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第八話「破壊神の本領、女王の口づけ」

「……きて……起きて……起きてってば! サッチー! マユマユ!!」

「はっ!?」

「……ミイちゃん? ……! 状況は!?」


 祥と摩佑が、目を覚ました。

 幸いにも、二人とも魔力砲は急所を外れ、致命的なダメージは受けていなかった。


「傷が……ミイが治してくれたのか?」


 それでも、収束されたエネルギー砲により体を無数に撃ち抜かれていた。

 アルテミス兵装である特別なメイド服にあちこちに穴が開いていたが、その下の皮膚は溶接されたような跡を残して塞がれている。


「他に誰がいるっての? って、今はそれどころじゃないんだって」


 それは、〈レコード・ブレイカー〉魅衣子の特殊魔法、バイオ・ハックによる治療だった。

 祥のパイロキネシス、テレポートと同様に、新月の夜にしか使えない魔法。

 無機物にしか作用しないマテリアル・ハックと異なり、生物相手でもその情報を書き換えることができるのだ。


「二人とも。気が付いたのなら、撤退するわ。サッチー、テレポートはいける?」

「待て迦具夜、ナユ吉は!?」


 血相を変える摩佑に、迦具夜は視線で応える。


「……あそこよ」


 視線の先では、白銀の魔法衣に身を包み『変身』した破壊神が、雄叫びを上げて暴れ回っていた。


「おおおっ! 超・ド根性! 右ストレートぉ!!」


 十メートルを超える巨体となったビホルド級リュカオーンが、那由多のストレートで吹っ飛ばされた。

 触手のガードにより衝撃の大半は受け流されているが、それでも数十メートルの距離を転がって廃ビルに激突する。


「ギュオオオオン!!」


 怪物が触手を数十本、地面に突き刺した。


「那由多、右斜め45度! 突っ走れ!」

「了解ッ!!」


 牧の指示に、迷わず駆け出す那由多。

 後を追うように地面から次々と触手が生えるが、那由多に触れることも適わない。

 だが触手の先端に開いた魔眼が、背を向けて走る那由多を視界に捉える。


「右ッ!」


 魔力砲の一閃が放たれるが、振り向きもせずに那由多は躱す。


「左ッ! ……左、しゃがめ!」


 次々と放たれる魔力砲。

 だがグラスカウンターで魔力の指向性を察知する牧の指示により、すべて那由多は躱してみせる。


「真下だ、ぶちかませ!」

「根性! 地面どっかぁん!」


 地面に拳を叩きつける。爆散したアスファルトの中に、次に那由多を狙っていた触手が露出した。


「オーラ集中! 掴め! ……投げ飛ばせぇ!!」

「このマリモお化けがぁぁっ!」


 掌にオーラを集中し、触手を掴んで引き寄せる。

 そして。


「ド根性……ハンマー投げぇぇ!!」


 人外の力でリュカオーンを振り回し、そのまま地面へと叩きつける。

 怪物の本体がグチャリと叩き潰された。


「よっしゃあ!」

「気を抜くな那由多ッ! 再生が始まる瞬間に、本体の中心に黒い核ができる!それを潰せ! 時間が稼げる!!」

「了解! 超・ド根性……」


 脚にオーラを集中させ、那由多は屈む。

 その間に潰れたリュカオーンの残骸が、渦を巻くように1か所に集中し始めた。そして渦の中心に、赤黒いサッカーボール程度の球体が浮かび上がる。


「今だ!」

「はぁっ!」


 那由多がそれに向けて駆け、跳躍する。

 空中で一回転。そして。


「ルナブレイク・ボレーシュートォォォォ!!」


 渾身の一撃が、核を爆散させる。

 余波が廃ビルを一つどころか、三つ四つをいっぺんに破壊した。


「な……な……」

「なんなの、あれ……」

「あれが〈シルバー・デストロイ〉式宮那由多と、戦術管理官・永見牧の本当の実力ってことねん」


 開いた口が塞がらない摩佑と祥に、魅衣子が答える。


「ナユタちん、魔力砲で心臓をぶち抜かれてたんだけど。ミイちゃんが手を出す前に自分で治して、マッキーの指示で戦い始めたんだよね……」

「じ、自分で治して!?」


 アルテミスは不死身であるわけではない。

 不死身に近い肉体の強さと自己治癒魔法を持つ者もいるが、その能力は有限だ。

 致命傷を受けても回復できる魔力を持つアルテミスは、二万人の月性変異体の中でも極々一握りの存在だった。


「それよりも、問題はあのリュカオーンよ。強度はSで止まってくれたけど、いくら倒しても無限に再生してくる。あのまま那由多ちゃんに倒し続けてもらって、朝になるのを待つしかないわね」


 迦具夜が口惜しそうに、那由多を見守りながら言った。


「ここは彼女たちに任せて、私たちは撤退しましょう。『変身』できない貴女たちじゃあ、シルバー・デストロイの邪魔にしかならないわ」

「う……」

「でも、ナユ吉だけ戦わせて……」


 悔しそうに祥と摩佑は呟くが、あの戦い振りを見ては反論する余地はなかった。

 と、そこに一台の大型ジープが近づいてきた。

 那由多たちとリュカオーンの戦闘を避けるように、遠回りに迦具夜たちの元へ近づいてくる。


「……詠美ママ?」


 降りてきたのは、動きやすいグレーのズボンとシャツに身を包んだ詠美だった。


「みんな、大丈夫? リュカオーンが再生してるって聞いたけど」

「那由多が抑えてくれています」


 迦具夜は答えると、詠美ママに詰め寄り、小声で話しかける。


「ママ。どういうこと?」

「私にも分からないわ。ルナキューブはここにあるし、起動してない」


 詠美は腰に付けたウエストポーチに視線を落として、答える。


「他にキューブがあるか、あるいはクリスタルの原石が近くにあるとしか思えない。……他の場所でこんな現象、起きてないもの」


 詠美の答えに、迦具夜は考え込む。

 そして魅衣子に声をかけた。


「ミイちゃん。今の月子線量は?」

「え? ええと……」


 魅衣子は魔力モニターを展開する。


「……十六万四千チャンドラ。まあ、平均的な……あれ?」


 魅衣子は眉を顰める。


「グォォォン!」


 ビホルド級リュカオーンの咆哮が響いた。


「牧ごめん、核を外しちゃった!」

「落ち着け那由多! もう一度だ、まずは迦具夜たちから引き離すぞ!」

「ギャオオオオオ!」


 核の破壊に失敗し、ビホルド級が完全再生してしまったようだ。

 那由多は牧の指示に従い、目標に攻撃を仕掛けつつ、迦具夜たちから距離を取っていく。


「い、今、一瞬だけ二十万チャンドラを越えて……!」

「魅衣子! リープカウンターを起動して!」


 詠美が叫ぶ。


「へ? でもママ、リュカオーンの出現中は、数値が乱れまくってて」

「いいから早く!」


 迦具夜にも急かされ、魅衣子は再び魔力モニターとコンソールを展開して操作する。


「……ほら、電磁波形はいつも通り、リュカオーンから異常値が……って、ん……?」


 怪訝な顔をする魅衣子。

 詠美もモニターを覗き込むが、魅衣子以外には表示を読み解くことはできない。


「どうしたの?」

「いや、なんかナユタちんの周りの波形もおかしくて……これじゃナユタちんから、月子線が出てるみたいな……」

「!?」


 迦具夜が、戦っている那由多を注視する。

 変身している那由多のメイド服は、ほとんど焼き切れている。

 だが腰のあたり、特に耐魔銀糸が多く編み込まれたメイドエプロンは燃え残っており、そこには小石が付いたキーホルダーがぶら下がっていた。

 石そのものはともかく、シルバー・デストロイの全開オーラに耐えられるキーホルダーの留め具など、存在するはずがない。

 あるとすれば、アルテミスが携帯することを目的とした特注品。

 それにつけられている石の正体は。


「——那由多! 腰の石を外し」

「ダメよママ! 今声をかけたら邪魔になる」


 叫ぼうとした詠美を迦具夜が制する。

 一見して圧倒しているように見えるが、相手は強度Sのリュカオーン。魔力を弾く性質を持ち、相性が悪いところをパワーで強引にねじ伏せているのだ。

 那由多と牧はともに極限まで集中しており、下手に声をかけては不利になりかねない。


「マユマユ」

「なに?」

「那由多ちゃんが腰につけている小石、見える?」

「ああ、なんだあれ?」


 摩佑は眉を顰める。


「シザーで、あれを破壊して」

「え? でもそんなことしたら、ナユ吉が……いや、それ以前にオレの力じゃ、アイツのオーラに弾かれるんじゃ」

「私が〈アルティメット〉の力を強化する」

「は? 強化?」


 予想外の迦具夜の言葉に、摩佑は目を丸くする。その横で詠美が慌てた。


「ちょっと迦具夜」

「出し惜しみしている場合じゃないわ、詠美ママ。あんなもの放置したまま、那由多ちゃんを残して撤退なんかできない」

「……わかったわ」


 しぶしぶ、詠美は頷く。


「ルナキューブの起動をお願い。終わったらすぐに封印してね、でないと」

「わかってる」

「待ってくれ迦具夜、何がなんだか」

「マユマユ。悪いんだけど、説明している暇はないの」


 迦具夜が、状況を理解できていない摩佑の額に、問答無用で掌を当てる。

 詠美はウエストポーチから漆黒の立方体を取り出して、二分割のルービック・キューブのように捻った。


「ルナキューブ、起動したわ」

「了解」


 見た目は何も変わらない。

 だが、迦具夜の全身から淡い光が溢れ出した。

 その輝きは純白。


「ま、待って、ちょっと待って、これは……!」


 摩佑は迦具夜が触れた額から、圧倒的な魔力が流れてくるのを感じる。

 光の奔流が、自身の体に入り込んでくるように。

 それは、アルテミスが魔法を使う際に体内から沸きだす力を、外部から与えられる感覚。


「熱い……! か……ぐや……迦具夜!! ……あああ」


 摩佑の体から、彼女自身の蒼いオーラが噴き上がる。その密度は、これまでと桁が違った。物質化寸前まで高められたオーラは、纏っていたアルテミス兵装のメイド服を焼き飛ばした。


「これ……!」

「ナユタちんと同じ……!!」


 祥と魅衣子が驚愕する。

 摩佑がその身に纏ったのは、蒼光を放つ壮麗な魔法衣。


「凄い……! 体の中から、魔力が溢れて……これなら、いける!」


 摩佑は振り返り、リュカオーンと戦っている那由多に狙いを定めた。


「お願い、マユマユ!」

「まかせろ迦具夜、行ってくる!」


 摩佑が風のように、駆け出した。


「一度距離を取れ、那由多! ……えっ!?」


 那由多に指示を出していた牧が、唐突に駆けてきた摩佑に驚く。

 敵に突っ込むならともかく、狙いが明らかに那由多だからだ。


「なんだ? やめろ!!」

「どうしたの牧? ……マユマユ!?」

「大丈夫! オマエはリュカオーンに集中してろ!」


 摩佑の叫びとともに、右手にオーラが集中する。生み出されたのは、蒼く輝く魔力の刃。


「——スラッシュ!!」


 閃きとともに、那由多の纏う白銀のオーラもろとも、腰に下げていた石が両断された。


「えっ? 何? 何?」

「ガォォォンン!」

「!! 魔力砲だ、躱せ!」


 リュカオーンの触手の先から、隙を見せた那由多に向けてエネルギー砲が放たれる。

 牧の叫び声で、那由多は慌てて回避行動を取った。


「任せろ、ナユ吉!」


 石を両断した摩佑が、そのままリュカオーンに向かって転進する。


輪舞ロンド!」


 無数の斬撃が舞い、魔力砲を放っていた触手がすべて切り捨てられた。


「ギュオオオン!」

「オマケだっ! シザー・クロス!」


 左手にも魔力刃を発生させ、そのまま十文字にリュカオーンを斬りつけた。

 これまで摩佑のシザーを受け流していた粘膜装甲は、紙のように容易く寸断される。


「ギャアアアアア!」


 球体の体は分断され、赤黒い核が剥き出しとなった。


「トドメは譲るよ、ナユ吉!」

「わかった! ハアッ!」


 那由多が拳にオーラを纏い、突っ込む。


「ド根性・右ストレート!!」


 核は一撃で、粉々に粉砕された。

 次の再生を警戒し、那由多は再び拳を構える。

 だが、いつまで待ってもリュカオーンの再生は始まらない。


「……終わった、の……?」

「どうかな。ミイちゃーん!?」


 摩佑が魅衣子に向かって大声で問いかける。

 魅衣子は魔力コンソールを操作して、


「……大丈夫ー! 目標周辺にリープカウンターは反応無いよ!」


 と叫び返した。


「だ、そうだ。お疲れ様」

「よかったぁー! 朝までこれは、シンドイと思ってたんだよ〜」


 那由多は安堵し、座り込んだ。その肩を摩佑がポンポンと叩く。

 那由多はそこで初めて、摩佑が自分と同じ魔法衣を纏っていることに気が付いた。


「……マユマユ、『変身』できたんだね」

「ああ。迦具夜のお蔭でな」

「……〈クイーン〉がお前を強化したのか?」


 歩み寄ってきた牧が、摩佑に問い質す。


「そうだよ」

「ということは、お前たちがフルムーン・アルテミスなのは、やはり〈クイーン〉の影響なのか」

「ん? まあ、そうかもな。実はオレたちにもよく分かってないんだ」


 離れた場所にいる迦具夜たちを、牧は見る。

 その時、迦具夜たちには別の騒ぎが起こっていた。


「ね、ねえ……詠美ママ、リュカオーンの方はいいとして、今度はその変な箱から、異常値が出まくってるんだけど……」


 魅衣子は青ざめながら、魔力モニターと詠美が手にしたキューブを見比べる。


「ママ!? なにやってるの、早く封印して!」


 慌てる迦具夜に、詠美は額に汗を浮かべながら首を振る。


「そ、それがね……迦具夜、これ……全然……戻らない……」


 詠美は捻ったキューブを戻そうと、必死で力を籠めていた。だが、立方体が中心で捻じれた形で固まっているキューブは、一向に元の形に戻らない。


「早く! でないと……!」


 迦具夜は、離れた場所でこちらを見ている牧を見返す。

 ただでさえ自分のせいで解けかかっているのだ。これ以上の月子線量は後戻りできなくなる。


「何? それ元の形に戻せばいいの? ウチがやろうか?」


 祥が横から手を伸ばした。


「触っちゃダメ!」


 慌てて迦具夜が制止する。

 いつものクールな彼女にそぐわない焦りように、祥は目を見開く。


「どうしたんだよ、迦具夜さん」

「アルテミスがそれに触ったらダメなのよ! だからママ、早く……!」

「それがビクとも……これは、藤堂のクソ野郎に嵌められたかもね……」

「——!!」


 詠美の言葉に、迦具夜は息を飲む。

 やはり、警視庁警備局局長、藤堂荒太の真の目的は。


「何を騒いでるんだ、リュカオーンは復活しないんだろ?」


 牧が那由多とともに、歩み寄ってきた。


「それよりもクイーン、お前に話が」

「近づかないで、マキナ!」

「えっ?」


 迦具夜の叫びに、牧の足が止まる。


「……マキナ? 誰のこと言ってるの、迦具夜は」


 呆れて那由多は、同意を求めて牧を見る。


「ねえ牧」


 キチ……


「え?」


 キチ……キチ……キチ……


「なんで?」


 キチ……キチ……キチキチキチ……


「嘘、でしょう……」


 キチキチキチキチキチ……キチキチキチキチキチ………


「なんで、牧から……!?」


 キチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチ……


「なんで牧からこの音がするのよぉぉぉぉ!!」


 耳障りな歯車の音。

 十年前の雨の夜、那由多の両親を殺害したリュカオーンから聞こえた、忌まわしい響き。

 それは那由多の精神に刻まれたトラウマ。


「ナユタ……たすけ、テ……」

「うわああああああ!!」


 新月の夜が明けるまで、あと二時間。

 かつて永見牧だった人間が、変貌していく。


「牧! 牧ぃぃ!」

「——離れろ!!」


 その場から動けない那由多を、摩佑が体を掴み引き離す。

 魅衣子は魔力モニターを展開し、想像を絶する数値に驚愕した。


「り……リープカウンター……数値増大……」


 キチキチキチキチキチ……

 キチキチキチキチキチ……


 三つの巨大な歯車を背負い、鋭い角を備えた四本腕の鋼の魔人が、空間から沸きだすようにその姿を現していく。


「……強度……トリプルS……」


 これまで見たことのない桁数の数字が、魔力モニターに並んでいる。

 そして。


「デウス・エクス・マキナ級……リュカオーン……顕現しました」


 魅衣子は、絶望とともに呟いた。


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