにと彼の準備を手伝っている。

 あの堅物の息子は今頃、辟易としていることだろう。

 いつもは妻と共に歩くこの王都だが、今日はそのような事情のため、一人で、いや、正確には若い侍従を一人連れて妻へ贈る花を買いに来たというわけだ。


「お待ちください、旦那様。奥様より買い物メモをお預かりしております」

「なに?」

「菫の砂糖漬け、花の刺繍のハンカチ、有名パティスリーのケーキ、それと」

「ちょっと待てどれだけあるのだ」

「領地の召し使いたちへのお土産だそうです」

「…それだけ買い回るなら、花を最後にすればよかったではないか…」

「駄目ですよ! 今日は恋祭りですから、質の良い赤い花はすぐになくなってしまいます!」


 紳士はどっと疲れを感じて天を仰いだ。

 その時。

 くんっと上着の裾が引かれる感触に驚き振り返り、視線を下にやると。


 金茶色の髪を三つ編みにした幼い少女が、息を切らせ、満面の笑顔を浮かべた。


「おじさん、おとしものですよ!」



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