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第1話・ファイアボール密室殺人事件①

大陸でも有名な【古代樹大図書館】がある【紙の村】

 晴れている、雲の流れは早い。


 丸眼鏡のレンズ越しに見る空は、切り取られた水彩画のように見えて僕のお気に入りの風景だ。


「ねぇカタル! ここまで耕していいの?」


 僕を呼ぶラヴリエルの声が畑の奥から響いた。


「ああ、どんどんやっちゃって」


 僕の栗色の髪が風にそよいでるけど、いつもよりも少し重い。

 暖かで湿った空気が南から一気に入りすぎると雨が降る。そうなると数日は僕が予定している畑仕事が出来なくなる。

 

この調子だと明日くらいまでに下準備を終わらせなければならない。

 頼み込んでせっかく一年間借りられた畑を数日でも遊ばせるわけにはいかないのだ。植え付けの時期を逃しては収穫に影響が出る。


 ――ここは【紙の村】。


 上質な紙の材料となる木とそれを使った製紙技術、だけが取り柄の大陸の田舎村だ。

 村人以外は都から紙の買い付けや、製本をするための注文をしに来る商人くらいしかいない。


 僕と【ラヴィ】は自分達の稼ぎを確保するために畑を耕している。

 ちなみにラヴィとは僕の幼馴染みである【ラブリエル】の愛称だ。


 戦争孤児で【紙の園】という村の孤児施設で生活している僕は自分の金は自分で稼ぐのが当然だ。

 だって小遣いをくれる親なんてどこにもいないのだから。


 孤児仲間の中には掃除や修理修繕。それか何らかの手伝いで金を得ている者もいる。

 もちろんこの【紙の村】の唯一の特殊産業である製紙作業所で働く者もいる。


 そんな中、僕が選んだのは農作物の栽培だ。

 これは現金化するまで時間がかかるが、大きな金になる可能性を秘めた作物を植えれば、普通に働くよりも効率がいい。


 ラヴィは畑仕事は良い筋力トレーニングになると言うと、嬉嬉としてとして付いてきた。


 今日は村の図書館で借りてきた本を読むにはうってつけの涼しい天気だが、荒れ果てた畑を前に無心で鍬を振るうラヴリエルを横目にそんなことはできない。


 同い年の少女とはいえ村一番の無類の馬鹿力。

 そして僕の頭を割るのにあの鍬はもってこいだ。

 もしも運良く頭が割れなかったとしても、衝撃でせっかく今まで蓄積した知識が失われるかもしれない。そんなのはごめんだ。


 読むのを楽しみしていた『改訂版・エムフリーダ大陸百景』と『素人でもできる熟女王蜂の養蜂』は自室に帰ってから読むことにしよう。紙の村と呼ばれるこの田舎村では、僕を飽きさせないのは書物ともう一つだけだ。



「ラヴィ、鍬を置いて斧に持ち替えてよ」


「え、何で? これが一番力が入るんだけど」



 僕は高めにカットしてもらった椅子代わりの切り株から腰を上げてラヴィに近づいた。

 筋肉質で浅黒い肌に薄っすらと汗が滲んでいる。


 彼女はいつも動きやすい格好でいる。

 よって春夏は常に薄着だ。小玉西瓜のような二つの膨らみの上半分が見えている。いつか小玉ではなくなるだろう膨らみは今日も僕の視線の端に必ず置いてある。


「カタル、あんたもちょっとは手伝いなさいよ。口ばかり出してないで」


「それはできない。もう何度も説明したと思うけど僕は腕力に頼っちゃいけないんだ。僕の体と頭はそういう風にできているし、そう生きている」


 いつものように呆れ顔をしたラヴィはそれ以上僕を問い詰めることはなかった。

 さすが付き合いが長いだけある。僕らは記憶のない赤子のこのから一緒だ。


「その岩、そろそろ邪魔だから破壊しよう」


 借りた畑の中央には大きな円錐状の岩がせり出している。

 畑の貸主のオットーさんによると、最近いきなりせり上がるように土の中から岩が現れたらしい。


 この岩の出現のせいでこの畑は何も植えることなく手付かずになっていた。

 しかし、だからこそ僕が格安でこの場所を借りられたわけだ。


「分かった。危ないからちょっとどいて」


 ラヴィが斧を振りかぶった。

 太陽の光を反射して斧がくすんだ金属の輝きを放った。


「……ちょ、ちょと待って!」斧が僕の頭上で止まる。


「なによ、せっかく渾身の一撃で破壊しようと思っていたのに! 危うくあんたの頭をカチ割るところだったわ」


「これだから力自慢は困るよ。こんなデカい物を一撃破壊なんて無理。ラヴィ、それにこの岩はただの岩じゃなくて、実は【植物】なんだ」


「植物? これが?」


「そう、竹岩。別名【バンブーロック】って言って、ゆっくりとだけど徐々に伸びる岩みたいな硬い植物。放っておくと高さ十数メートルにもなる。山の向こうの国の一部で稀に見かける植物で本来この地域には生えないんだけど、誰かが間違って、あるいはいたずらで植えたのかもね。だから、ただ闇雲に斧を振るってもダメ。労力の無駄ってやつ」


 僕はしゃがんでバンブーロックの付け根を指差した。


「ほら、数日前にこのバンブーロックの周りに石灰と人面ゴボウの葉で作ったの腐葉土を撒いただろ? だから急激に成長が早まってここだけ白っぽくなっている」


「あ、ほんとだ」


 バンブーロックの白い成長痕。


 確か数日で経てばこの部分も他の部分と変わらずに岩のように硬くなるはずだ。


「できればマンドラゴラの葉で作ったの腐葉土の方が成長が早い。だけどあれを用意するのは命懸けになっちゃうから無理」


「確かに、まだ死にたくない」


「それでさ、ラヴィはこの白っぽくなったところを水平に一気に斬って。他の部分は変わらずに硬いけど、そこをなぞるようにすれば気持ちいいくらい一気に斬れるはずだから」


「なるほど、水平にね……。だけど足場も悪いし、結構難しいなこれ」


 ラヴィは腰を落とし斧を体から離し遠くで構えた。

 そうしなければ、断ち切るための十分な威力を出せないのだろう。


「お、なんか構えが必殺技っぽい。もう少し手首を向こう側に返すと、より威力が増すと思うよ」


「力仕事しないあんたに何が分かるのよ」


「分かるよ。人体構造と物理の基本さえ勉強していれば。ほら、手首返して、必殺技叫んで」


 言われた通りにラヴィは斧を構え直した。うん、さっきより断然いい。


「誰が叫ぶもんかッ!」


 ラヴィの持つ斧が黒い光の帯になった。

 先端は的確にバンブーロックの成長痕の白い柔肌を捉えた。

 一気に切れ目が入り、そのまま斧は向こう側まで振り切られる。


 斧のサイズが足りないため、真っ二つとはいかなかったが、三分の二ほどが裂けている。このバンブーロックと同じ原産地の弾ける爆竹ドングリがあれば、破壊力が上がって一気に断ち切ることもできたかもしれない。

 

 そうすればラヴィの一撃もより必殺技ぽくなっただろう。

 しかしそんなことをしなくとも、斧をもう一振りすればこの畑から邪魔な物は消える。


 知識さえあれば無駄な労力は要らなくなる。そう、やらなくて良いことなどやらないに越したことはないのだ。


 僕たちの後ろで軽い拍手が起こった。


 振り返ると僕らの畑から少し坂を登った畦道に、元は白色だっただろう薄汚れたローブを着た人がいた。頭からすっぽりと全身を覆うようにフードを被ってる。


 拍手をしながらその人が僕たちのところに降りてきた。


「……実に素晴らしい」


 ローブの人の瞳はとても美しかった。


「おじさん誰? 村の人じゃないよね」


 おじさんだと? ラヴィの奴、とうとう脳細胞まで筋組織が行き渡ってしまったらしい。どう見たってあの人はおじさんではない。


「ああ、旅人さ。この紙の村にある図書館の書物を見物しに来た」


 遠くからでも見える、村の中央にある古代樹大図書館を指差した。

村のシンボルツリーでもある三本の大木。それが合わさるように一つになった真ん中には、この村唯一の大施設である図書館が幹の合間に埋まるように立っている。


「あなた本が好きなんですか?」


 本好きに悪い人間はいない。いや、もしいたとしても僕はそれを悪と認めないだろう。


「私は本が好きというより、愛している。もう本になりたい。ページを捲られて、そこに書いている文字を読まれたい。私の全てをくまなく読んで欲しい!」


 ローブに隠れて表情はあまり分からないが、白い歯が見えた。確かにこの人は微笑んでいた。


「分かります! 凄く分かる!でも本になっちゃうとそれ以上は自分が本が読めなくなるから、本になるのは世界中の本を読んでからがいいです!」


「分かる」


 ローブから出て来た白く細い手と僕は握手した。


 実際、世界中の本を読むというのは不可能だ。僕が本を読むスピードよりも新たな本が世界中で生まれる方が早い。


 それ以前に全ての本と出会うなんて、それこそ魔法でもない限り無理な話だ。


「変態読者。もう全然分からない! カタル、なに知らないおじさんといきなり意気投合してるのよ」


「お前こそさっきからなに言ってるんだよ。そんなこと言って失礼だよ。この人は……」


僕は少しだけ苛つきながらラヴィに視線を向けた。


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