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彼女とお祭り3


「リル、朝だぞ。リール?」

「うんん…」


 カイルの呼び掛けに、リルはわずかに身動いだが、その眼はなかなか開かない。

 いつも寝起きは悪くないリルだが、昨晩はお祭りが楽しみすぎてなかなか寝付けなかったのだ。

 巡回で既に祭りを見てきた騎士たちがお勧めの場所を面白おかしくリルに話すものだから、余計に興奮して深夜まで起きていた。

 あの騎士達には後日お礼をせねばならないだろう。もちろん、嬉しくない方の、である。


 リルの寝顔は控えめに言っても天使かと思うくらい愛らしいが、楽しみにしているお祭りに行くためにも、心を鬼にしなければ。


「リル、お祭り行くんだろ? 起きな」


 掛け布団をめくって体を揺すってやると、リルは体をごろんと仰向きにした。


「んう、おまつりいく」


 もにょもにょとそう呟き、ようやく眼が開き始めた。その眼が父親と合うと、へにゃっと笑顔を浮かべた。


「おはよう、リル」

「…おはよぅ、おとうさん」


 前言撤回。

 寝顔だけではない。起きた瞬間の天使感ハンパなかった。



 この日のために用意した、黄色のワンピース。

 父親譲りの金茶色の髪は両耳の下で三つ編みにし、小さな頭を飾るのは白と黄色の花冠。

 ぴかぴかの白い靴は、初めてのお祭りの記念にとバーナードがプレゼントしてくれたものだ。大喜びのリルに抱きつかれたバーナードは、騎士達が見たこともないほどデレデレだった。

 ちなみに、お祭りの装いをしたリルを見たカイルの親友アルフォンスは、「かわいいぃぃぃ!!」と膝から崩れ落ちていた。

 とっさに親友から娘を隠したカイルの判断は、きっと間違っていない。可愛がってくれるのは大変ありがたいが、アルフォンスはますます彼女ができない予感がした。


 そしてカイルは、白のブラウスに黒のスラックス、グレーの薄手の上着を羽織り、胸元のポケットには黒いリボンをあしらった赤い花を飾っている。

 赤い花は、恋人や伴侶がいる証。そして黒いリボンは、死別した伴侶を今も想っているという意味合いを持つ。

 カイルが花祭りで赤い花を飾るのも、黒いリボンをつけるのも初めてのことだ。そもそもこれまでは祭りの期間中も、出会いを特に求めていなかったので、休みを希望する騎士と交代して勤務に当たっており、実は完全な非番で祭りに参加することが一度もなかったためである。

 今回はカイルなりに、今もリルの母親を想っていると娘に示すためと、ペネロペ・ルード伯爵令嬢のような女性への牽制の意味も込めている。

 カイルの花を見て、リルの母親が既にこの世の者でないことを初めて認識したであろう騎士達やメアリ達は、特に何を言うわけでなく、笑顔で父娘を見送ってくれた。



 


 たくさんの花で飾られた町の風景に、リルは黒い瞳をきらきらとさせて笑顔を浮かべる。


「うわあぁぁぁ!!」


 全ての建物のバルコニーには、柵に絡めるように花が飾られ、通常にはない屋台がたくさん出店している。いつものお店も、この期間だけは花を使ったものや象ったものを並べ、祭りに色を添える。

 ただでさえ王都に人が増える時期だ。カイルは、今にも走って飛び出しそうなリルの手を握り直し、歩き始めた。


「おとうさん、あれはなあに?」

「あれは香水だ」

「あれは?」

「サシェだな。メアリさんがくれたやつ、うちのクローゼットにあるだろ?」

「あ、あれかぁ! ねえねえ、あれは?」

「飴細工かな。ガラスの花みたいできれいだな」

「うん…! すごいねぇ!」


 見るもの全てが新鮮らしく、リルの質問は止まらない。

 既に仕事で何度も巡回しているカイルは、それに淀みなく答える。騎士しててよかった。

 そして、屋台や店の主人達は、巡回で会っている騎士が小さな女の子を連れていることに目敏く気づき、声をかけてくれる。


「おや騎士様、今日はお休みかい? 可愛い子連れて」

「娘さんかい? ちょっと寄っていきなよ、おまけするよ」

「こりゃ可愛いレディだ。楽しんで!」


 声を掛けられる度に、リルははにかんで手を振る。可愛い。


 途中でデイジーの花を象った飴細工を買い、寮の皆にもお土産のクッキーを買った。

 靴を買ってくれたバーナードには、お礼にと花の刺繍が入ったハンカチを、花冠作りに協力してくれたメアリとセーラにはラベンダーの匂い袋を、騎士の中でも特にリルとよく遊んでくれるアルフォンスには深緑に蔦模様があしらわれた髪紐を選んだ。最近アルフォンスは散髪を面倒がって、肩につくほどの長さになっていて「髪紐買おっかな」と言っていたのを覚えていたらしい。

 カイルも多少の助言はしたが、全てリルが一生懸命選んだものだ。本人は大変満足そうである。


「リル、自分のも選んだらどうだ? 飴しか買ってないだろ」


 人のものばかり探している娘にそう言うと、リルはもじもじし始め、頬を赤らめた。

 どういう反応だ。


「どうした?」


 リルは恥ずかしそうに「おみみかして」と言い、カイルの耳元で囁いた。

 あまりの可愛さに、カイルは腰が砕けるかと思った。


 曰く。


「あのね、リルね、おとうさんとおそろいのものがほしいの」



 父娘は花の形に象られた小さな飾りがついたネックレスを、三つ買った。

 ひとつはカイルが、ひとつはリルが、そしてもうひとつは、リーナのものとして部屋に飾ることにした。

 リルは頬を真っ赤にして、蕩けそうな笑顔で自分の胸に下がっている花の飾りをずっと触っていた。




 その日、寮に戻ってお土産を渡した皆の反応は様々だった。


「おお、きれいなハンカチだな! ありがとなリル」

「良い香りだねえ。リルはセンスがいいね」

「ありがとうございます。大事にしますね」

「おお、おおお…! 俺もう一生髪短くしない!! 尊い…!」


 約一名、反応が怖かったが、リルは皆に頭を撫でられ大変満足そうだったので、良しとしよう。




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