彼女のおるすばん1
結論から言うと、ダメだった。
「リル、お父さんもう行くからな。いってらっしゃいは?」
「びえええ、いわないもん。あさごはんいっしょにたべるっていったのに!」
「食べただろ」
「リルまだたべおわってないもん!」
昨晩はずっとご機嫌だった。
キティやセインと何をしたか、何が面白かったかをずっと話していた。
カイルももちろん一緒にいたので、その内容は全て見ていたのだが、遊んでいる間に父親の存在は全く感じていなかったようだ。切ない。
これなら明日も大丈夫だろうと軽く考えた昨晩の自分に言ってやりたい。
明日は地獄だぞ、と。
起きたリルは、騎士団の黒い団服を着た父親を見た途端、不機嫌になった。昨日、この団服を着ている=仕事のため寮を出る、という図式を理解していたようだ。
まだ寝る、と珍しくぐずるリルに嫌な予感を覚えながら、朝食を一緒に食べようと説得して何とか食堂に連れ出したまでは、まだよかった。
そこからが地獄だった。
いつもはぱくぱくと食が進むリルが、今日に限ってものすごくゆっくり食べている。どうやら、食べている間は父親が仕事に行くことはないと思い至ったようなのである。
実際には、娘が食べ終わっていなかろうがカイルは仕事に行かねばならないのだが。
さっさと食べ終わったカイルは、ぎりぎりまでリルに付き合っていたが、さすがにそろそろ出ねばまずい時間になり、席を立ったところ号泣し始めたのである。
日勤の騎士はほとんどが既に寮を出ており、アルフォンスだけが苦笑しながらカイルを待ってくれている。
見かねた団長バーナードが間に入ってくれた。
「ほらリル。今日はバーナードおじさん休みだから一緒に遊んでやろう。な?」
「いらないもん! おとうさんがいい!」
「あっ、結構ツラい」
勇猛果敢な団長は、5歳の子どもの一言で撃沈した。
全く戦力にならなかった。あっぱれ娘よ。
途方に暮れたカイルに助け船を出してくれたのは、やはりというかメアリだった。
「カイル、あんたもういいから行きな。わがまま全部に付き合ってたらきりがないよ」
「…そうなんですけど…」
5年間、娘の存在すら知らず寂しい思いをさせてきたという負い目が、どうしてもカイルの心に影を落とす。
「何を気にしてるのか予想はつくけどね、四六時中一緒にいるなんて、普通の親子でも土台無理な話なんだよ。さっさと慣れな」
正論でぐうの音も出ない。
「…じゃあリル、行ってくるからな」
「やだあぁ! おとうさんのバカ! きらい!」
「カイル、悲壮な顔してないでさっさと行きな! アル、頼んだよ」
「はいはい。ほらカイル行くぞ」
「行ってきます…」
そうしてカイルは娘の泣き声と罵倒を背に、寮を後にした。
「嫌いって言われた…。マジか…」
「こっちがマジか、だわ。しっかりしろよカイル。親なら誰もが通る道って既婚者の先輩が言ってたぞ」
「お前も子持ちになればわかる。ツラい」
「いや、もはやキャラ違いすぎて面白いわお前。夕方には上がれるんだから、お土産でも買っていってやろうぜ。リルちゃんなら大丈夫だよ。メアリさんもいるし、キティたち今日も来るし」
「…そうだな。仕事しよう」
そう言って切り替えたように見えたカイルだが、結局夕方まで引きずった。
大捕物や大きな仕事がなかったのが唯一の救いだ。