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不可思議な住人達

難波康介くんのターンです。

 段ボール箱を隅に寄せた部屋の中に明るい朝の光が射しこんできた。

カーテンをかけていなかったので、その日差しは寝ていた僕の顔を眩しく照らし、次第にジリジリと熱を蓄積させていく。

「う~ん。・・・あっちぃ。」

クーラーを弱冷でかけてはいたが、さすがに起きずにはいられなかった。


枕元に置いてあった眼鏡をかけて、携帯の時刻表示を見てみる。

「・・・まだ早いじゃん。やべー、早いとこカーテンをかけなきゃな。」

一度目が覚めてしまうとなかなか寝られないものである。しょうがないのでベッドから起き出して、寝汗をかいたTシャツを脱ぎ捨てる。


「あれぇ?夏服はどこに入れたっけ?」

マジックで「衣類」と書いたダンボールを開けたら薄い長袖の春物が出て来た。どうもこれは自分が荷造りをした後で母親が入れたものらしい。春物を除けてみたら、Tシャツや短パンなどの夏物が出て来た。

「クーラー病対策の長袖はいらないって言ったのに・・・。」

最近は市役所も節約・省エネが徹底しているので、クーラーはあまり効いていない。住民が訪れる窓口の辺りは少し涼しくしてあるが、康介のいる三階の外れの環境課などは半そでシャツにノーネクタイでも暑いのだ。太陽が高くなるにつれ外からじわじわと暑さが伝わって来る。汗かきの課長などは、タオルと扇子をいつも常備しているほどだ。


風呂場に行って顔を洗って歯磨きをしたが、思いついてシャワーで汗を流すことにした。

頭から水をかけてサッパリしたのはいいのだが、顔を拭くタオルだけでは濡れた身体を拭ききれず、裸のままバスタオルを探してダンボール箱をあさることとなった。

でもまあ裸のままウロウロしても誰にもやいやい言われないのが独り暮らしのいいとこだよな。


ようやく人心地がつくと、今度は腹が減ってきた。

昨夜はコンビニ弁当で済ませたからなぁ。

他には何も買ってこなかった。備え付けたばかりの冷蔵庫がまだ冷え切っていなかったので、昨日は食品を買い込むのを躊躇したのだ。

「しょうがないな。片付けは後にして、まずは買い出しだな。」


半パンのポケットに財布と携帯を入れて、外に出る。途端にむわっとした夏の空気に包まれた。

アパートの正面にある公園からはラジオ体操の音が聞こえてくる。

へぇー、ここら辺はまだ夏休みのラジオ体操をやってるんだな。

玄関に鍵をかけて公園を見ながら歩いて行くと、小学校の高学年ぐらいの女の子がしゃがみこんでカメにラジオ体操をさせていた。

「・・・カメ?」

どうしてカメがラジオ体操をしているのだろう? あの子はいったい何をしたいんだろうか・・・。


わけがわからない。チラチラとカメの様子を眺めながらそこを通り過ぎると、星の子教室・日村珠算塾と書かれた看板が目に入った。

へぇー、公園の隣にある学習塾か。いい立地だな。

そんなことを考えた途端に、垣根の向こうから勢いよく水が飛んできた。

「うわっ!」

さっき濡れた身体を拭いたばかりだったのに、左半身がびしょ濡れになっていた。・・・シャワーを浴びなくてもよかったかも。

「うわーっ、すみませんっ。かかりましたぁ?直ぐにタオルを持ってきますからっ。」

おっとりした声で謝られたかと思ったら、ガタガタと戸が開いて誰かが家の中を走り回る音がした。

僕は建物の玄関らしい開いた引き戸の奥へ声をかける。

「タオルはいいですよー。夏ですからすぐ乾きますっ。」

奥の方からトタトタと足音が駆けて来て、色白のほんわかした綺麗なお姉さんがタオルを持って現れた。

「ダメですよ。だいぶかかっちゃったでしょう。ごめんなさい。タオル、使ってくださいっ。はいっ。」

お姉さんの差し出した勢いのままに、タオルを受け取ってしまった。

「あ、すみません。それじゃあお言葉に甘えて・・・。」

タオルで水を染み込ませるように左側の肩の辺りをポンポンと押さえつける。

「どうも。タオル、ありがとうございました。」

僕がタオルをお姉さんの方へ差し出すと、お姉さんはタオルを受け取ってかぶりを振った。

「まだですよ。ちょっと、かがんでください。」

「・・はぁ。」

言われるままに腰を屈めると、お姉さんは伸びあがるようにして腕を伸ばすと、僕の頭にかかった水を拭いてくれた。

「これでいいです。ごめんなさいねぇ。猫が足元を走って行ったのにびっくりして手元が狂ってしまったんです。」

「いえ、よくあることですから。」

おいおい、僕は何を言ってるんだ。こんなことよくあることじゃないだろ。お姉さんが側に寄った時にふわっといい匂いが漂ってきて、少し気持ちが上ずっているようだ。


「じゃあ、失礼します。」

お辞儀をして、そそくさとコンビニへと歩き始めたが、心臓はまだドキドキと高鳴っていた。




**********




 三丁目と四丁目の境界を通る大通りには、たくさんの商店が軒を並べていた。この商店街が近いのも僕がここに住もうと思った理由だ。この大通りを南に下ると市役所や市民文化センターなどの行政が関わる建物がたくさん並んでいる。職場まで自転車で十五分というのもありがたい話だ。市役所では自転車通勤も奨励されている。何でもかんでもエコに繋げたいらしい。


大通りを二分も歩けばコンビニがある。これからはここのコンビニが僕の御用達の店になりそうだ。

自動ドアを抜けて建物の中に入ると、キンキンに冷えた空気に迎えられた。

あー、生き返る。

汗ばんでいた身体が安堵しているのがわかる。僕は深呼吸を一つするとカゴを持って奥の食品コーナーへと足を進めた。


朝食用のサンドイッチと昼食用の弁当、それにスナック菓子に漬物、お茶にビール等をカゴに入れてレジに並ぶ。僕の前の人は、カゴいっぱいにアイスクリームを買っていた。

こんなにいっぱい買って持って帰るまでに溶けたりしないのだろうか?近所の人なのかな?

などとどうでもいいことを考える。

「キクエさん、またアイスクリームばっかり。他にも食べなきゃダメよ。」

レジをしながら店員のおばさんが、僕の前にいるキクエさんとやらに声をかける。

「いいのよぉー。私の身体はアイスクリームで出来てるんだからぁ。」


・・・えっ、あれって何かの行事に使うんじゃなくて・・・主食?!

二人の話は興味深かったが、「マツキャク、コチラクルドウゾ。」と言われて、別のレジに向かった。

このレジをしてくれている人はどうも東南アジア系のバイトさんらしい。ぎこちない手つきで、バーコードを読み取ると、丁寧すぎる所作でビニール袋に品物を入れていく。おつりも悩みながら渡してくれたので、僕も普段はしないのだが、レシートの合計金額とおつりを見比べてしまった。

・・合ってる。よかった。

違ってたら、話が通じるかどうかわからない。


なんかコンビニで買い物をしただけなのに、おかしなことが続いたな。

そんなことを思いながら帰り道を辿っていると、僕のすぐ前を大きな袋にアイスクリームをいっぱい入れたさっきのキクエさんが早歩きで歩いている。

アイスが溶けないように早く帰ろうとしているのだろう。しかし背が低いので、急いでいるのにあまり距離を稼げていない。一生懸命に歩いている人を追い越すのは気が引けて、キクエさんの後を微妙な距離を保ちながらついて行く形になった。


キクエさんもぽうさん横丁の方に曲がってなおも歩いて行くので、なんか自分がストーカーに間違われないか心配になってきた。追い越すべきかどうしようか迷っているうちに、アパートまで帰って来た。ほっとして自分の部屋へ帰ろうと前を見るとキクエさんもアパートの敷地に入って行く。

えっ・・・ここに住んでる人だったんだ。

僕は一階の真ん中の部屋に住んでいるのだが、キクエさんは階段を上がっていって、一番奥の右端の部屋へ入って行った。

やれやれ。引っ越しの挨拶のタオルは両隣の二軒分しか買ってなかったけど、こういう時の為に二階の三軒分も買っといたほうがいいかもな。市役所職員があらぬ疑いをかけられたら目も当てられないからな。


朝ごはんのサンドイッチを食べ終わった頃に、左隣の部屋から物音が聞こえて来た。昨日は両隣共に人がいなかったので、挨拶が出来なかったのだ。

これは挨拶に行っといたほうがいいな。

僕は粗品のタオルを持って、左隣の部屋のドアをノックした。

「すみませぇーん。隣に引っ越して来た者です。」

「ハイ。チョトマテクラサイ。」

・・・ん?外人なのか?


しばらくしてドアを開けてくれたのは、さっき会ったコンビニの店員さんだった。

「ア、オキャクサン。」

「おはようございます。朝早くにすみません。僕は昨日隣りに引っ越して来た難波康介と言います。よろしくお願いします。これ、挨拶です。もらってください。」

なるべくゆっくりと、平易な言葉で話したつもりだったけど通じなかった。

「・・・アイサツ??」

と言っている相手に、「プレゼントです。」と言ってタオルを渡して、部屋へ帰って来た。

・・・うーん。日本の習慣は知らないだろうなぁ。それでも、ノルマは一軒済んだぞ。と考えることにした。


隣の彼といいキクエさんといい、ここは変わった人の多いアパートなんだろうか?まさかカメを体操させていた女の子もここの住人じゃないだろうな・・・。


ちょっとご近所付き合いに不安を覚えた康介であった。



面白そうな住人たちですね。

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