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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある小屋にて

作者: 青葉

 雨が降っていた。

 突然降り出した強い雨だった。台風が梅雨前線を刺激しているらしい。朝の基地食堂で見た、お出かけには傘を忘れずにと、口を酸っぱくして言っていたお天気キャスターのことを思い出しながら、ひとりの若い兵士が、小屋の前で、雨止みを待っていた。

 壁にはカタツムリが這っていた。

 朝から小規模な戦闘が勃発し、付近の哨戒を命じられ、同僚とふたりで任務をこなしていたのだが、いつの間にかはぐれてしまったようだ。

 実についていない。雨の影響か無線も繋がりづらく、双方間での連絡が全くつかなくなってしまっていた。

 彼らが相手にしているのは、反政府ゲリラである。数年前に、大手テロ組織から武装援助を受けた反政府組織のデモ隊たちが一斉に蜂起し、内戦状態に陥ってしまった。

 彼らが所属するのはもちろん政府軍である。

 戦線は膠着し、今では大規模な戦闘はなく、小規模な銃撃戦が発生する程度になった。


 胸のポケットからひしゃげたラッキーストライクの箱を出し、中身を咥え、火をつけた。そうして一服しながら、未だに帰ってこない妹のことを考える。タバコを吸う時はいつもそうだった。

 彼の妹は、一年ほど前に「買い物に出かける」と言ったまま帰ってこなかった。既に両親は死に、妹と二人で暮らしていた。

 一年以上行方不明。恐らく生きてはいまいだろうが、彼は諦めきれていなかった。

 まだ一年。たった一年だ。必ず彼女は生きていると、信じて疑わなかった。

 タバコの三本目に手を出そうとした頃には、雨も少し弱まっていた。

 壁のカタツムリは、どこかへ行ってしまっていた。


「いやあああああ!!!お願い!!!!なんでもするからぁあああああ!!!!!」

 突然の女の悲鳴。小屋の中からだった。

 続いて誰かが倒れ込む音。そこから、女のすすり泣く声に変化した。そして何人かの話し声が聞こえた。男の声だ。

 ただ事ではない状況に、彼は小屋の中への突入を決意した。

 制式採用銃で、全兵士に支給されているFN-FNCのマガジンを外し、残弾を確認して装着。コッキングレバーを半分ほど引き、薬室内に5.56mmNATO弾が装填されているか目視で確認。その後、指で触って確認する。

 サイドアームのコルトM1911A1も同様の手順で確認する。その後、腰のホルスターへ納めた。

足音を立てないように、ドアの前へ移動する。

 深呼吸を2回。脳に酸素を行き渡らせ、意識をはっきりさせる。

 安全装置を外す。引き金に指をかける。

 ドアを、蹴破る。


 勢いよく開いたドアと共に、小屋の中へ突入し、瞬時に相手の人数を確認する。

 武装した男が3人と、倒れている女が1人。

 1番女の近くにいた男に照準を合わせ、息を止め、脊髄から、腕の神経、更にそこから人差し指の神経に電気信号を伝達し、引き金を引く。シアが外れ、撃鉄が撃針を叩き、撃針がまた雷管を叩く。それによって薬莢内の火薬が爆発し、その勢いで弾き出された重さ約4gの弾丸が、銃身内で回転を加えられながら、毎秒940mの速度で男に向かう。

 それと同時に空になった薬莢を排出し、マガジンから新しい弾薬を装填する。

 1人目の男に着弾。背骨と肋骨の間をすり抜け、男の心臓を撃ち抜く。止まることを知らない心筋を、鉛でできた銃弾で穴を開けることによって強制的に止める。

 続いてもう1人。1人目の男の50cm程右に立っていた男に照準を合わせ、2発撃つ。

 男の高い鼻と、そのすぐ上の眉間に着弾し、後頭部から頭骨と血液、そして脳細胞の破片を撒き散らしながら、2人目の男も倒れた。

 最後の3人目は、1人目の男の1m程左側に立っていた。胴体に照準を合わせ、発砲。だが弾がそれ、二の腕と肩にそれぞれ2発ずずつ着弾し、男が悶絶する。

 そのまま周囲を確認し、FNCの予備のマガジンをポーチから取り出し、前に入っていたマガジンの残弾を確認した後交換する。

 ゆっくり男に近づき、M1911A1をホルスターから抜く。

 安全装置を外し、呻き声を上げる男の頭部にむけ引き金を引く。.45ACP弾が頭蓋骨、大脳、小脳、そして脳幹を貫通し破壊。完全に生命活動を停止させた。

 M1911A1をホルスターへ納め、女の方に歩いていく。


「もう大丈夫ですよ…安心してくだ…っ?!」

 顔を見て驚愕した。倒れていた女は、助け出した女は、一年前に失踪した、彼の妹だった。

「アン、なのか…?」

 妹の目を見て問う。どこにも焦点があっておらず、虚ろな目をしていた。

 何も答えない。

「なぁ、アンなんだろ…?兄さんだよ、お前の兄さんだよ!」

「にい、さん?」

「そうだ、俺のことがわかるか?」

 また答えはない。

「家に帰ろう、アン。また一緒に暮らそう…な?」

 そう声をかけた瞬間、妹が暴れだした。

 凄まじい力で彼を蹴飛ばし、馬乗りになる。

「いやよ…いやあ…!そんなことよりも早くちょうだい…あの薬を…!!早くちょうだい…にいさんなら助けてよ…あたしににいさんなんていたのかわからないけど…!!早くちょうだい…!!!早く…早く、早く!早く!!早く!!!」

 そう言いながら、彼の胸ぐらを掴み激しく揺さぶる。

 顔と声は妹そのものもだが、中身は別人だった。


 そして、彼の中の何かが崩れた。


 素早く女の手を捻り、引き剥がす。

 そして左の掌底で顎をつき、仰向けに倒し馬乗りになる。

 立場が逆転した。

 そのまま左手で首を抑えつつ、右手でM1911A1を抜く。

 親指で安全装置を外し、

 引き金に指をかけ、

 右腕を持ち上げ、

 銃口を女の頭に押し付けながらこう言った。


「お前は、アンじゃない。」


 言い終わると同時に引き金を引いた。

 ハンマーが落ち、直径およそ10mmの弾丸が、コンマ1秒のタイムラグもなく着弾し、それと同時にスライドがブローバックする。

 一連の動作を終えた頃には、妹によく似た別人の女だったものが、そこに転がっていた。


 額と後頭部から、血と「何か」を垂れ流しながら。


 彼と彼の妹の行方は、誰も知らない。




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