料理と言うのは難しい
難波康介くん視点です。
なんだこのゴリコリした食感は・・・。
まずは時間のかかりそうなカレーから作ってみたのだか、一口食べただけでニンジンやジャガイモが煮えていないことがわかった。
「はぁ~、カレー粉の箱に書いてあった通りに作ったのに・・。」
あの野菜を一口大に切るというところが違ったのだろうか?男の口と女の口は大きさが違うよな・・。新選組の近藤勇なんかは口の中に拳骨が入ったっていうし、やはり野菜は女の口の大きさに合わせて切るべきだったらしい。
しょうがないのでご飯にかけたカレーを回収し、悦子先生に勧められて買ってきたカレー粉がくっつきにくいタッパーに入れて電子レンジで火を通した。
その結果水分がなくなってトロミがしつこくなったが、なんとか食べられる代物になった。学生時代の調理実習の時に、女性陣に任せっきりにして経験を積んでこなかったことが悔やまれる。
鍋に残ったカレーは、水を足してもう一度火にかけた。
しかしぼんやりテレビを観ているうちに鍋から焦げた臭いがしてきて慌てて火を止めたのだが、鍋底にカレー粉がくっついて取れなくなってしまった。
「やっべぇ~。」
なんとか食べられそうな上の部分だけをタッパーに入れて、焦げた鍋に水と洗剤を入れて流しに置いたままにする。
これ、コゲが取れなかったら鍋を買わなきゃならないのか?やれやれ、最初から大失敗だな。
・・・料理というものは難しいものだ。野菜の皮を剥くのも大変だったのに、後の調理で上手くいかなかったら疲労感が半端ない。
カレーは簡単だと聞いていたが、いろいろコツがあるんだな。レトルトパックがもてはやされるのも無理もないことなんだ。
その日の夜は、焦げ付いたカレーの臭いの中で寝ることになった。研磨剤の入った洗剤と消臭剤を買いに行かなきゃ・・・と思いながらも、引っ越しの疲れであっという間に寝てしまった。
僕は知らなかったが、アパートの他の住人達は少しの間、火事を心配していたらしい。その事を後で聞いて恥じ入ることになってしまったのだが・・・。
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月曜日の朝、仕事に行くために自転車にカバンを入れていると、若い男の子に声をかけられた。
「おはようございますっ。」
「あっ、おはようございます。」
「すみません。お兄さんってこれから市役所に行くんですよね。」
「・・・ええ。そうだけど。」
「ケンマチャットが道がわからないって言うんで、市役所まで一緒に行ってやってくれませんか?」
「ああ、そんなことならお安い御用だ。ケンマチャットさんはどこの学校に行ってるの?」
「駅前の日本語学校なんすよ。普段はバスなんだけど試験の間だけ、俺の自転車を貸そうと思って・・。」
へぇー、親切な男の子だな。男の子の後ろで自転車と一緒に待っていたケンマチャットさんがニッコリ笑って僕にお辞儀をする。
「じゃあ、僕について来てね。」
「ワカタ。アト、イク。」
僕はケンマチャットさんがついてこられるようにゆっくりと自転車を走らせた。自転車に乗るのは慣れているようで、危なげない走りをしている。信号にかかった時に、気になっていたことを聞いてみた。
「ケンマチャットさんは、いつ日本に来たんですか?」
「シガツ キマシタ。イッペ、スグトモダチ。」
「そうなんですか、春からなんですね。日本語、上手ですね。いっぺくんと友達になって良かったですね。」
「ハイ。ニホンジン、シンセツ。ナンパサンモ、アリガトゴジャイマス。」
「いえいえ。」
でもナンパさんは、ちょっと人聞きが悪いんだけど・・しょうがないか。
始業まで時間があったので、市役所を通り過ぎたところを左に曲がって駅前の日本語学校のビルが見える所まで送って行く。
「アー、ココカラ ワカリマス。」
ケンマチャットさんも見覚えのある景色らしく、安心した顔になる。
「じゃあ、ここで。試験、頑張ってください。」
「ハイッ。カンバリマス。」
僕は自転車を来た方向に向けて、市役所裏の職員駐車場に向かった。
この町にはケンマチャットさんのような外国人の人もいるということを資料の上では知っていたが、実際そういう人と知り合いになると、外国人目線で町の住み心地を考えてしまう。
保険屋さんの松永さんの言っていたゴミ収集のことも合わせて、外人向けのゴミ表示のことも言っとくかな・・・。
その日の昼休み、昼食を済ませた僕は駅前のドラッグストアで消臭剤とクレンジング洗剤を買った。店から出たところで、道の反対側の歩道をキクエさんが男の人と歩いているのが見えた。
へぇー、カッコいい人と歩いてる。キクエさんも隅に置けないな。
気になってチラチラ見ていると、その男の人が僕に気付いて手を挙げた。
「やぁ、難波さんっ!」
・・なんとその人は隣の部屋の立花右京さんだった。髪も髭もスッキリして、洒落た服装をしていたので全然わからなかった。立花さんは堂々としていたが、キクエさんは立花さんに見えないところで、口に指をあてて誰にも言うなと僕に知らせて来た。
僕はわかったとキクエさんに小さく頷いて、立花さんに「こんにちは。」と挨拶だけして、忙しいサラリーマンのようにその場を去った。
キクエさんは、立花さんとつき合っているのだろうか?でもそれを知られたくない?
・・・よくわからない関係だ。
僕は市役所へ戻る道々、ぼんやりと二人のことばかり考えていた。