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彼女はかきつづる


 その日、カイルはバーナードと共に、王城を訪れていた。

 二ヶ月に一度、各騎士団長が一同に介し、定例報告会議を行うのが常であり、今回の開催場所が王城内にある第一騎士団施設だったためである。

 第三騎士団で、この定例会議の補佐につく騎士は決まっていない。毎回、バーナードがランダムに選んでいる。本人が言ったことはないが、団内での優劣を作らないようにしているのだろうと団員たちは考えている。


 施設内の廊下をバーナードの後ろについて歩いていると、前方より見覚えのある人物を見つけ、カイルは思わずため息をつきそうになる。

 バーナードは苦笑いを浮かべてカイルを一瞥した後、こちらに近づいてくる人物に軽く手を上げた。


「久し振りだな、ステフ」

「おお、バーナード。今日は遅刻しなかったか」

「前回は急な捕り物があったためだ。そう毎回遅れんよ」


 バーナードにステフと呼ばれたのは、第一騎士団長であるステファン・レイトだ。ウエーブがかったグレーの髪を後ろに撫で付け、顎髭はきれいに整えられている、筋骨粒々とした体躯の紳士といった風情だ。第一の制服である白地に金刺繍の軍服を纏っているが、わずかに襟元をくつろげているのが妙に色っぽい。

 バーナードと歳の近いステファンは、伯爵家の次男として生まれ、団長に就任した際に男爵位を賜っている。

 真面目だが公平な人物で、貴族出身者で構成されている第一騎士団内では影で変わり者とも評されているが、団員が彼に寄せる信頼は大きい。

 そして、バーナードとは若い頃からの飲み友達だ。


 カイルがげんなりしたのは、ステファンの存在ではない。

 その後ろに控える、今回の彼の補佐役が原因である。

 肩より少し長いくらいの金髪を後ろで纏め、切れ長の青い瞳の、大変見目の良いその青年はブリーズ・クィブラー。

 カイルより二つほど年下のクィブラー子爵家の次男は、ことあるごとにカイルに突っ掛かってくる、非常に面倒くさい人物なのである。加えて賤民意識があり、平民出身者が多い第三騎士団を見下している。

 今も切れ長の目を細め、眉間に皺を寄せてカイルを睨み付けている。

 自分の職場である第一騎士団内に、平民出身のカイルがいるのが嫌なのだろう。

 他の騎士団の補佐にも平民出身者はいるのだが、特にカイルには風当たりが強い。

 カイルはあまり解っていないのだが、かつてブリーズが就くはずだった任務が、経験不足を理由にカイルに回ったことを未だに妬んでいるらしい。

 カイルはただ、命じられた仕事をしたまでだし、それがどの任務の事を言っているのかすら正直興味がないので確認していない。

 その様子がますますブリーズを苛立たせているらしいのだが、カイルにしてみれば「知らねえよ」と声を大にして言いたい。


「今回の補佐はカイルか。久し振り」

「ご無沙汰しております、レイト団長」

「ああ。そういえば、父親になったとか。おめでとう」

「ありがとうございます」


 リルを引き取ったことについて、バーナードは全騎士団を纏める立場にあるリカルド・ネイガー元帥へ報告と許可取りをしている。そこからステファンへと話がいっても何ら不思議はない。

 しかし、ブリーズは初耳だったらしく目を見開いている。


「…いつの間に結婚していたのだ、アズーロ五席。聞いていないぞ」


 固い声で、何やら歯軋りでもしていそうな憎々しげな声音でブリーズに問われ、カイルも思わず目をひそめる。


「結婚はしていない。そもそも君に報告する義務はないが。クィブラー六席」

「なっ」


 ブリーズは頬を紅潮させ、怒りの表情を浮かべる。二人の団長は、まただよおい、と言ったため息を同時に吐いた。

 ブリーズはカイルを意識するあまり、カイルの情報をやたらと収集するようになってしまったのである。

 弱みを知りたいのだろうが、どうやら拗らせたようで、少々カイルに対して気持ちの悪いことになっているのだ。

 カイルからお前には教えないと言われたことは、自称ライバルとしては割とショックだったらしい。


「んんっ! み、未婚でどうやって父親になると言うのだ」

 

 咳払いで気を持ち直し、教えないと言われているのに質問を重ねてくる。ハートが強い。


「君に言う必要はない」


 しかし、カイルはリルについてそれ以上言うつもりはない。

 カイルを敵視している人間に、何故大事な娘の情報をくれてやらなければならないのか。

 取り付く島もないカイルの返答に、ブリーズは今にも地団駄を踏み始めそうだ。拳を固く握りしめている。


「はいそこまでな。カイル」

「はい」

「ブリーズ、そうぴりぴりしながら話をするな」

「わ、私は別に!」


 怒り冷めやらぬ様子のブリーズに、気の毒そうな視線を送ったバーナードは、行くぞとカイルに声をかけた。


「じゃあ後でな、ステフ」

「ああ。また後で」


 団長たちがすれ違い、カイルはその後ろについてステファンに軽く会釈をする。

 背中に、ブリーズの強い視線を感じた。




 その頃、第三騎士団寮では。


「リルちゃん、ここに僕の名前書いてくれる?」

「俺のも!」


 談話室で、字の練習をしているリルの前に行列が出来ている。

 リルの横では目をぱちくりさせているキティとセイン。

 団員たちは、カイルがリルの書いた字を額縁に入れて部屋に飾っていることを知り、自分も欲しいと団員の一人が言い出した結果、俺も私もと次々名乗り始め、突然サイン会が始まったのである。

 それも何故か、リルではなく団員の名前を書いてもらうというサイン会が。


「ちょっとまってね、じゅんばんこよ」

「リルちゃん、しゅごいね!」

「だーあ!」


 リルは嬉しそうに団員の要望に応えている。


「リルちゃん、俺この手帳に書いてほしい! いつでも見られるように!」

「あっずるいぞお前、俺もそっちのがいい!」

「リルまだちっちゃいところにかくのむずかしいの」

「あー! そっかごめんね! じゃあいっそお兄さんの背中にでっかく書いて!」

「いいよー!」


 王都は今日も平和である。




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