表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

「pink」「エンド・オブ・ザ・ワールド」について

 岡崎京子の「pink」と「エンド・オブ・ザ・ワールド」を買ってきて読んでいた。岡崎京子作品においては、岡崎の言う所の愛と資本主義が基本的なテーマとなっている。そしてそれにもう一つ付け加えるなら、暴力の要素であろう。


 この愛、金、暴力というのは、我々の平和 (だった) 日常生活の裏側にあるものとして、作家らの基本的なテーマとなってきた。しかし、岡崎京子がその他の作家とレベルが違うと僕が言い切れるのは、岡崎京子はそこに一つの空虚を見ているからだ。そこがまず違う。そしてこの事は村上春樹や村上龍と完全に通底する事であろう。つまり、そこでは、様々な、セツクス、死、金への執着という事が、人間にたいする深い愛と軽蔑の眼差しで切り取られている。そしてこうした際、岡崎ほどのレベルではない作家においては、それ自体が目的となってしまう。つまり、彼らにおいては、セックスや金や暴力を描く事そのものが「文学的」とか「芸術的」とかいうように勘違いしてしまう。しかし、それはそうではない。我々の生活は一つの空虚の目ーーーつまり、作家の目を通して、始めて意味があるのだ。小林秀雄が、「真の作家には一度人生を廃業した目がある」というような事を言っていたと思う。(うろ覚えだが) 小林の言っている事はおそらく、そういう事であると思う。つまり、事象それ自体に意味があるのではなく、それに意味を持たせるの作家の眼であり、そしてこの作家の目はその時、空虚に透明で乾いていなければならない。色眼鏡のある目では、悲しみも怒りもその筆に盛り込む事はできないのだ。


 岡崎作品では、主人公などがふいに空を見上げて、茫洋とした気持ちに浸る、印象的な場面が出てくる。そしてその時の台詞は大抵、散文詩的なものとして出てくる。僕の理解では、岡崎作品の一番底にあるのはこの空虚の海であるように思う。つまり、この点を底点として、岡崎作品の世界は作られている。一種の透明な空虚感が底にある為に、そこにセックス、暴力、死、金、愛の問題を盛り込む事ができる。岡崎作品は全体的にドライな空気が流れているが、それは絵柄の問題でもあるだろうし、何よりも、岡崎京子の世界観に関わる事柄だろう。「pink」では、どうしようもなく醜い人物ーー主人公のデリヘル嬢と性行為をした後に主人公に説教垂れる中年男ーーなどが出てくるが、岡崎京子はそれに対して、少々の憤りを込めつつも、しかしさらりと書いてみせる。ここでは、ドライな感覚を持たなければ、人の醜さは現れえないという、岡崎京子の見事なバランス感覚が出ていると思う。岡崎京子は人の醜さに対して憤る前に少し立ち止まって、それを注視しようとする。そしてその、透明で乾いた、冷たい目の中に、人の醜さも温かさも、逆転して生まれる事ができるようになる。我々は自らを空虚とする事で、全てを描く事ができる。作家というのはそういうもので、おそらく、本当の意味での作家修行というのはそういうものだろう。筆先だけでごちゃごちゃやって傑作が書けるようになるとは僕には思えない。例えば、モーツァルトはおそらく、常に実人生の上を飛翔していた人物だった。モーツァルトはおそらく、常に透明で空虚で乾いた泉に一人腰をおろしていた永遠の少年だった。そしてそこから現実を見つめる時に、一種の悲しみが現れる。真の作家(アーティスト)の表す悲しみとはおそらく、そういうものだろう。


 岡崎京子の作品は、村上龍と同じように、高度資本主義を基礎とした作品であるので、これから少しずつ時代とぶれていくだろう。それはおそらく、避けられない。しかし、岡崎京子の作品に普遍的価値があるとすれば、それは岡崎が世界を見るその目のーー冷たさと温かさにある。彼女は空虚で乾いた目で世界を反転して見るが、そこでの人物は乾いた劇を演じながらも、最期には透明で冷たい泉のような場所にたどり着く。そしてそここそが、おそらく、詩人としての岡崎京子の本来の場所なのだろう。岡崎京子は実に詩人的な漫画家で、僕であったらーーー彼女に中原中也賞(あと芥川賞も)をあげたいと思う。そんなものいらない、と言われるかもしれないけど。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ