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贅沢クリームの毒イチゴのショート

物体複製機

作者: 坂井ひいろ

「ついに完成したぞ。人類の生活を根底から覆す究極の発明だ」


 博士は研究室の中央に鎮座する巨大な冷蔵庫形の金属ボックスを見つめた。どこの大学にも、企業にも属さず十年の歳月と自費を投じて開発したそれは、世間から完全に隔離された技術で創り上げられていた。


「うはははは!物体複製機の完成だ。これさえあれば。こいつさえあれば、どんな欲望も実現できるぞ」


 博士は思わず大声で叫びそうになって口を手で覆った。この研究成果を世界に発表して、名声を一挙に手に入れることも考えたが、世の中は世知辛い。直ぐにコピー品が開発されて長年の苦労が台無しになってしまう。発表するのは一財産を築いてからだ。


 博士は財布の中に残った最後の一万円札を取り出して装置の中に入れた。この物体複製機の開発には莫大な費用がかかった。家も車も何もかも売り払って開発を続けたためだ。博士はこれまでの苦労を思い出しながら物体複製機のスイッチを入れた。


 装置はブルルと微かな振動を発生させて起動した。


「スキャニングを開始します」


 女性の電子音が装置から発せられる。前面に設置された液晶モニターに、内部の様子が映し出されている。赤いレーザーが一万円札の上を行き来して原子構造を読み取っている。程なくして複製に必要な材料がリストとなって提示された。


 コピー用紙、油絵具、マグネット、・・・。


 どれも近所のホームセンターで売っているありふれたものだ。この物体複製機は中に入れたものを原子レベルまで解析し、その原子を含んだ最適な材料を選び出してリスト化してくれる。後はその材料を購入して中に入れるだけ。原子レベルに分解してから、再構成してくれると言う仕組みだ。


 つまり、複製物はオリジナルと全く同じ。本物なのだ。材料さえあればいくらだって複製できる。金の合成はできないが、炭素を材料にダイヤモンドは作り出せる。


 余った材料はストックして次に使い回すこともできた。もはや巨大工場は必要ない。この装置自体を複製して並べて置くだけで、どんな複雑なものでも瞬時に大量生産が可能だ。


 部品の組み立ても不要。様々な生産設備も不要。工員も管理者も不要。まさに夢の全自動ファクトリーだ。だが博士はこの装置の危険性を十分に理解している。この技術が世間に洩れれば、ほぼ全ての工場が一瞬にして倒産し、大量の失業者が街に溢れかえる。


 博士は研究室のドアに、何重にもカギを掛けてからホームセンターに向かった。


・・・・・・・・・・


「二十億円を作り出す材料がたったの数千円!しかも複製時間はものの一分にも満たない」


 分かっていたこととはいえ、二十億円の現金を目の前にして震えが止まらない。成功の喜びもさることながら、とんでもないものを開発してしまった。社会も経済もひっくり返ってしまう。


 博士は続けて食糧の複製を試みた。材料は水と空気、ホームセンターで簡単に手に入る肥料などの少量の無機物。ほとんどお金がかからない。


 松坂牛も鰻も調理された状態で複製できる。ご飯やパンなどの主食もだ。この瞬間、人類が抱える食糧問題は永遠に消え去った。農薬問題も輸送問題も解決。絶滅が危惧される食材でも無尽蔵に作り出せる。内蔵や皮などの廃棄物も出ない。


 この物体複製機自体を複製して、一家に一台普及させれば、農業も漁業も加工業も外食産業もすべて不要となる。食糧だけではない。衣類だって家電製品だって全て原子でできている。


 あらゆる産業が不要となるのだ。物体のデータをインターネットからダウンロードして複製するだけ。電子レンジと変わらないくらいお手軽だ。


「とんでもない品物だな。経済も社会も崩壊させかねない」


 博士は恐ろしくなった。スキャンするものが手に入らないので試すことはできないが、拳銃やミサイルはおろか原子爆弾だって作れてしまうだろう。日本を一夜にして世界一の軍事大国にすることだってできる。


 しかし、それでも科学は前に進まねばならない。博士は気を取り直して最終実験に入った。お風呂につかり体を清める。自ら物体複製機の中に入り自分のデータを記録する。生体複製はもっとも難しい課題だ。


 生きているものは、化学反応などで内部の原子が常に変化している。瞬時に作り出さなければ、体が崩れてしまう。が、それすら対策済。博士の仕事は完璧なのだ。材料は食料とほぼ同じ。タダ同然だ。


 博士は意を決して物体複製機のスイッチを入れた。


 グイーン。


 プシュー。


 扉が開かれる。


 中から博士そっくりの人物が現れる。実験は大成功。人類は不老不死まで手に入れた。もはや神と言っても過言ではない。博士そっくりな人物が博士に告げる。


「やりましたな!」


 博士も彼に答える。


「ああ、成功だ!」


 二人になった博士は、物体複製機で作り上げた豪勢な料理と酒で成功を祝った。そして今後の事を小声て相談し合った。


「では人類の未来のために最後の仕事に取り掛かるか」


「そうだな」


 二人は無言で物体複製機の分解を始めた。後に残ったのは最初に複製した、番号が全て同じ二十億円の札束。二人はそれを分け合って研究所を閉鎖した。


 一人なら欲望にそそのかされて暴走してしまうこともあるだろう。二人なら、どちらかが止めに入れる。番号が同じ一万円札だから一度にまとめて使うことはできない。目立つことも抑えられる。人類が正しい道を選択するまで・・・。






おしまい。

お読みいただいてありがとうございます!

このお話には「偽札事件」という続編のショートショートがあります。

続けて、お読みいただけたら嬉しいです。

ご意見、ご感想をよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 物質転送装置の後に、こちらを読ませていただきましたが、 こちらの装置が自身が考えてた、疑似転送装置のイメージが近かったです。興味深い話ありがとうございます。
[良い点] 大変面白かったです。 最後も、「そうオトすかー」という感じでした。 ショートショートとしての逆を突くような。 デキる上に出来た人ですね博士。 [一言] 考えるだに夢のような装置ですが、私と…
[良い点] 拝読させていただきました。 何でも作れてしまうというところが、夢があって良いですね。 もし本当にこんな機械ができたら、私も、一度くらいは使ってみたいです。
感想一覧
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