彼女はがんばる2
数日経って、ようやくカイルの非番日がやってきた。
リルを引き取る前のカイルなら昼までベッドを出ないところだが、今は違う。
可愛い娘との約束があるのだから。
「むうぅ…。おとうさん…?」
「お、起きたかリル。おはよう」
眠たげに目を擦っていたリルは、カイルの声を聞いた瞬間ベッドからがばりと身を起こした。
「おとうさん! きょうはおやすみのひ!?」
「そうだよ」
「じゃあ、じゃあ、おとうさんとじのれんしゅうをするひ!?」
「そうだな」
リルは満面の笑みを浮かべた。
「やったあぁぁ!」
「はいはい。とりあえず着替えて、朝飯食うぞ」
「はぁい! リル、きょうはきいろのワンピースがいい!」
「きいろ…、これか」
「それだ!」
今日のリルは非常にテンションが高い。
勉強の意欲が強いのはありがたいが、昼過ぎに体力の限界を迎えそうだな、と予想をつける。
着替えを手伝い、髪をふたつに結んでほしいという娘の要望に応え、当初より随分慣れた手付きで金茶色の髪を結い、朝食を取りに食堂へ向かった。
「おはよう。リル、今日は随分ご機嫌じゃないか」
「おはようメアリおばちゃん! あのね、きょうはおとうさんにじをおしえてもらうの!」
ぴょんぴょん跳ねながらメアリに自慢するリルが可愛い。
朝食を取りながら談笑していた騎士たちも、目を細めてその様子を見ている。
リルは朝食をいつもより早く平らげてしまった。
カイルの出勤初日のスピードとは大違いだ。それほど楽しみなのだろう。
「じゃあ、おとうさん本やペン取ってくるから、談話室で待ってな」
「はぁい!」
全身で喜びを表現しているような後ろ姿を見送ると、気がつけば隣にバーナードがいた。
「うれしそうだなあ、リルは」
「ええ。字を習うのを楽しみにしてましたから」
「そうじゃねえだろ。わかってねえなぁ」
「は?」
眉根を寄せてバーナードを見ると、呆れたような視線を返される。
「父親と一日過ごせるのが嬉しいに決まってんだろ。お前そういうとこ鈍いよな」
「っ!」
顔が熱を持つのを感じた。きっと赤くなっているだろうに、バーナードはそこに触れないでいてくれた。
「まあ、子どもなんてすぐ大きくなっちまうんだから、今のうちにしっかり遊んでやれよ」
「は、はい」
団服を着たバーナードは、にやりと笑うと軽く手を上げ、玄関を出ていった。
カイルは赤くなった頬に手の甲を当てる。
リルが父親と過ごすことを望んでくれていることが、これほど嬉しいなんて初めて知った。
談話室のローテーブルには、子ども向けの教本とスケッチブック、それにクレヨンだ。
羽根ペンも持ってはいるが、まだ五歳の子どもには向かないだろう。字を書くことに慣れた頃、良いものを買って贈ってやろう。
さあ、勉強の時間だ。