彼女のおさんぽ2
その日、ブリーズ・クィブラーは非番だった。
普段は非番であってもストイックに剣術や体術の訓練に明け暮れるのが常だが、今日の彼は久々に町へと出ていた。
それも、女性を伴って。
ブリーズの隣にいる女性は、第一騎士団の同僚の妹だ。
黒髪をキツく巻いて背中に流し、一目で貴族だとわかる豪華なよそ行きのドレスを纏っている。
兄から頼まれたデートだが、本人は大いに喜んだ。
婚活中である彼女にとって、子爵家子息でエリート騎士であるブリーズは大変な優良物件なのだ。
大変わかりやすい理由で、彼女はとてもやる気に満ちていた。
同僚に女性を紹介してほしいと頼んだのは、ブリーズ本人だ。
これまでカイル・アズーロに勝るために、ひたすら己を精進させることに時間を費やしてきたブリーズだったが、カイル・アズーロが父親になったと聞いて、出し抜かれたと歯噛みした。
そして、カイル・アズーロに出来て自分に出来ないことなど認められないブリーズは、自分も子どもを持ち、「父親」という称号を得るために行動を開始し始めたのである。
周囲からは、「いつか結婚するだろうから、別に止めはしないが、理由がそれってどうなんだ」とか「何でそう違った方向に努力するんだ」とか「こじらせてるなぁ」とか散々言われたが、知ったこっちゃない。
カイル・アズーロは、未婚で子どもを持ったらしい。
事情は第一騎士団にまで流れてはきていないし、知っているであろう団長は教えてくれなかった。
隠されていることが、カイル・アズーロの不祥事を裏付けているように感じられるが、事情が分からないことを想像しても仕方ない。
カイル・アズーロには子どもがいる。
ならば、自分は妻と子どもの両方を手に入れる。
そうすれば自分の勝ちでは? という思考回路に、なぜか落ち着いたブリーズは、かくして婚活を始めたのである。
「ブリーズ様ぁ。私、甘いものが食べたいですわ」
…カイル・アズーロに勝るために行動を始めたブリーズであったが。
面倒くさい。めちゃくちゃ面倒くさい。
がっしりと腕を絡ませ、豊満な胸を押し付けてきている同僚の妹は、上目遣いで甘えてくる。
香水の甘い匂いに吐きそうだ。
世の男たちは、こんな不快な思いをして結婚へとこぎ着けるのかと、ある種尊敬の念を抱く。
だが、同僚の妹を邪険にするわけには行かない。
たとえその同僚が、「うちの妹は肉食系だから、めっちゃグイグイ来て面倒くさいと思う。しんどくなったら適当にあしらっていいからな」というありがたい助言をもらっていたとしても、だ。
「…あちらのカフェにでも入りましょうか」
「まあステキなカフェ! そういたしましょう!」
ため息をつきそうになりながら店内へと足を踏み入れ、ブリーズは固まった。
「おいひいー! ほっぺおちそう!」
「ちょ、具がこぼれてる! 皿の上で食べなさい!」
「具だくさんサンドイッチって、簡単に食べられそうで子どもにはキツいな」
「おとうさんのも、ひとくちちょうだい!」
「いいけど、辛いの入ってるぞ。大丈夫か?」
「だいじょうぶ!」
「リルちゃん、アルお兄ちゃんのもいる? こっちのは辛くないよ!」
「アルおにいちゃんのは、おきもちだけいただきます!」
「丁寧に固辞された!」
そこにいたのは、ブリーズの最大のライバル。
そのライバルが、同じ金茶色の髪の幼女の食事の世話を甲斐甲斐しく焼いている。
そして、金茶色の幼女は、カイル・アズーロを「おとうさん」と呼んだ。
「ブリーズ様、早くお席に参りましょうよぅ」
連れの声が混乱した思考に混ざり込み、ますます混乱する。
だがとりあえず、これだけは言いたい。
子ども、思ったより大きくない!?