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第九話「機械仕掛けの神」

「牧くん、ごめんなさい」


 デウス・エクス・マキナ級リュカオーンの前に歩み出て、迦具夜は頭を下げる。


『なぜ謝る、クイーン』


 冷たい金属的な響きの声が、決戦場に響き渡った。


「リュカオーンが喋った!?」


 祥が驚愕する。知性のあるリュカオーンは多く見てきたが、言語を喋る相手は初めてだった。


「私たちの不手際が、彼の望みを絶ってしまったからよ」

『彼とは誰のことか? 我のことだろう。ならば必要ない。我が悲願は達せられた』


 リュカオーンは片膝をつき、掌を上に向けて胸の前に掲げ頭を下げる。


『再会できて僥倖である。二千年の間、この時を切望していた』

「……貴方は変わらないのね、マキナ。嬉しくもあり、寂しくもあるわ」

『その感情は矛盾している。不変の我と会い、寂しくは無いはずだ』


 迦具夜は儚げに笑う。

 リュカオーンの言葉は真実であり、今この瞬間は、迦具夜にとって喜ばしいものであるはずだった。


「……違うわ。まったく矛盾しないのよ、人の心は」

『我の感情は、貴女から教わった。貴女がそう言うのであれば、理解しよう』


 機械仕掛けの神と、月の女神たちの女王。

 一体のリュカオーンと、一柱のアルテミス。

 月のない夜、廃墟の街で二人は再会した。


「迦具夜、いったい何を話して……」

「知り合い、なのか? リュカオーンと……?」


 摩佑と祥が困惑する中、魅衣子は魔力コンソールで分析を継続している。


「魅衣子」


 背後から詠美が声をかける。


「ママ……あのリュカオーンは何? いや、あれもうリュカオーンなんて呼べる存在じゃ……」

「魅衣子」

「マッキーって、何者? あんな化け物を産みだす素体なんて、人間のはずない!」

「魅衣子! 落ち着きなさい。あなたに頼みたいことがあるのよ」

「えっ?」



 デウス・エクス・マキナ級は迦具夜を見つめると、ゆっくりと手を伸ばした。


「迦具……!」

「!!」


 反射的に迦具夜を守ろうと、摩佑と祥は魔法を発動しかける。

 だが、鋼の魔人の一睨みでその身が竦んだ。

 威圧感、などという生やさしいレベルではない。

 それは生物としての本能に根差した、絶対の格差。


「マキナ。彼女たちには手を出さないで」

『分かっている。この者たちも長き時を経て、貴女の眷属となった女神だろう。我が危害を加える道理が無い』

「少し違うわ。この星の人々は皆、大切な仲間だからよ」


 迦具夜は、鋼の魔人が差し出した巨大な掌、その指先に優しく触れる。


「貴方と同じようにね。……会いたかったわ」

『この星の者どもが、我と同じ……?』


 魔人は手を引いて、ゆっくりと立ち上がった。

 身の丈は3メートルを超える威容。

 先のS級となったビホルド級と比べれば小さいが、その存在感は桁外れだ。

 人に近い形であることもまた、格の違いを感じさせる。

 魔人は迦具夜を見下ろして、金属的な声で語り続ける。


『悠久の時を過ごし、錯乱したかクイーンよ。我とこの者どもが同じ?』

「私は正気よ」

『貴女の言葉は、不合理である。この星はかりそめの住処』


 コウッ……と空気が薙がれる。魔人の巨大な腕が振るわれ、上空を指さしたのだ。

 指し示されたのは、この星の影に隠れ輝くことないサテライト。


『ネブカドネザルの呪いにより奪われた、我らが故郷。取り戻すための一時の拠点に過ぎない』

「呪いはこの惑星にまで降り注いでいるわ。放っておけない」

『クイーン……』


 キチ……キチ……

 魔人の背にある三つの歯車が、音を立てて動く。

 迦具夜は続ける。


「二千年前。ネブカドネザル彗星が接近した時、貴方は月でリュカオーン化しながら、それでも私をこの惑星に逃がしてくれたわ。カグヤの名は、その時に与えられた。それからずっと、私はこの星で生きてきたのよ」


 キチ……キチキチキチ……


「私は故郷と同じくらい、この惑星も救いたいの。だからマキナ、今は」

『把握した。クイーン、貴女は変質した』


 ガキン! と歯車が止まる。


『だが問題はない。我は月にいた頃の貴女をすべて記録している。月へ帰還し、貴女を修復することは可能である』

「マキナ!」


 鋼の腕が迦具夜を攫おうと伸びた。

 しかしその腕は、空を切る。

 いつの間にか、離れた場所に迦具夜は立っていた。

 頬には一筋の涙が流れている。


「マキナ、誰よりも優しいマキナ。貴方もまた呪われているのよ。活性化した月子線に狂わされた、機械の神様」

『我は狂っていない。すべての自己診断機能は、システムの正常を確認している』


 迦具夜は哀しげに首を横に振る。


「いいえ狂っているわ。十年前、私を追ってこの惑星に来たとき、貴方は人を殺した」


 呆然自失となっていた那由多が、迦具夜の言葉に僅かに反応した。


「人を守ることがデウス・エクス・マキナ、機械の神である貴方の使命だったはずよ。それなのに」

『我は人を守らぬ。我が守護する者は、誰よりも救いたき者はただ一人。月の女王たるクイーン、貴女だけだ』


 マキナの顔は、表情を感じさせない鋼の仮面。

 だがそれでも、絶対の意思を、冷徹な決意を見る者に伺わせる。


「だったらどうして! どうして月に連れ帰るなんて言うの? すべての女が死に絶え、魔獣と化した男たちが相争う月世界! 今あの世界に戻って何になるって言うの?」

『我が守る。二千年を経てようやくこの星に到った。誤算により更に十年も掛かったが、こうして貴女を見つけることができた。これ以上は待てぬ。この星の生命などどうでもよい。クイーン、貴女が、ただ貴女だけが昔のように、我とともに』


 ザッ……

 狂った機械神と泣き嘆く女神の間に。

 一人の女が立った。


「……わかんない」


 瞳の焦点は合っていない。

 足は震え、立っているのもやっとだ。

 状況の欠片も、理解できてはない。


「……わかんないよ。あなたは、何?」


 それでも式宮那由多は立ち上がり、おぼつかない足取りでデウス・エクス・マキナに歩みを進める。


「――ナユタ!」

「ナユ吉ダメだ! そいつはヤバい!」


 祥と摩佑が、那由多を抑えようと駆け寄る。

 ゴウゥッ!


「うおわっ!」

「く!」


 那由多を中心に、光の柱が立ち上った。

 魔法衣の輝きが増し、白銀のオーラが大気を震わせる。

 二人は近づくこともできない。


「那由多ちゃん……」

「迦具夜。何これ、どういうこと?」


 那由多は振り返り、迦具夜を見る。

 その瞳と髪もまた強く銀に輝き、焔のように揺らいでいる。


「牧が……パパとママを殺したリュカオーン? ……誤算? なにが?」

「那由多ちゃん、これは」


 迦具夜は言葉に詰まる。

 心の支えだった幼馴染が、両親の仇であるリュカオーンに変わった。

 その事実だけで、那由多の精神は壊れる寸前だ。これ以上残酷な事実を伝えることなど、できるはずもない。


「そう、わかった」


 迦具夜の沈黙を、那由多は誤解する。


「あなたが……牧を変えたのね?」


 身に纏ったオーラが、握りしめた拳に集中する。

 殺意が弾ける、その直前。


『クイーンを害することは許さん』


 何の前触れもなく、那由多の体が跳ね飛んだ。

 一瞬で、百メートル以上離れたビルの残骸に激突する。


「……ナユ吉ぃぃ!」


 摩佑が蒼の魔法衣を輝かせ、翔ぶように後を追う。

 崩れたビルの瓦礫を斬り裂いて、倒れている那由多を救い出した。


「ナユ吉! しっかりしろ、おい!」


 一方で祥は、その場を動けずに震えている。


「……PK? ……今の、が……?」


 似た種類の魔法を持つ祥だから、理解できた。

 今、那由多は目に見えない力で跳ね飛ばされたが、祥のような念動力によってではない。「跳ね飛んでビルに激突する」という結果だけが具体化した、そうとしか言いようがない現象が起きたのだ。

 目の前の存在と自分との、比較にもならない力の差を、祥は痛感する。


『動かぬか。賢明だ、トリプル・ウィザード。我に敵うはずもない』

「う、ウチのことも、知って……」

『当然だ、クイーンの眷属よ。このひと月の間、観察してきたのだから』

「だ……だったら、わかるだろ……ウチは……」


 祥は、本能が呼び起こす恐怖をねじ伏せ、魔力を練りあげる。


「ウチは……仲間をやられて、黙ってられる女じゃない!」


 今の祥が放てる最大級の火柱が噴き上がった。

 マキナの全身が焔に包まれる。


『下らぬ』


 その一言で、すべての熱エネルギーが消失した。

 鋼の体には、煤ひとつ残されていない。


「あ、う」


 炎は「無かった」ことにされた。


「サッチー、ありがとう。……下がっていて」

「迦具夜さん……」


 迦具夜は祥の肩に手を置いて、再びマキナの前に立った。


「マキナ、言ったはずよ。彼女たちに手を出さないで」

『出してはいない』

「誰にもよ。この星の誰の命も、奪う事は許さない」

『それは約することはできない。貴女を害するものは我が排除する』


 マキナは突然、摩佑のいる方へと腕を伸ばし、掌を向ける。


「なっ……! 待っ」


 摩佑の叫びをかき消して、


「迦具夜ァァァァ!!」


 白銀の輝きが砲撃の如く突っ込んできた。

 一直線に迦具夜を狙った光の拳は、機械神の掌によって遮られる。

 ギャギャギャギャギャギャ!!

 金属が擦れる不快な音が響き渡る。


「牧を! 牧を元に戻せぇぇ!!」


 マキナの腕に亀裂が入り、銀の光が走った。


「オオオォオ!!!」


 雄叫びとともに、那由多は拳を振り抜く。

 デウス・エクス・マキナの四本のうち一本の腕が、粉々に砕け散った。


「マキナ!?」

『案ずるな、クイーン』


 横から別の腕が、那由多を薙ぎ払った。

 力を出し切った直後を狙われなす術もなく、那由多はまた弾き飛ばされる。

 キチ……キチキチキチ……

 歯車が回る。

 機械神の砕かれた腕は、その音に引き寄せられるように欠片が集まり結合し、「破壊されなかった」結果に書き換えられた。


『破壊神を相手にするのは二度目。この十年、観察し続けてきた。もう二度と遅れをとる事はない』

「何を……言っているの……牧ぃ……」


 普通なら全身が粉々の肉片になっている衝撃を受けながら、那由多はまた立ち上がった。


「元に戻ってよ、牧ぃ……訳を聞かせて……そんな姿、何か……理由が」

『元に戻ったから、この姿なのだ。白銀の破壊神よ』


 冷徹な機械の声が、真実を語ろうとする。


「やめて、マキナ!」


 迦具夜が悲鳴のような声を上げた。


『否。やめぬ。クイーンよ、真実を語る事でしかこのアルテミスは止まらぬだろう』

「それでもやめて! やめないのなら……力づくでも……!」


 迦具夜の体から、純白のオーラが滲み出す。


「! 牧に何をする!!」


 那由多の魔力が跳ね上がった。


『させぬ、式宮那由多!!』


 デウス・エクス・マキナの腕の一本。その指先が、砲口のように開く。

 一見してビホルド級とよく似た魔力砲が五条、一斉射された。

 すべてが正確に、那由多を撃ち抜く。


「那由多ちゃん!?」

「うぉぉおおお!」


 オーラで耐え切り、シルバー・デストロイは迦具夜へと突貫する。


『やはり通じぬか』

「右ストレートぉぉぉ!」

『させぬと言った!』


 鋼の拳が、迦具夜を守り破魔の拳を迎撃した。

 ガガガガガ! と再び金属が軋む音が響く。

 その大音響の中で、機械仕掛けの神は告げた。


『不死の破壊神よ! 答えてやろう。汝の知る永見牧は、我の擬態だ! 真の永見牧は、十年前に既に死している!』


***


 その晩は、冷たい雨が降っていた。

 少女は、耳障りな歯車の音を聞いている。

 見上げれば異形の怪物が、鋭い突起物で柔らかい血袋を二つ、貫いている。

 数瞬前まで父と母だった物体から溢れ出す温かい液体が、雨に混じってパタパタと、少女の顔へ降りかかっていた。

 鉄の匂いと、赤黒く染まる視界。


 キチ……キチキチ……キチキチキチキチ……


 歯車の音は、少女を嗤う悪魔の声のようだ。


「パパ……ママ……?」


 ドサリ、と少女の目の前に血袋が落ちる。

 それは少女の父親でも、母親でもなかった。

 それらの影に隠れていた、三つ目の遺骸。


「――マキぃぃぃぃ!!」


 幼い少女の体が、白銀の輝きに包まれた。


『この星にもアルテミスが!?』


 高められたオーラの塊が、デウス・エクス・マキナへと跳ね飛んでくる。

 直撃を受け、鋼の身体は四散した。


「マキ、マキ……! 嫌だよ、目を開けて……独りにしないでぇぇ!」


 キチ……キチキチキチ……

 歯車が回る。

 機械の神の身体は、時間を逆回しするように再生する。

 異形の怪物は、少年の遺骸を抱えて泣き叫ぶ少女の背後に、再び立った。


『消えよ』


 魔力砲が小さな少女の体を一瞬で塵へと返す、はずだった。


『有り得ぬ……!』


 「破壊された結果」を射出するデウス・エクス・マキナの魔力砲を、女神のオーラが拒絶したのだ。幼子はゆっくり振り返り、睨みつけた瞳に銀の輝きを宿らせる。


「うわああああ!」


 白銀の破壊神が顕現していた。

 無尽蔵とも思える魔力に飽かせて、デウス・エクス・マキナの攻撃をすべて無効化し、鋼の身体を破壊してくる。

 動き自体は幼い。この星の体術を学んでいるようだが、実戦レベルには程遠い稚拙な打撃。

 しかし、因果律すら破壊してくる白銀の攻撃は、この世のすべてを演算できる機械神でも回避することは適わなかった。


『演算不能!? ……情報が足りぬ。このような存在有り得ぬのだ。把握する……すべての事象を理解しなければ!』


 マキナは発現する能力を回復にのみ限定。

 その他のリソースをすべて那由多と周囲の事象解析に回した。機械神の分析は、因果律を遡りその過去にまで及ぶ。


 個体名・式宮那由多。

 当時八歳。

 日本における月子線研究の第一人者である夫妻の元に、一人娘として産まれた。

 生後すぐ、覚醒前からアルテミスとしての素養を見出され、特殊な訓練を受けて育つ。

 来るべきネブカドネザル彗星の再接近。

 その際に予想される月性災害に対して、人類の切り札とする為だった。

 両親の研究と訓練の甲斐があり、この時覚醒したアルテミスとしての能力は、尋常ではなかった。

 「変身」した際の魔力はほぼ無限。

 攻撃・防御に転用できる白銀のオーラの特質は「破壊」。

 肉体のストレス耐性は生物としての最上位。

 アルテミス化している場合、致命傷を与えることは不可能。


(不可能!?)


 マキナは自分の演算が誤っているかと疑ってしまう。


 両親から過酷な実験と訓練を受け続けた那由多。

 その唯一の精神的支えは、幼馴染の永見牧だった。

 だが、その幼馴染は永遠に失われた。

 このまま放置した場合、式宮那由多は新月の夜ごとに周囲の損害を省みずリュカオーンを殲滅する、最凶のアルテミスとなる。

 これにより、永見牧を直接殺害したデウス・エクス・マキナが今後、地球上で存在し続けることができる確率は1パーセント以下。


「わああああっっ!!」


 那由多の攻撃は苛烈さを増し、「時の歯車」による再生が追いつかなくなってきた。

 「歯車」が破壊されれば、そこで終わる。で、あれば。

 マキナは事象解析の対象を切り替えた。

 対象は当然、地に倒れ伏している九歳の少年の遺骸。さすがの機械神も生命活動を停止した個体の再生は不可能。

 だが。


(相性は悪くないようだ。永見牧、我が其方に成り代われば、この破壊神も抑えられよう)


「えっ……!?」


 幼い那由多の攻撃が止まった。

 外見を変えるだけならば容易い、問題は中身だ。

 マキナは解析した永見牧の記憶と自我を完全に再現し、自意識を封印する。

 そして、己の最終目的だけを深層心理へと埋め込んだ。

 それは、マキナが地球に降りた理由そのもの。二千年前にこの星に逃がした月の女王の捜索だ。

 式宮那由多がこれほど強力なアルテミスであれば、近い将来本格的に組織される対リュカオーン部隊の中枢に食い込むだろう。

 そしてそこには必ず、故郷の奪還を考えている女王が関わるはずだ。

 この少女から離れなければ、必ずクイーンに辿り着く。

 さらにその間、この最凶の破壊神を観察・研究すれば、再び相対する際に有利となるだろう。


 永見牧への擬態と、深層意識への刷り込みが完了した。

 機械仕掛けの神はこうして、かりそめの眠りについた。

 必ず訪れる、女王との再会を夢見て。


「マキ……?」

「ごめん……ごめん、ナユタ……おじさんとおばさん、が……」


 その夜は、冷たい雨が降っていた。



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