いろいろあります
フミちゃんは何の用事だったのでしょう。
今回は前半が日村悦子、後半が難波康介視点になっています。
隣のフミちゃんが言うには、カメ太郎が失踪したらしい。
「忍者の修業が嫌だったのかなぁ・・・。」
「そうだねぇ。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。カメ太郎を見つけて聞いてみないことにはわからないでしょ。水槽のフタはしてたの?」
「うん。でもさっき見たら開いてた。」
「・・そうか。家の中は探した?」
「まだ皆で捜してくれてる。でもお母さんはどっかから出て来るからしばらく様子を見たらって言うんだもの。」
「お母さんの言う事にも一理あるかもね。カメなんだからそんなに遠くまで行けないでしょ。私も庭の方を注意して見とくから。」
「ありがと。うちから出て何処かに行くとしたら、悦ちゃんちの庭か公園でしょ。」
反対の西側もあるけど・・・そっちは神木のおじいさんの家だから、どうもフミちゃんは考えの中に入れていないようだ。頑固者の煩いおじいさんだから片山家の子ども達は敬遠している。カメ太郎も好き好んで行くはずがないと思っているようだ。うちの庭にいなかったら、私が後で神木さんにも聞いといてあげたほうがよさそうだ。
フミちゃんが帰ってから、私も庭を探してみる。おばあちゃんから受け継いだうちの庭には色々な木や草花が植えてある。庭の奥には畑もあって、初心者が作りやすい夏野菜も植えてあるのだ。
「カ~メ、カメカメ。カメ太郎~っ。」
名前を呼びながら植木鉢の影なども探して回ったが、カメ太郎はいなかった。
「どこに行ったんだろうなぁ。でもカメといえば水場よねぇ。」
やっぱり神木さんの家の方じゃないかしら。片山家と神木家の間には小さな溝があって、それが裏の川に続いている。・・・でももし川に入ってたらもう諦めるしかなくなるわね。そうなるとフミちゃんはショックだろうなぁ。カメ太郎はフミちゃんの長年の相棒だからねぇ。
私は西側の神木さんの家に行ってみることにした。
道沿いでもきょろきょろとカメ太郎を探しながら歩く。片山家の西側の溝を覗いていると、一平君が家から出て来た。
「悦ちゃん先生、ごめん。カメ太郎を探してくれてるの?」
「うん。一平くんは今日はバイトなかったんだね。」
「今日は夜なんだ。ケンマチャットが明日は休みだからね。」
「コンビニも大変ね。」
一平君とタイ人のケンマチャットさんは同じコンビニでバイトをしている。まだ日本語の覚束ないケンマチャットさんは基本、夜の勤務に入っているようだが、日本語学校の試験がある時には何日か続けて休みを取る時がある。そんな時に近所同士のよしみで、一平君が代わりに夜のバイトに入ってあげているようだ。
「俺がここの溝を辿って川まで行ってみるから、悦ちゃん先生は神木さんちに行ってみてくれる?どうもあのじいさんと話すのは苦手でさ・・。」
「ふふ、わかった。行ってみるね。」
神木さんのおじいさんにカメ太郎の事を聞くと、ぞんざいな口調で「そんなものがどこにいるかなど儂が知るわけがなかろうっ。」と怒鳴られた。
もしカメを見かけたら教えて下さいとだけ言っておいて帰って来た。
本当にどこにいったんだろうなぁ。修行の成果が出て忍者になっちゃったとか・・・ふふ、まさかね。
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ダンボール箱を外でまとめていると、学習塾の日村さんがふらふらと植木の下を覗き込みながら歩いて行くのが見えた。
・・・ぽうさん横丁には変わった人が多いようだ。素敵なお姉さんなのに残念だなぁ。
僕は首を振りながらため息をついた。
そんな時に、一人の若い女の人が僕の前に立ちはだかった。
「ちょっと、正人さんはどこに行ったのよっ。」
「正人さん?」
藪から棒に失礼な人だ。これが知らない人間にものを聞く態度だろうか。
その女の人はケバケバしい化粧をして、露出の多い濃いピンクのラメのタンクトップ姿で好戦的に僕を睨んでいた。
身体に沿ったピチピチのスカートと転びそうなほど細いピンヒールの靴を履いていたので思わずぼんやりと太ももの辺りを眺めてしまった。そんな僕の態度に焦れたのだろう、女の人の声はより甲高くなっていった。
「正人さんよ。酒・井・正・人。」
ハッとして、質問に答える。
「そんな人は知りません。・・というか僕はここに昨日引っ越して来たばかりなんです。どなたか長年住んでいる人に訪ねてみられたらどうですか?」
ついつい住民対応の腰の低い言い方になってしまう。
「んもうっ、使えない男ねっ。」
その女の人はプリプリしながら階段を登って、右端のキクエさんの部屋に突撃して行った。
・・・キクエさんの知り合い? まさかね。
酒井正人って誰だろう。僕の部屋に以前住んでいた人かなぁ。それともまだ見ぬ右隣の住人の事か?
釈然としない気持ちを抱えながらも、家の中に入って部屋の片づけをしていく。あちこちに物を置いてみると、収納の難しいものがいろいろ出て来た。
傘とかどこに置けばいいんだ?
ここのアパートは古い昭和の作りなので、台所などは広く取ってあるのだが収納が奥の部屋の押し入れしかない。玄関にも靴箱がないのだ。
んー、なんか棚みたいなものを買ってこないと駄目だな。
カーテンをつけ、寝床の周りとトイレやお風呂への動線上にあった雑多なものをある程度片付けると、昼飯を食べることにした。
日村さんのくれたものを先に食べてみるか・・。
コンビニ食に飽きていた僕は、ローテーブルに日村さんがくれた大きなタッパーを置いて、初めてお湯を沸かして紅茶を入れた。
お茶のティーバッグを買ってきといたほうがいいな。
今は無いので、実家からくすねて来た紅茶のティーバッグを使った。
タッパーの大部分を占めていた麻婆ナスを口に入れる。
「・・・これは、美味しい。」
なんかのんびりした変わった人だったので、正直味は期待していなかったのだが、店で食べる様な本格的な味がした。
麻婆ナスをこんなに味わって食べたことがなかったな。
身体を動かして腹が減っていたこともあって、あっという間に完食してしまった。
満足して紅茶をすすっていると、玄関の戸を叩く音がした。
「すみませぇ~ん。」
小さな声だ。女の人らしい。
よく人が訪ねて来るアパートだな。今度は、いったい誰なんだろう・・・・?
いったい誰なんでしょうね。