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恐れと見栄

 

 ・天文六年(1537年) 四月  越前国足羽郡一乗谷城  朝倉景隆



 心月寺の妙源和尚と共に城門を出て、六角陣との中間地点にある会談場所に向かう。これで三度目の交渉だ。六角勢は一万二千騎との話だが、櫓から見える六角の軍勢はそれよりも多く見える。恐らく越前の国人衆の多くが参陣しているのであろうな。


 城門を出るこの瞬間だけはいつも不安が襲う。いつ六角が隙を突いて城内に突入して来るか気が気ではない。と言っても、城内で会談をすれば城方が僅か三十人しか居ないことが露見してしまうしな。


 会談場所に着いて陣幕を上げると、直垂姿の進藤山城守が床几から立ち上がって出迎える。この男の目を誤魔化すのは骨が折れた。だが、知恵比べは儂の勝ちのようだな。


「お待たせいたした」


 ……ん?

 いつもならば気軽に返事を返してくるのに、今日は進藤山城守からの返事が無い。何か心に期するものがあるのか?


 山城守が無言で手を上げるとあっという間に兵に囲まれた。

 思わず妙源を見ると、顔が蒼白になりガタガタと震えている。もしや……


「妙源!貴様ぁ!」

「右兵衛様(朝倉景隆)、お許し下され」


 脇差に手を掛ける暇も無く兵に両腕を掴まれて縛り上げられた。とうとうハッタリがバレたか。

 だが、まあ良い。長夜叉様と九郎殿が一乗谷城を出られて既に十日。これだけ日を稼げれば十分だろう。今更儂の命一つを失うくらいは何程の事も無い。


「右兵衛殿、見事な策略でありましたな。我が主が本陣で待っております」


 言い捨てると山城守が踵を返して六角陣へと歩き出す。その後ろを兵に抱えられながら歩く。

 ふん。こうなれば江州宰相に言いたいことを言ってやるわ。



 本陣に入ると中央で地面に(ひざまず)かされた。左右には六角の諸将が居並んでいるが、戦場の働きが少なかった故どれが誰だかも分からぬわ。

 いや、右側に居並ぶ面々は見覚えがあるな。真柄に河合、溝江もか。南仲条郡から坂井郡まで、ほぼ越前の全てが斯波に……いや、六角に服したということだな。大野郡は言わずもがなだろう。


 正面の上座で厳しい顔つきをしているこの男が江州宰相だな。紺糸威の当世具足に朱染めの陣羽織とは、噂に似合わず(かぶ)いた出で立ちよ。


「お主が朝倉右兵衛尉か」

「いかにも。お主が江州宰相だな」


 周囲の者が目を剥いている。越前衆の中にはあからさまに怒りの顔をする者も居るな。だが、儂は敵なのだ。貴様らのように臣従したわけでもないのにへりくだる必要などあるまい。


「わっはっはっは。なかなか威勢の良い男のようだな。それに肝も太い。気に入ったぞ」


 ふん。さすがにここで怒りだすほど阿呆ではないか。儂の挑発に乗って怒り出せば散々に罵倒してやろうと思っていたのだがな。


 やおら江州宰相が床几から立ち上がり、笑顔でこちらへ歩いてくる。儂を懐柔しようというのならば無駄なことだ。今更命を惜しみはせぬ。


 突然首筋にヒヤリとした感触が来る。

 ……ほう。いつの間にか太刀持ちから太刀を受け取っていたか。首筋に刀を突き付けて話をするとは、随分と無粋な男よ。それに先ほどまで笑っていた顔が今や真顔に戻っている。


「申せ。九郎左衛門は……景紀はどこへ逃げた」

「そこな進藤山城守に伝えた通り、館に火を放って……」

「それを信じる俺だと思うか。随分と舐められたものだな」


 ふん。信じようと信じまいと、貴様には真実を知ることは出来まい。今頃気付いても手遅れよ。


「船で逃げたな。十日前だ。長夜叉を連れて三国湊から海路で落ち延びたと見える」


 なに! この男……まさか儂の心が読めるのか?


「俺の諜報網を甘く見ないことだ。一乗谷城の動向は逐一報せが来るようにしてある」


 くっ。だが、船でどこへ逃げたかまではわからぬはず。


「……堺だな。三国湊から若狭へ渡り、丹後の山中を抜けて摂津へ出る。察するところ、細川右京大夫あたりに庇護を求めに走ったか」


 くそっ。全て見通されているというのか。恐るべき男だ。

 だとすると、もしや若狭の湊で六角の兵が待ち構えていたのかもしれぬ。

 九郎殿……お主は無事なのか。


 ……いや、待てよ。


「ふん。江州宰相ともあろう者が、それほどまでに九郎殿を恐れるか」

「……何?」

「そうであろう。空城の計は見破られた。一乗谷城を攻め落とすに何の障害もない。にも関わらず、このような回りくどいやり方で儂を捕らえ、九郎殿の行き先を吐かせようとする。それほどまでに朝倉九郎左衛門が恐ろしいと見える」

「貴様……」

「真柄! 河合! 貴様らもだ!

 朝倉家を裏切ったはいいが、九郎左衛門の復讐を恐れているのだろう!

 心しておけ! 朝倉家は必ず蘇る! その時が貴様らの命日だ!」


 よし、何人かが思わず立ち上がった。これが儂の最後のハッタリよ。

 察するに九郎殿は見事逃げおおせたのであろう。なればこそ、江州宰相はこうやって儂を尋問しておるのだ。

 ふはははは。さあ、怒りに任せて儂を斬り捨てるがいい。儂を斬れば貴様は朝倉九郎左衛門を恐れていると天下に示すことになる。ザマを見よ。


 九郎殿、後のことは頼みましたぞ。




 ・天文六年(1537年) 四月  越前国足羽郡一乗谷城  六角定頼



 首筋に刀を当てて威圧しているっていうのに表情一つ崩さない。

 朝倉景隆……相当に肝の据わった男だ。


 一乗谷城が空になっていることに気付いたのは二日前だ。それから慌てて周辺を調べて回らせた。

 失敗したよ。もっと朝倉の動向に目を光らせなければいけなかったのに、国人衆の懐柔に気を取られて監視の目が緩んだ。その隙を突かれてしまった。


 十日ほど前に三国湊から景紀一行らしき者達が船で逃げた所までは調べが付いた。だがその先がわからん。

 堺に行ったか、越後に行ったか……まさか加賀や能登ではあるまいと思うが、出雲まで逃げたか、あるいは甲斐や信濃に逃げているかもしれん。三河へ行くことだって不可能じゃない。日本中の全ての土地が逃亡の候補地だ。


 堺へ行ったとカマを掛ければ、普通なら何らかの感情が顔に出るはずだ。外れたことによる安堵か、あるいは言い当てられたことに対する焦りか。

 だが、この朝倉景隆と言う男は顔色を一切変えない。こういう相手は本当に厄介だよ。


 さっき朝倉景紀が怖いかと聞いたな。

 ああ、怖いね。俺は朝倉景紀が恐ろしい。


 今まで俺は景紀を三度討ち取っているはずだ。

 箕浦河原、饗庭山、そして今回。


 だが、二度にわたって間一髪で死地を脱し、そのたびに力を付けて戻って来た。今回もきっと……。

 三度続けば最早偶然とは言えない。生き延びる才能を持つ男ってのは恐ろしいさ。それが俺の命を付け狙う男だと言うならば尚のことだ。


 ……だが、どうする?

 このまま尋問を続けてもこの男が口を割るとは思えない。今の挑発だって俺に斬らせようとしていることは明白だ。朝倉家の滅亡も、『殺すぞ』という脅しすらも無意味な相手だ。コイツから情報を引き出す手段がない。


「……ふん。やめだ」


 一つため息を吐くと、刀を鞘に納めて太刀持ちの小姓に渡す。


 このまま景隆を斬れば、景隆の言葉を肯定することになってしまう。図星だから黙らせたのだと周囲は受け取るだろう。

 冗談じゃねぇよ。お前の策略に乗って景紀を英雄にしてたまるかってんだ。俺は景紀なんざ恐れてやしない。少なくとも世間向けにはそういうことにしておかなければ、無駄に景紀が強大化してしまう。


「江州殿。しかし、ここまで言わせて命を助ければ、お手前が天下の侮りを受けることにはなりませぬか?」

「いいや、この者は中々に見事な武士だ。お望みならば治部大輔殿(斯波義統)に身柄をお預け致しましょう。家臣として取り立てられれば、良い働きをするかもしれませんぞ」


 斯波義統が冗談じゃないという顔をする。まあ、一乗谷の朝倉一族を召し抱えるのは火種を抱え込むようなもんだからな。


 ふふん。ようやく景隆も顔色が変わったな。驚きの表情だ。


「ばっ馬鹿な! 殺せ! 今この場で儂を斬るがいい!」

「やだね。お前の手には乗ってやらん。九郎左衛門の武名を上げて自らは死に花を咲かせるつもりだったんだろうが、残念だな。死にたければ俺の居ない所で勝手に腹を切って果てるがいい」

「くそっ……」


 景隆がガックリと項垂れる。

 ふん。ザマ見ろ。最後にちょっとだけやり返してやった。


 ……まあ、ほぼ景隆の勝ちだがな。朝倉は確かに滅亡した。だが、嫡男である長夜叉も総大将足り得る景紀も取り逃がしてしまった。これでは、領地を得ればいつでも朝倉家を再興できてしまう。


「悔しければ生きて俺の行く末を見届けるがいい。朝倉家が滅んだ先に俺がどんな世の中を作るのか、せいぜい指を咥えて見ておけ」


 あーくそっ。格好つけてしまった。


 再び景隆が顔を上げて睨みつけて来る。

 怖いねぇ。やっぱ死んでもらった方がいいかな?

 ……まあ、ここまで来たらもう死なせるわけにもいかんか。


「暫くは府中城の牢へ放り込んでおけ。連れていけ」


 合図と共に近習に引き立てられて景隆が退出する。これで俺が朝倉残党を恐れているという噂は出さずに済むだろう。本音を言えば『櫓櫂(ろかい)の及ぶ限り景紀を追え』とでも言いたいところだが、まあやむを得ん。


 とりあえず当初の予定通りに越前の北五郡を斯波の支配に戻し、俺は府中城を中心に南仲条郡と丹生郡の支配体制を固めるか。越前を落ち延びた朝倉景紀がいきなり越前国内で再起することは無いだろうし、どこかで再起するとなれば何らかの話は聞こえてくるはずだ。当面の間は様子見だな。


 越前が落ち着いたら北軍の大部分は京へと振り向けよう。年が明ければ、いよいよ畿内の制圧に乗り出す。近衛との約束の期限にも何とか間に合ったな。この一年は内政固めと調略を中心に行っていくか。


「御屋形様」

「うむ。すぐに全軍で一乗谷城に攻め寄せろ。今日中に城を開かせる」

「ハッ!」


 国人衆が張り切って動き出す。彼らにとっても景隆の言葉は耳が痛かったんだろうな。皆言葉にはしないが、朝倉家を裏切ったという負い目はあるはずだ。朝倉統治時代よりも良くなったと思わせることでその負い目も消していけるだろう。これで良かったのだと、正しい選択をしたのだと、自らの行動を正当化する理由を与えてやらないと。

 本当、大名も楽じゃない。


 越前の実権は斯波家に戻すという約束だから、俺が直接越前を統治するわけにはいかない。斯波義統には六角家から補佐の者を何人か付けておくか。


 ……そういや、朝倉景紀が暗殺を狙って来るということは無いよな。

 そういうタイプの男じゃないとは思うが……。


 念のために警護を強化しておこう。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 篠原長政と朝倉景隆 共に六角と敵対した大名の忠臣ですが 対応が正反対ですね。 主人公は三好千熊丸を保護し娘婿として後見した実績があるのですが……。 [一言] 地獄への道は善意で舗装されて…
[良い点] 一応一矢報いた朝倉景隆 [気になる点] ああ成程。主人公にとっては景紀は「3度も自分から生き延びた男」なのか。 [一言] 更新お疲れ様です。 両者ともにポイント稼げたと言えそうですが、結…
[一言] これ朝倉景紀を義景ともども逃がしたのは正解だと思うな。 朝倉の当主が細川晴元に匿われてるなんて斯波義統が知ったら、せっかく復帰した越前を守るために六角と協力するしか選択肢が無くなるからちょう…
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