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謎の名前

ちょっと不思議な話です。

今回は日村悦子先生視点です。

 封筒の横を舐めて両手で袋を掴んで構えている子ども達に、「始め!」の掛け声をかける。するとその掛け声とともに皆が一斉に袋を破る。緊張感のあるシーンとした教室の中にソロバンを弾く音が響き始めた。

優奈ちゃんは袋を破るのが遅いわね。思いっきりよく破れって言っといたほうがいいかもしれない。大樹君はその反対で破る勢いが良すぎるわ。問題用紙が飛び出して行ってそれを拾って文鎮を置くのに時間が

かかってる。


夏の珠算大会に参加する三級以上の取得者を教室の前のほうへ座らせて模擬試験をやっているのだが、みんな真剣だ。其々が手を挙げて終わりの動作をするたびにかかった秒数を応えていく。最後の子も余裕の時間内だった。

「はぁーい。みんなよくできました。答え合わせをします。」

答え合わせをしてみると全問正解が多く、三級になったばかりの子でも一、二問以内のミスで済んでいた。良かった。これは全員銀賞以上になりそうね。せっかく大会に参加するんだから出来たらよい成績を持って帰らせてやりたい。


子ども達がハチマキと筆記用具を鞄にしまって一斉に礼をすると、途端に賑やかに話し始める。

「悦ちゃんせんせぇーい、さようなら!」

「はい、さようなら。また金曜日にね。」

子ども達を見送るために廊下出ると、玄関で靴を履いて出て行く大勢の子ども達の向こうに、男の人が所在なさそうに立っているのがわかった。

私の姿を目にして軽く頭を下げる。

「あら、難波さん。」

「お忙しい所、すみません。あの~、さっき二件先のおじいさんからこの袋を悦子先生に届けるように言われたんですが・・・。『さっき、裏庭にいた。』と伝えて欲しいと仰ってました。」

「はぁ、なんでしょう。」

子ども達がいなくなった玄関でその袋を受け取ってみると、中にカメが入っていた。

「まぁ、もしかしてカメ太郎かしら?!」

私は慌ててサンダルを履いて外に飛び出した。隣の家の前で優奈ちゃんと話していたフミちゃんに声をかける。

「フミちゃんっ、ちょっと来てっ。このお兄さんがカメを持って来て下さったの。カメ太郎かどうか確かめてくれない?」

「えっ!ホント?!」

フミちゃんと優奈ちゃんが慌てて走って来る。


袋に手を突っ込んだフミちゃんがカメをひっくり返してお腹を見ると、そこにはマジックで大きく「えり」という名前が書いてあった。

「あら・・・カメ太郎じゃないみたいね。」

「悦ちゃん!カメ太郎だよっ!ここっ、右手の付け根に斑点がある。」

フミちゃんが興奮して指さしたところを見ると、本当に右手のお腹側の固い殻に変わるところに茶色の斑点があった。

「まぁ、それならこの名前はどうしたのかしら?」

「カメ太郎、えりって名前の方が良かったんじゃない?それで逃げ出したとか・・。」

「優菜ちゃん、カメ太郎は男だよー。」

私達がなんだかんだと話していると、難波さんが確信はないんですがと言って不思議な話をしてくれた。


「僕のおばあちゃんに聞いた話なんですが・・。家族に病気の人が出てなかなか治らなくて困っている時にもし家に亀がやって来たら、その亀は神様のお使いなんだそうです。そのやって来た亀にお酒を飲ませて接待して、亀の甲羅に病気の人の名前を書いて川に放せば、川の神様の所に病気を運んで行ってくれて病気が治るっていう言い伝えがあるそうです。それなんじゃあないですか?そのカメ太郎君は神様のお使いをして戻って来たんですよ、きっと。」

フミちゃんと優奈ちゃんと私は、難波さんが話してくれたそのお話を感心して聞いた。なんだかこの周りだけが一瞬どこか昔の世界へトリップしたような気がした。難波さんの優しいゆったりとした話し方でそう思えたのかもしれないし、カメ太郎から神様のお使いをした時の妖気の残りが漂っていたのかもしれない。とにかく不思議な瞬間だった。


それからフミちゃんはより一層カメ太郎に敬意を持って接するようになった。フミちゃんの中でカメ太郎は忍者であり、神の使徒でもあるのだ。

私も難波さんの話を聞いてから、カメ太郎を見直している。カメ太郎が短い首をあげて公園を散歩しているのを見ると、お主、只者ではないなという堂々とした風格を感じるのだ。


本当に不思議な話だった。

そしてそんな話をしてくれた難波さんのことをよく考えるようになった。あの人はどんな環境で育って来たのかしら。おばあちゃんの話をああやって大切に覚えているのだもの、家族仲のいいお家で育って来たのかも知れないわね。


この話は、拙作「星を拾う日」とリンクしています。

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