彼女のおるすばん3
「リル、さっさとお食べ。キティとセインが来ちまうよ」
「ううぅぅ」
結局カイルは、リルを置いて行ってしまった。
リルはまだぐずぐずと泣いていて、朝食は半分くらい残っており、メアリが急かすが食は進まない。
いらないときっぱり言われたバーナードは既に立ち直り、リルの向かいで苦笑いをしている。
「リル。お前の父さんは騎士として、たくさんの人を助ける仕事をしてるんだ」
「そんなのしらないもん…」
既に号泣はしていないが、鼻を鳴らして小さな声でぐずっている。
「お父さんは頑張ってるのに、リルは応援できないのか?」
「だって、だって」
「ちゃんと夕方には帰ってくる。その時リルが笑顔で迎えてくれたら、お父さんちゃんと頑張れるんじゃないのか?」
「……でも、だって」
「じゃあ、お父さんの元気がない方がいいか?」
「や、やだぁ!」
リルの目にまたぶわっと涙が盛り上がる。
え、まだ泣くの、と二人を遠巻きに見ていた非番の団員たちは及び腰になる。
しかしバーナードはそのまま続ける。
「だったらいつも通りたくさん食って、しっかり遊んで、疲れて帰ってくるお父さんを笑顔で出迎えてやれ。できるな?」
「ふぇ、ぐすっ、うん、できる」
「いい子だ。ほら顔拭いて、食べろ」
「うん」
リルはバーナードのハンカチで顔を拭ってもらい、もそもそと朝食を口に運び始め、それを見たメアリは大きくため息をついた。
「団長、やるじゃないか」
「うちの甥姪はもっとすごいからな」
「え、リルちゃんマシな方なの」
「マジかよ、俺絶対面倒見れないわ」
「年の功ってやつか」
周囲の些か大きな雑音は、メアリとバーナードの耳にしっかり入っており、バーナードは年の功と言った若手の騎士を今度の訓練でしごくと心に決めた。
その日はキティがスケッチブックとクレヨンを持ってきて、一日お絵描きをしていた。
キティたちに会ったリルは随分と落ち着き、昨日同様楽しそうに遊んでいたが、ふとした時に振り返っては父親がいないことを思い出し、少ししょんぼりするということを繰り返していた。
ちなみに、リルが振り返った先におり、しょんぼりされた数人の騎士は「パパじゃなくてごめん…」と何ともいえない罪悪感にかられ、掃除をしながらその様子を見ていたメアリは、子どもに振り回されている団員たちに一抹の不安を覚えたと言う。
夕方になり、キティたちが帰ったあと、リルはそのまま玄関に座り込んで父親の帰りを今か今かと待っていた。
他の日勤騎士が帰ってくる度に立ち上がり、カイルでないと分かるとまたしゃがむ。それを何度も繰り返している。
「団長。カイル、まだ帰ってこないんすか」
「ああ。今日は職人街だから、残業はそうないと思うんだがなぁ」
「アルもまだですからねえ」
「早く帰ってくるといいんだがなぁ」
バーナードと、カイルより数年先輩となるレオという団員はリルに視線をやって大きなため息をつく。
「健気すぎて見てられん…」
にわかに玄関が騒がしくなり、食堂でメアリと話していたバーナードが廊下に出ると、そこでは感動の再会が繰り広げられていた。
「おとうさん! おとうさん、おかえりなさい!」
「リル! いい子にしてたか? ここで待ってたのか?」
「うん、リルいいこにしてたよ! あさごはんぜんぶたべたし、たくさんおえかきしたの!」
「そうか。偉いな!」
「おとうさぁん! あのね、あのね、きらいっていってごめんね。うそだからね!」
「リル…!」
玄関でひしと抱き合う父と娘。
カイルと一緒に帰ってきたアルフォンスは、何故かカイルの後ろで疲れた笑顔を浮かべている。
「うわー、感動の再会ですね」
「…これ、明日からも毎日やるのか?」
「…そのうち慣れると思いますけどね」
バーナードとレオの呟きが、食堂にぽつりと響いた。