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彼女とくまさん2


 バーナード・グリズリー。

 黒狼国第三騎士団団長。

 泣く子はさらに号泣する鬼の団長。

 その鬼団長に対して、自分の娘が言い放った言葉はよりによって「くまさん」。

 気絶したい。

 カイル・アズーロは心からそう思った。


「……団長。大変ご無礼を」


 若干頬をひきつらせ、顔から血の気が引くのを感じながらそう声を紡いだが、バーナードが軽く手を挙げて制したので続きを飲み込んだ。


「俺はくまに似ているか。どんなくまなんだ?」


 面白そうにそう返され、カイルの腕の中の少女はぱあっと笑顔になった。


「くまさんはね、もりのリーダーなの! つよくておおきくてやさしいのよ!」

「ほお。まるで俺だな」


 おいおい、満更でもなさそうだぞ。

 その場にいた団員全員が、あごひげを撫でる団長を見てそう思った。


「ファナおねえさなんがね、けっこんするならくまさんみたいなたくましくて、ほ、ほおひょおよく? のあるひとにしなさいっていってたよ!」

「リル、それを言うなら包容力な」

「そう、それがあるひと!」


 思わず口を挟んだカイルに満面の笑顔で答える娘は、贔屓目に見ても死ぬほど可愛い。

 カイルは溜め息を飲み込んだ。


「ファナ姉さんてのは見る目があるな。…で、お嬢ちゃんの名前はリルってのか?」


 少女はあっと声を上げ、カイルの方に向き直る。


「おとうさん、おりる!」

「…そうか」

 

 カイルは娘に従ってそっと腕の中から解放した。

 少女は自分で立つと、そびえるほどに背の高いバーナードを見上げて、大きな声で名乗った。


「リル・アズーロです! 5さいです!」


 小さな手を上げ、恐らく5歳を主張しながらそう名乗り、名乗った後に誇らしげに父親を見上げた。


「おとうさん! リル、じょおずにできた?」


 きゅん。

 その場にそんな音がした気がした。

 その場にいる男ども全員が、胸を押さえている。


 何だあれ、可愛い。

 男どもに母性が芽生えた。


 カイルはしゃがみこんでリルに視線を合わせ、そのふわふわした金茶の髪を撫でた。


「ああ、上手だったぞ。偉いな」

「えへへー」


 カイルに撫でられて満足そうに笑みを浮かべた後、再び抱っこをせがむように手を伸ばして来たので、そのまま抱き締め立ち上がる。

 そして再び上司に向き直った。


「手紙でお伝えした通りです」

「ああ。こちらは問題ない。騎士団寮には職員の子どももいるから預かれる。見たところ人見知りもなさそうだからすぐ馴染むだろ」

「助かります」


 伯爵の領地に行くため休暇を取る際、この上司にはリーナの身分以外のほぼ全てを打ち明けていた。

 まだ彼女が未婚のままで、今も自分のことを想ってくれているなら。

 彼女の父親から許しをもらえたなら結婚するつもりだということを。

 そして、出先で真実を知った後は、その事情や娘を引き取ったことを手紙で伝えていた。


 騎士団寮は、主に独身の騎士が集団生活をしている場だ。

 王都に実家がある者や、自力で家を借りているものもいるが、ほとんどの独身団員がここにいる。

 そして、寮を管理し、食事や掃除などを引き受けている職員一家も共に生活している。一家の子どもたちとともに。

 カイルも騎士団寮に住んでいるので、このままリルと一緒に暮らすことは可能かバーナードに確認を頼んでいたのだ。

 恐らく大丈夫だろうと思ってはいたのだが、騎士は普通結婚すると寮を出るので、そもそも未婚の子連れで寮に入る団員というのが前代未聞だ。

 改めて了承の返事をもらい、カイルは安堵の息をついた。


「リル、今日からおとうさんと一緒にここに住むからな」

「ここがリルのおうちになるの?」

「そうだよ」


 好奇心旺盛なリルは、くりくりした瞳を輝かせて父親の腕の中から周囲を見回す。

 バーナードの背後には、非番で寮にいた若くむさくるしい団員が鈴なりになって二人を見ている。

 普通の5歳の子どもなら泣き出してもおかしくないような状況だが、リルは怖じ気づく様子もない。


「おおお…! おとうさん、きんにくもりもりのおじさんがいっぱいいるよ! みんなおとうさんのおともだち?」

「うんまあ、そうだな。仲間だ。それよりリル、筋肉もりもりとかどこで覚えた」

「シーラおねえさんがね、おにくやさんのおにいさんのことそういってたの! たいぷなんだって!」

「…そうか。何か、おねえさんたち、すげえな」

「そうよ! おねえさんたちはね、リルたちに、おとこをみるめをやしなうのよって、いろんなことをおしえてくれたの!」

「うん。でも、筋肉もりもりのおじさんたちの前で言うのはこれからやめような」

「どうして?」

「そう言われるのが嫌な人もいるからだ」

「そうなの? わかった!」


 筋肉集団は、父娘のどこかずれた会話をぽかんと聞いていたが、バーナードは堪えきれなくなったように笑い出した。


「はっは! リルは賢いな!」

「え、ほんとう? ありがとう、くまのおじさん!」


 嬉しそうにバーナードに視線をやったリルの頭を、バーナードは優しく撫でた。


「おじさんはバーナードってんだ。出来たら名前で呼んでくれるか?」

「バーナードおじさん!」


 明るい声で嬉しそうに名前を呼ぶリルに、バーナードは頬の緩みが押さえられない。

 そして、可愛い新入りに心を撃ち抜かれたのはバーナードだけではなかった。


「リルちゃん! 俺、お父さんの親友でアルフォンスって言うんだ! アルお兄ちゃんって呼んで!」

「アルおにいちゃん」

「かわいい!」


 名前を呼ばれた嬉しさのあまり悶絶する自称親友がちょっと気持ち悪くて、距離を取ろうとしたカイルだが。


「リルちゃん! 俺のこともおにいちゃんって呼んで!」

「僕のことも!」

「わたしはおじさまって呼ばれたい」

「え、お前気持ち悪い」

「リルから離れろ全員気持ち悪いわ!」


 カイルがたまらず叫んだのも、致し方ないことだろう。

 気持ち悪い筋肉集団に詰め寄られたリルは、「みんななかよしね!」と嬉しそうに笑っていて、その可愛さに全員がデレデレしたので、カイルはいよいよ物理的に連中と距離を取ったのだった。


 …やっぱり寮住まいは危ないかもしれない。そう思った。



子どもが出てくるともうシリアスにはならない…笑

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