祭りの準備
お祭の日がやって来ました。
土曜日の朝ゆっくり起きて遅めの朝食をとっていたら、向かいの公園が賑やかなことに気がついた。大勢の人が集まって話をしているようなざわめきが聞こえてくる。
あれ? まだ9時過ぎだよな。祭りの準備は、10時集合って聞いたけど・・・。
立ち上がって公園側の窓を覗いたら、10人ぐらいの人が集まって立話をしているのが見えた。
これは、早めに行くべきなのか?
僕は慌てて朝食を食べて、服装を整えた。出かけようとしたら、携帯が鳴ったので出ると悦子先生だった。
「おはようございます!」
「あっ、おはようございます。」
「外が賑やかになってますけど、まだ集合時間じゃないのでゆっくりで大丈夫ですよ。お年寄りが張り切って早くから来られているだけですから。」
「そうなんですか?時間を間違えていたかと思いました。」
「ふふ、さっき窓に影が見えたので心配されてるのかなと思って電話しました。」
「ビンゴです。と言うことは悦子先生はもう公園にいるんですか?」
「ええ。今年は役員なのでちょっと早めに出て来たんです。」
「じゃあ、僕ももう出ます。支度は出来たので・・。」
「そうですか、じゃあお待ちしています。」
「では。」
携帯を切って、家の鍵を閉める。最初に大家の木内さんに祭りの準備を頼まれた時には、正直めんどくさいなという思いもあった。しかし、この1週間でぽうさん横丁の人々と知り合いになり、悦子先生という人に興味を持ってからは、今日の祭りの準備が楽しみになっていた。現金なものである。
外に出ると、ケンマチャットが自転車で帰って来た。
「おはよう!」
「オハヨゴザイマス!」
「あれ? 誰かにまた自転車を借りたの?」
「ハイソウデス。トラサン、ツカイナサイ イイマシタ。オクサント、ニダイアルデス。」
どうも神木さんがケンマチャットに自転車を貸したらしい。
「へぇー、それは良かった。便利になったね。」
「ハイ、タスカル。トラサンヤサシイ。」
「それはケンマチャットが寅さんに優しくしてあげたからだよ。ところで、ケンマチャットはコンビニから帰ったばかりだろ、祭りの準備に出られるの?」
「タイジョブ。マダゲンキデス。イッペ、チカライル イイマシタ。ポク、チカラアルデス。」
「そうか。じゃあ先に行ってるから、ゆっくり休んで出て来てね。」
「ハイッ。」
徹夜の状態なのにいやに元気だな。でもケンマチャットのにこにこ顔を見るとこっちも元気が出る。
階段を3人の女の人が降りて来た。キクエさんと松永さん、そして線の細い青白い顔の若い女性が中田さんなんだろう。
「「「おはようございます。」」」
「おはようございます。皆さん、おそろいで。」
「祭りになるとじっとしていられないからね。難波さん、手続き用のハガキが会社に届いてたから。ありがとうね。」
「そうですか。よろしくお願いします。」
僕が松永さんにそう言うと、キクエさんに後ろから手を引っ張られた。
「馬鹿ね。断れなかったの?」と小声で叱られる。「火災保険なんですよ。」とこちらも小声で返すと、「ああ、カレーを焦がすほどだもんね。それはしょうがないわぁ。」と納得された。隣にいた中田さんも「それは必要ね。」と頷いている。
カレーの焦げた臭いはアパート中の人が知っていたらしい。
まいったな。
僕は小さくなって3人の女性たちと一緒に公園へ入って行った。
公園にはさっき見た時より大勢の人が集まっていた。すぐに僕を見つけた木内さんに引っ張り回されて、ぽうさん横丁に住む人たちに次々と紹介される。悦子先生の所へ行くと、片山家の一平君とフミちゃんが一緒にいた。
「木内さん、私とこの子たちは難波さんとはもう知り合いなの。でも片山さんご夫妻は・・まだよね。」
悦子先生に聞かれて、僕は頷く。
「あら、もう知ってたの?」
「ええ。亀の事や神木のおじいさんのことで・・。」
「ああ、敏美さんの最近の18番ね。難波さん、あそこで皆に演説してる人がいるでしょ。あれが片山敏美さん、この子たちのお母さんよ。」
そう言われて木内さんが言う方に顔を向けると、背の高いがっしりとした女性が大きな声で話しているのが見えた。周りの人たちがその人の話を熱心に聞いている。時折、ドッと笑い声が上がっているので漫談でもやっているようにみえる。うちのアパートの3人の女性もそこで楽しそうに笑っている。
「それから、あっちの隅で空君と大樹君と一緒にリモコンの車を走らせてるのが片山家のご主人よ。」
悦子先生が教えてくれたほうを見てみるとお父さんが真剣な顔をしてリモコンの自動車を走らせていた。側では息子たちが目を輝かせて車の走りを観ている。お父さんのテクニックはなかなかのようだ。コーナリングのスピードが普通ではないのがよくわかる。それに車体にもなかなかお金がかかっているようだ。
「お父さんはリモコン操作が上手いなぁ。」
「うちの親父は、ある意味プロだから。」
プロ? 一平君の言葉に疑問を持つと、フミちゃんが僕に教えてくれる。
「うちのお父さんは、自動車の設計技師なの。」
「そうなんだ。それは本当にプロだね。あの車体も自分で作ってるの?」
「うん。だいぶ改造してるみたい。」
興味があったので、フミちゃん達とお父さんの所へ行ってまじかでリモコン自動車を見せてもらった。片山さんは専門的な言葉で熱く改造の仕方を語ってくれた。こんな趣味もいいなぁ。昔、流行ったアニメを思い出した。あの頃、兄貴がレーシングカーを持っていたのが羨ましかったっけ。今度、僕も一台買ってみるかな。
10時になったので皆で公園の裏側にあるお大師堂に参る。順番に30人近い人たちが参るのでこれだけでも結構時間がかかった。年番の役員さんがお大師堂の扉を開けると、お祭りに使う櫓の木や提灯等が奥の蔵の中に丁寧に仕舞われていた。その荷物を運び出して班ごとに手分けして作業をするようだ。
僕たちは悦子先生をリーダーとするやぐら組み立て班だ。
まずは男たちが重い荷物を運び出した。その後を女の人たちが掃除をして、おばあちゃんたちがお菓子やお花をお供えしていく。お大師様もお祭仕様になって嬉しそうだ。
3人のおじさんたちの指示で、公園の真ん中に胸ぐらいの高さのある太鼓台を設置する。僕とケンマチャット、一平君、大樹君で大きな台を運ぶ力仕事をすることになった。
「もうちょっと、北だっ。ケンマチャットの方へ一歩下がれ!」
遠くの方から大きな声がすると思ったら、寅さんがベンチに座って僕たちに向かって指示を出していた。ここまで歩いてきたのだろうか。足の状態が良くなってきているのはいいが、外を歩いても大丈夫なんだろうか。
皆で重たい台をもう一度持ち上げて、寅さんの指示通りに北側へ一歩ずらす。
「ようしっ、そこでいい。」
「やれやれ、神木のじいさんは殺しても死なないな。」
ボソッと出た一平君の言い分に指示してくれていた3人のおじさんたちも声を殺して笑った。
「皆さんお疲れ様です。この台の四隅に提灯を吊るす長い竿を付けたら大きい仕事は終わりですから。」
悦子先生が僕たちに説明をしていると、提灯がたくさんぶら下がった紐を竿に付けていた他の班の人から声がかかった。
「悦ちゃん! 提灯の方は出来たわよっ。」
「ありがとうございます。それでは、一本ずつ組んでいきましょうか。」
ここからは全員の協力が必要なようだ。皆で力を合せて櫓を組んでいると一体感を感じる。
お祭の意味というのはこんなところにもあるのかもしれないな。公園の中は、学生時代の学園祭のような一体感のある空気に包まれている。
僕はだんだんと気持ちか高揚してくるのを感じていた。
皆で協力し合って何かをするっていいですね。