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彼女のライバル?6


「カイル様! お久しぶりですわ!」

「ご無沙汰しております」


 応接室に入ると、仕立ての良いワインレッドの訪問着を来たペネロペが、頬を紅潮させてソファから立ち上がった。

 彼女の背後では、くたびれたような表情をした若い従者が、申し訳なさそうな様子でカイルに目配せしてきた。

 カイルはよそ行きの笑顔を浮かべ、きれいな所作で礼をする。

 騎士の仕事は貴族と関わることが多いからと、第三騎士団では団長自ら礼儀作法を指導してくれる。正直に言うと、慣れないことに剣の訓練よりもキツいと平民出身者からは大変不評なのだが、こういう場面になると団長に感謝の念が芽生えるというものだ。

 ペネロペが再びソファに腰を下ろしたことを確認し、カイルも向かいに腰を下ろす。

 さっさと終わらせてリルの所に戻りたい。


「それで、本日はどのようなご用件で?」

「ええ、本日はカイル様に贈り物がございますの」


 カイルは気づかれない程度に眉をひそめた。

 ペネロペを保護したことへの礼ならば、ルード伯爵から丁寧な手紙を頂いた。もちろん騎士団宛に。

 謝礼金も同封されていたようだが、それは団長から返却している。賄賂と揚げ足を取られるようなことがあっては騎士団の沽券に関わるからだ。

 あくまで、騎士としての任務の一環であったという立場を貫いており、ルード伯爵も理解を示して下さったと聞いているが。


「どうぞ! 特注で作らせた剣帯ですわ。お気に召していただけるかしら」

「申し訳ありませんが、それを受けとることはできかねます。お気持ちだけ頂きます」


 ペネロペの頬がひくりとひきつった。


「まあ、遠慮なさらないで。謝礼を固辞なさったことは父から聞いておりますわ。これは私からの個人的な贈り物ですので」

「尚更、受けとる理由がありません」

「理由ならありますわ」


 ペネロペの目がギラギラしている。

 カイルは内心で思いっきり引いていた。

 

「カイル様、私の気持ちを試していらっしゃるのね。罪なお方」


 何やら怖いことを言われた。

 これは多少無礼であろうとはっきり言わないと、余計に面倒なことになる予感がしてきた。

 カイルは心の中で面倒に巻き込む可能性のある団長に謝った。


「試す? 何故私がルード伯爵令嬢のことを試す必要が?」

「嫌だわカイル様。どうぞペネロペとお呼びになって」


 遠回しに「あなたに興味はありませんよー」と含ませたつもりが、そこは流され呼び名に反応を返された。

 呼ぶわけない。声を大にしてそう言いたい。


「ルード伯爵令嬢。何か思い違いをなさっているようですが。私はあなたのことをファーストネームで呼ぶような関係ではありませんよ」

「これからそうなるのですわ」


 うん、無理だわ。

 遠回しに言ってもこれダメだわ。

 そう思ったカイルは、いよいよ覚悟を決める。


「ご期待に添えず申し訳ありませんが、私はあなたとの関係を進展させるつもりは微塵もありません」

「…まあ」


 ペネロペはそのきれいな顔に、はっきりと怒りの感情を浮かばせた。だが、それに怯んでは押し負ける。

 愛娘のためにも、ここで負けるわけにはいかない。


「私があなたを助けたのは、職務の一環である、ただそれだけの理由です。はっきり言わなければ伝わらないのであれば、失礼を承知で申し上げましょう。あなたに全く興味はありません」

「カイル様」


 ペネロペは笑みを浮かべた。怒りを湛えたような、不気味な笑みだ。


「私、あなたのことを知っていてよ。娘を引き取ったのでしょう。その娘に気を使っているのね、お気の毒だわ。でも大丈夫。娘は然るべき引き取り先を手配させていただきますわ」


 ペネロペは、この提案にカイルが喜ぶと本気で思っていた。

 自分のような完璧な令嬢に懸想されて、喜ばないわけがないし、面倒な娘に振り回されることもなくなれば大いに感謝し、自分と一緒にいることを選んでくれるだろうと疑っていなかった。

 だが。


「は?」


 カイルから表情が消えた。

 これまで聞いたことの無いような低い声に、冷たい殺気を纏った青い瞳でペネロペを射る。

 まるで怒っているように。


「ま、まあ、どうなさったのカイル様。そんなお顔も素敵ですけれど、笑顔の方が私は好きですわ」

「あんたの好みなんざどうでもいいんだよ」


 ペネロペと従者が固まった。

 突然口調が変わったカイルについていけない。

 否、従者は正しくカイルの怒りを理解している。ずっとご令嬢の独り善がりな話に冷や汗が止まらなかったのだ。


「カ、カイル様?」

「あーもういいや。はっきり言うぞ。俺はあんたに全く興味がないし、むしろ迷惑だ。さっさと帰ってくれ」

「な、なっ、何を」

「赤の他人であるあんたに、どうして娘の行く末を預ける必要が? 娘と暮らすことを決めたのは俺自身だ。我が物顔で他人の家庭の事情に首突っ込んでくるんじゃねえよ」

「な、何て無礼な! 由緒正しき伯爵令嬢たるこの私が、あなたを伴侶に選んで差し上げたのに、こちらが優しくしていれば付け上がって!」

「付け上がってんのはあんただよ、お嬢様。どれだけ由緒正しかろうが、その権力を他人を見下すのに使っている内は、宝の持ち腐れってもんだろう」

「きいい! 何て粗暴な男なの! これだから平民上がりは!」

「平民で結構。お帰りはあちらですよ、お嬢様」


 カイルは言いたいことを言ってすっきりした表情で、優雅な仕草で応接室の扉を指す。

 ペネロペは真っ赤な顔で立ち上がり、甲高い声を上げた。


「カイル・アズーロ! 私を愚弄したこと、後悔することとなりますわよ! このことは父に報告させていただきます! 父に頼めば、あなたを騎士でいられなくすることくらい簡単ですのよ!」

「ほう、それは聞き捨てなりませんな」


 突然会話に参入してきた低く良く通る声に、部屋にいた三人全員が扉の方を向くと、そこには第三騎士団長バーナード・グリズリーが笑みを浮かべて立っていた。


「団長?」


 団長は夕方まで戻らないはずだと知っていたカイルは、疑問符を浮かべながら立ち上がる。バーナードは安心しろというように頷くと、その巨体はペネロペの方へと向けた。


「第三騎士団長のグリズリーです。ルード伯爵令嬢ですな」

「だったら何ですの」


 巨体に威圧されつつも、まだ怒り冷めやらぬペネロペは強気に返す。


「お父上は聡明なお方です。このようなことで優秀な騎士を失うような、国にとって損失となる行動はなさりませんよ」

「こ、この男のどこが優秀ですの! 礼儀をわきまえぬ騎士など!」

「身分に左右されず意見を申せる騎士は貴重です。我々は権力に尽くすのではなく、国に生きる民に尽くすのですから」

「意味が分かりませんわ!」

「分かりませんか。残念なことだ」

「団長と言っても所詮は第三! あなたもどうやら職を失いたいようね。父に進言させていただくわ!」

「ふむ。ご令嬢は随分と、ご自分の地位に自信がおありのようだが…。あなたがそれほど権力を重要視するなら、こちらも同じ土俵に上がるしかないですね」

「は?」


 訳が分からないと言ったように眉をひそめるご令嬢。

 カイルは内心で「あーお嬢様やっちゃったなー」と呟いた。

 それほど貴族の地位を重要視するなら、何故貴族界の相関関係まで確認しておかなかったのか。


 バーナードは、輝くような笑顔を浮かべて爆弾をおとした。


「改めまして、バーナード・グリズリー・アーシェングロットだ。生家はアーシェングロット侯爵家、とは言っても三男だが。ちなみに母は国王陛下の妹に当たるので、王家とも親戚関係だ。どうかね、小娘よ?」


 最後の「小娘」という言い方に、カイルはそっとペネロペから目を反らした。今日の出来事でこれまで以上に嫌いになったご令嬢だが、これはちょっと気の毒だ。

 団長が、割と本気で怒っているのだから。


 ペネロペは、真っ青な顔で呆然と立ち尽くしていた。






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