第1章#4 闇と獣
闇が獣の姿をした様な、頭部に大きなツノのあるそれは、僕が走り出したのとほぼ同時にこちらに向かって突進してきた。僕よりひと回りほどあろう大きな体から、泥を撒き散らすように、べっとりとした黒いモノを撒き散らしながらーー。
「!!」
それが付着した木々が溶けるように枯れていく。地面も瞬く間に枯れ草になり黒い泥のようなものだけが残った。
「お前が原因か!」
全力で突進してくる闇の獣のツノを剣で受け止める。その瞬間、衝突の衝撃でそれの体から飛び散った黒いモノが僕の身体中に降り注いだ。
「うッーー!!」
まるで火傷の様な痛みが全身を襲う。だが、怯まずツノから頭を真っ二つにするイメージで腕に思い切り力を入れた。しかし、獣は巧みにそれを受け流し、跳び下がって距離をとった。
「なんなんだ…あれは…」
効果がないのか、勇者の装備だからなのか、服は木や草みたいに溶けていない。だが、肌に当たった箇所は腫れ上がり、酷い火傷のような痛みを発していた。
「ア゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ンーー」
突然、奇怪な音が鳴り響く。闇の獣が鳴いているのだと気付いた瞬間、空中全方向から小さな塊が飛びかかってきた。
その刹那、僕の脳裏にはっきりと1つのイメージが浮かびあがった。
「ーー疾風ーー」
木々を駆けるように跳び移りながらの高速剣ーー空中で剣を鞘に収めた時には小さな塊は全て地面に落ちて動かなくなっていた。
「ア゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ンーー」
!?まだ来るのか!
着地するや否や今度は木々の間から数え切れないほどの獣が突進してくる。殺したくはないがーー
「幻影奇襲」
ーー仕方ない。緩急をつけた、残像が見えるほどの高速移動。実体を捉えさせることなく全てを斬り倒す。
湧き出るこのイメージが自分のゲーム脳としてのものなのか、勇者の記憶なのかは分からないーーだが勇者の身体は見事にそれを体現して見せた。
「終わりだ!」
最高速度を保ったまま闇の獣に斬りかかる。
「オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ン!」
獣は一瞬反応してみせたが抵抗する間もなく地面に倒れこんだ。
「はぁはぁ…」
全身軋むような激痛と、火傷のような酷い痛み。そういえば、病み上がりなんだったか。僕は膝から崩れ落ちた。だけどーー
ーーだけど、倒せた。
以前の僕ならこんなこと出来るわけがない。正直逃げ出していたはずだ。これが生まれ変わった効果なのだろうか…
大丈夫、僕はやり直せる…
僕は地面に倒れて動かなくなった黒い塊を見つめながら興奮した心を落ち着かせていた。