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女性との付き合い方

いろいろなタイプの女性がいるものです。

 部屋へ入る前に集合ポストを覗くのが習慣になってきた。

ピザ屋のチラシ、学習塾の夏の特別学習の案内書、電話代の領収ハガキ、そんなありきたりの物の中にB5用紙に描かれた綺麗なイラストが目に入った。スタイルの良い女性の上半身が描かれている。

上手いなぁ。漫画家のサイン色紙みたいだ。そういえば、うちのアパートの2階にも漫画家さんが住んでたよな。

その紙を裏返してみると、そこには短い文章と名前が書かれていた。

『難波康介様 挨拶のタオルをありがとうございました。よろしくお願いします。202号室 中田琴美』


それを読んで笑ってしまった。

直接顔を合わせて挨拶だけすれば早いのに、この人にとってはこんな手の込んだイラストを描いてポストに入れる方が簡単に感じるんだ。人それぞれなんだな。

それでもプロの漫画家さんのイラストだ。貴重なものをゲットできた感じがして嬉しくなってくる。部屋に入ってからその紙を透明なファイルに入れて、本棚の上に飾った。


 これから塩鯖(しおさば)を焼いて、オクラを茹で、豆腐とインスタント味噌汁で夕食を食べることにする。

小鍋にお湯を沸かして、塩鯖を魚焼き器に入れる。換気扇を回してからシンクでオクラを洗っていると玄関の戸を叩く音がした。

「はい。」

「夕食時にすみません。2階の松永ですけど・・。」

何の用事だろう?ゴミ収集所の時間の事かな?

ドアを開けるとスーツ姿で大きなカバンを持った松永さんが立っていた。

「夕食の準備をしているときにごめんなさいね。実は私、長生き生命のセールスレディをしてるのよ。ちょっと保険の説明をさせてもらってもいいかしら?」

「あーー、僕はまだ生命保険のことは考えてなくって・・。」

「まあそうでしょうね、若いもの。でもね、人間いつ病気になるか事故に遭うかわからないでしょ。私が好きだった人も25歳の時にあっけなく死んでしまって。おかげで私はこの歳で独り者よ。・・あら、お湯が沸いてる音がするわよ。それにちょっと焦げ臭い。」

「あっ、ちょっと待ってください。」

僕は慌てて小鍋をかけていたガスレンジと魚焼き器のスイッチを切った。

「そう言えばこの間カレーの焦げた臭いがしてたけど、難波さんの家じゃなかった?こういう集合住宅だと火災保険に入っていた方がいいわよ。もちろん大家の木内さんはうちの保険に入ってくれているんだけど、自分のとこから火が出たら他の方へのお見舞金やら物品の保証金もいるでしょ。」


押しの強い50代の松永さんの手にかかると、僕は生まれたてのひよこのようなものだ。まんまと火災保険のスタンダードタイプへ加入させられてしまった。

松永さんが帰った後でよくよく考えると、僕が手のひらの上で転がされていた事がわかる。

たぶんカレーの焦げた臭いを嗅いだ時から松永さんの中では今日の訪問のプレゼンが出来上がっていたのだろう。僕が次に料理を作り始めるのを手ぐすね引いて待っていたに違いない。

生命保険を勧めに来たと思わせておいて、ガスレンジの火への注意をしてからの火災保険へのスムーズな切り替え。魔術を見るようだ。伊達にあの歳まで独りで生きてきたわけじゃないということがよくわかる。

まいったなぁ。

僕は首を振りながらも、ここまで見事にしてやられたことに痛快な思いも感じていた。


夕食の出来はまあまあだった。鯖がちょっと焦げすぎていて、オクラは箸で掴めないぐらい柔らかくなっていたが、だしつゆをかけると美味しく食べられた。

なるほど。悦子先生の勧めてくれた、だしつゆはそばやうどんのつゆだけではなくていろいろ使える用途があるんだな。




**********




 今日はISSが日本上空を飛ぶというのを聞いたので、うちの県の真上を通過する時間に合わせてアパートの前の公園へ行ってみることにした。

ぶらぶらと歩いて行くと、夜なのに何人かの人が公園にいるのが見えた。

「こんばんは~、もしかして難波さんですか?」

「こんばんは。そうです、難波です。」

近づいてみると悦子先生だった。側には小学生ぐらいの男の子と背の高い若い男性がいる。

誰だろう? 

ちょっと躊躇してしまう。

「難波さん、この子たちは片山家の空くんと大樹くんです。中3と小6よ。」

「あ、こんばんはー。」

「どうも。」

大樹君はハキハキと挨拶をしてくれたが、中3の空君の方は気のない感じでこちらは無視して空をチラチラ見上げている。

「この人は神木のおじいさんからカメ太郎を預かって来てくれた難波さんよ。」

悦子先生がそう言うと、大樹君が僕を見上げて微笑んでくれた。

「ありがとう。フミが喜んでた。」

「いや、僕は何も・・。神木さんにお礼を言ってあげて。」

「そう言えば、神木さんのところへお礼を言いに行ってないわ。大樹君、明日にでも一緒に行こうって、フミちゃんに言っといて。」

「えぇー、あのじいさん怖いからなぁ。フミが行くかな?」

長男の一平君の様子からもわかるが、どうも片山家の子ども達は神木さんを苦手としているようだ。よく話したらいい人なんだけどな。大きな怒鳴り声が不評らしい。僕たちが子どもの頃にはああいう大声のおじいさんやおばあさんが大勢近所にいたものだったけれど、最近の子は慣れていないんだろう。

「神木さんは昨日、足首を捻挫しちゃったんです。もし悦子先生が行かれるんでしたら様子を教えてもらえますか?もしひどくなっているようだったら、僕が病院へ連れて行きますから。」

「まぁ、それはお独りで大変でしょう。何があったんですか?」

僕が昨日のことを悦子先生に話していると、空君の持っている携帯が電子音を鳴らした。


「みんな、来るよっ」

公園にいた他の人たちも一斉に空を見上げる。

「あれだっ!」

ポツンと赤い一等星のようなものが見えたかと思うと、それがスーッと空を横切って行った。

「わぁ!」

「はっきり見えるっ。」

これは感動だ。あの中に人が乗って宇宙を高速で飛んでいるのかと思うと不思議な気持ちになる。


「これはいいものが見えたな。空君のお陰だ、ありがとう。」

僕がお礼を言うと、空君は大きな身体を揺らして照れていた。


男3人で悦子先生を公園の隣の家まで送って行き、僕は玄関にお邪魔して携帯の番号を伝えた。

「今日はケンマチャットがのぞいてくれると言っていたのでたぶん大丈夫だとは思いますけど、お年寄りなので、二次被害が心配なんですよ。」

「そうですね。足が悪くなると、身体全体に影響が出ますものね。わかりました。何かあったら連絡しますね。」

「お願いします。それでは、おやすみなさい。」

「・・・おやすみなさい。」


悦子先生の優しい声に見送られて、僕は夜の中に歩きだす。

おやすみなさいか・・・毎日悦子先生に言ってもらえたらな。ぽわんと空想を飛ばしながら短い家路を辿った。空想が現実になればいいなと思いながら。


たまには夜空を見上げるのもいいですね。

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