稙綱と定頼
・大永元年(1521年) 十月 近江国高島郡 朽木谷館 朽木稙綱
「くそぉ!なんだこのザマは!仮にも武家を統べる幕府の臣たる者が一守護に物も申せぬとは!
情けないと思わんのか!」
ええい腹が立つ!何故六角如きの風下に立たねばいかんのだ!
「若殿……いえ、殿。お気を鎮められませ。そうは申されても松田殿も退いてしまわれた以上、六角四郎様のお下知に従う他はありますまい」
「六郎!貴様は腹が立たんのか!近江守護の家とは言え、四郎めはまだ守護に任命されたわけでもないのだぞ!『近江の段銭は己が差配するから幕府は口を出すな』などと思い上がった物言いをされて、幕府は何も言い返せん!六角四郎の増長ぶりにも腹が立つが、それに言い返せない幕府にも心底腹が立つ!」
「……仕方ありますまい。今や六角様は管領様からも頼りにされるお方でございます。その六角様に物申せる幕臣などは……」
家臣の野尻六郎がため息を吐いて首を振る。
そんなことは俺にも分かっている。だが近江南郡ならばともかく、この高島郡のことにまで六角に口出しをさせる謂れはないはずだ。
くそぉ……従うしかないのか……
何故腹が立つかは分かっている。あ奴が俺と年が変わらん若い当主だからだ。
にも関わらず、俺はあ奴の風下に立たざるを得なくなっている。力の差はあれど、少なくともこの高島郡の事は高島郡の佐々木家が差配するべきだろう。
高島郡のことは、高島家か田中家、さもなくば朽木佐々木氏である俺であるべきだ。実際幕府は最初は俺に高島郡の段銭を取りまとめるように言って来たのだ。
それを何故守護でもない六角に口出しをされなければならんのだ。
くそっ!
「幕府からも正式に六角様を通じて段銭を納める様に言って参った上は、お腹立ちを抑えて六角様に従うのが上策かと……」
ふん!
……やむを得ぬか。くそっ!腹立たしい限りだ!
大永元年(1521年) 十月 近江国蒲生郡 観音寺城 六角定頼
「御屋形様、御指示通り文を届けて参りましたが……」
「弥五郎殿の様子はどうであった?」
「それが……その……」
「腹を立てておっただろうな」
「……はい」
香庄貞信が消え入りそうな声で肯定する。そんなに気に病むなよ。腹立てるだろうとこっちも思ってるんだからさ。
「はっはっは。あの御仁も相変わらずだな。お主が気にすることじゃない」
鷹揚に笑ったことで香庄も安堵の表情になる。そうそう、お前が気にすることじゃないよ。
細川高国が出奔した足利義稙の代わりに足利義澄の遺児である亀王丸を迎えた。
元服させて将軍位を継がせる為だが、その亀王丸の元服費用の段銭を寄越せと言って来やがった。
アイツは俺の事を金ヅルかなんかだと思ってるな。まあ、そのうち没落しちゃうからそれまでの辛抱だ。
……そういや高国を没落させるのも定頼だったな。今から吠え面見るのを楽しみにしてやる。
ま、その意趣返しというわけでもないが、近江国内の段銭は俺が取りまとめるから、幕府から高島郡の段銭徴収に来た松田には帰れと言ってやった。段銭の取りまとめを行うということは、取りも直さず近江のことは俺が差配すると宣言したことになる。
表面上は俺は高国の第一の協力者だ。俺に物申せる幕臣なんか居やしない。
これ以上幕府なんぞに近江に口出しされたくはないからな。
もっとも、朽木稙綱にとっては面白くないことは確かだ。
幕臣として、将軍側衆として散々に忠誠を尽くした末に、俺に従えと幕府から言われたんだから。
朽木弥五郎稙綱か……
この前稙綱が家督を継いだ時に一度会ったが、俺は嫌いじゃないタイプだな。
俺にライバル意識むき出しで、目を合わせている間中ずっと俺の顔を睨んでいた。
要するに正直なんだな。
誰でも内心では、俺のような若造が権勢を誇る高国のお気に入りじゃあ気に食わないという気持ちはあるだろう。でも、それをあからさまに態度に表す奴は居ない。高島も田中も、公家の山科も飛鳥井も、誰も彼もがおべんちゃらに愛想笑いだ。
それが大人の対応だってのも分かってるし、それに腹を立てるほど俺も子供じゃない。
だが、馬鹿正直に俺にライバル意識むき出しでかかって来る稙綱を見るとほっこりする。愛想笑いもおべんちゃらも無しで、俺に負けてなるものかという気概を正面から見せて来る男なんてそうは居ないからな。
定頼も稙綱のことは嫌いじゃなかったんだろう?
わかるよ。あれやこれやと戦に協力させ、朽木に何かと理由をつけては知行を与えているもんな。
高島郡は朽木稙綱に治めさせたかったんだろう。俺も朽木が高島郡筆頭の方がいいな。馬鹿正直な男というのは、逆に言えば味方になれば心底信じられる男ということでもある。
元服と言えば、俺にも子供が生まれた。
幼名を亀寿丸、後の六角義賢だ。まあ、やることやってりゃ当然そうなる。家中は大騒ぎだよ。”志野のお手柄だ””六角家のお世継ぎ誕生だ”って。
俺も頑張ったんだけどな……
何にせよ、目出度いことには変わりがない。それにやっぱ、子供は可愛い。
不思議な気分だよ。俺にとって六角義賢は歴史上の人物だ。でも、今は俺の可愛い息子だ。
亀寿丸の顔を見ると切ない気持ちになる。こいつは今後、俺の作った家臣団の統率に苦労し、息子の義治の暴走に振り回され、挙句の果てに織田信長に城を追われて後半生を地に潜んで細々と生きざるを得なくなる。
最後には豊臣秀吉のお伽衆、つまり茶飲み友達として捨扶持を貰って天下という舞台とは無関係に生きるしかなかった。戦国時代に天寿を全うできたのは幸せなことなのかもしれないが、それにしたって華やかな前半生とは雲泥の差がある。
何がこの子にとっての幸せなのかはわからない。もしかすると最後に気楽な隠居生活が送れたのは、それはそれで幸せだったのかもしれない。
だが、親としちゃ息子の苦労する姿なんて見たいものじゃない。出来ればそんな苦労はさせずに過ごさせたい。まあ、その頃には俺は死んでるから目にすることはないんだけどね。
切ないなぁ……やっぱ。
・大永元年(1521年) 十二月 近江国蒲生郡 観音寺城 六角志野
すやすやと眠る我が子を見ていると安らかな気持ちになる。
この子は私の子であり、四郎様の和子。女に生まれて、お慕いする殿方の御子を授かるなんて、これほどの幸せはありません。
ですが、四郎様は亀寿丸の顔を見ると何故か切なそうな、やりきれなさそうな顔をされます。
私が子を産んだことを喜んではおられないのでしょうか?
私がこの子をお腹に宿している間、お側に誰かお仕えする方をと言っても四郎様は頑なに側室を持とうとはされない。
嬉しいのだけれど、それでは四郎様が不自由されるのではないかと心配になります。
「御裏方様。お連れ致しました」
侍女のヨネから声がかかった。頼んでおいた乳母が見つかったのでしょう。
「良き方は居られましたか?」
「はい。近頃ご城下に参られたご家臣の中で、後藤様のお側女の方が女子を出産されたとの事。お願いに上がったところ、快くお引き受けくださいました」
「それは良かった。後藤殿ならば御屋形様のお側近くにお仕えされる方ですから、御屋形様も悪しくは思われないでしょう」
この子を他人に委ねるのは正直心が引き裂かれるように辛い。
でも、四郎様を不自由させることがあってはいけない。お側に仕える女が居られない以上、私は一日も早く四郎様のお側に戻らないと……
「御裏方様。それでは、亀寿丸様をこちらに……」
「待って。もう一日だけ、亀寿丸と一緒に居たい……いけませんか?」
ヨネがため息を吐いて下がる。やっぱり私は我がままなのでしょうか。
でも、すやすやと眠る我が子をもう少しだけ見ていたい……
いけない。これでは四郎様のお側に戻ることが出来なくなりそう……
大永二年(1522年) 二月 近江国蒲生郡 観音寺城 六角定頼
志野が亀寿丸を乳母に預けておれの寝所に戻って来た。
まあ、嬉しいんだけど、さすがに産後三カ月も経たずに手を出すのも気が引ける。産後は女性の体力が落ちる時期でもあるし、今はしっかりと体を養ってほしかったんだけどな。
というわけで、最近はもっぱら縁側でお茶を飲む日が多くなった。
最初は手を出されないことに不審がった志野も、今ではその辺の事情を話して受け入れてくれている。
この時代の女性ってのは献身的だよなぁ……前世じゃあ嫁から振られることの方が多かったってのに。
「御屋形様、失礼いたします」
夫婦団らんに水を差すように蒲生定秀が声を掛けてくる。恐る恐るという感じだが、別に俺も志野も気にしちゃいないんだけどな。
「京から文が参っております」
「管領殿からか。やれやれ、しつこいな」
「はあ……御屋形様は何故それほどまでに上洛を嫌がられるのでしょうか?」
素朴な顔をして聞いてくる顔が可愛いなコイツ。
「好かんのだよ。管領殿が」
「しかし、御屋形様は管領様にご協力なさいましたし、今も管領様の第一の協力者として……」
「それとこれとは別だ。協力はするが、好きか嫌いかで言えば嫌いな男だよ。管領殿は」
定秀が困った顔をしているな。まあ、そろそろ俺も意地張っても仕方ないか。
「文をこちらへ」
定秀にそう言うと、震えながら文をこっちに寄越してくる。俺ってそんなに怖いのかな?
そういや最近将棋でボコボコにしちゃったから、それでビビってるのかもしれん。
文を見ると予想通り、高国から上洛の催促だ。
まあ、元服した新将軍に高国派の主力が挨拶も無しじゃあ高国の沽券に関わるってことだろうな。
やれやれ、仕方ない。
「志野、済まんがしばらく京へ行く。お前はゆっくり体を休めておいてくれ」
「はい。お早いお帰りを」
「何、すぐに帰ってくるさ」
そう。すぐに帰ることになる。
今年は日野の蒲生を攻める。